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こちらは近いうちにオフ本にする予定の『ランプの精・遙✕国王・凛』のアラブパロの第一話です。
プロローグはぷらいべったーにあります。






1:精霊と契約

「ここに第二十六代国王の誕生を宣言する」
大広間の高い円状の天井に、初老の男・大司教の声が反響する。それはこの国に新たな歴史が刻まれる事を宣言した瞬間でもあった。
しかし、それは望まれて起こった事ではなく、この国にとって最も恐ろしい悲劇が起こってしまったからこその歴史の転換。なので、決して華やかに祝うような新・国王の誕生ではない。
大広間に集まる大勢の人々もそれをわかっているので、拍手は控えめにかつすぐに止んでしまった。
本来、国王の戴冠式という華やかな場にふさわしい、着飾った衣装に身に纏っている者もいなかった。
前国王の国葬を終えてからまだ日もそう経っていないのだ。当たり前のことだろう。
とはいえ、この場に集う人々全てが純粋に新しい国王の誕生を受け入れているわけではない。
なにせ大司教から新国王を宣言され王冠を被ったのは、まだ十年と少ししか生きていない亡くなった前国王の息子なのだから。
新国王ーー凛は、発達途中の身体には大きすぎる黄金の王冠を被り、玉座に腰を降ろして見下ろした。途端、大広間に集まる全員から槍のような鋭く猛毒のような黒い感情が篭った数多の視線だった。
多くの者は貪欲さと悔しさを滲ませた瞳で見つめている。そこに座るのは私のはずだと思っているのだろう。
天才的手腕と圧倒的統率力で数年で、凛の父はこの国を大きく成長させた。それを何の努力もしていない人間が、ただ私欲の為だけに横取りしようとしている。
冗談じゃないと、凛は心の中で笑った。
たとえ政治にも外交にも経験が乏しいとしても。まだ子どもだと言われるような齢であったとしても。
この玉座を、この国の長を譲る気など全くない。
凛は真っ直ぐに前を見据えた。自身の行く末とこの国の未来。
そして、過去に縛られず振り返らないために。
父が遺したこの国を、自分の護る。
それが、命を犠牲にして守られた自分の使命だから。


***

「はー……やっと終わったー!」
無事に戴冠式を終え、自室ーー王の間へと移動し、凛はようやく張っていた緊張の糸を緩める。体力に自信があるが、精神攻撃とも言える不躾な目線の雨に流石に疲れてしまった。寝台へ背中から倒れると、そのままぐっと伸びをする。
その様子を傍らで見守っていた宗介は、ふっ……と小さく笑った。
「お疲れ、凛。いや、もう国王様って呼ぶべきか?」
それとも凛様か? そう茶化すような物言いに凛は寝台へ寝そべったまま、首を横へ振った。
「そういうのは、人前の時だけでいいよ。つーか、お前こそ疲れたんじゃないのか。国軍部隊第一隊長になって一番最初の仕事が、新国王の戴冠式なんだからよ」
宗介は凛と生まれた時からの幼馴染で、父親同士が仲が良い。なのでいつでもどこでも一緒で、勉学も修練も、もちろん悪い遊びも共に経験してきた唯一無二の親友だ。
そんな彼がーー凛と同じくまだ十歳ほどの少年が国軍の第一部隊隊長になったのかというと、彼の父親である前第一部隊隊長が国王を守れなかった事に対して引責辞任をしたからだ。あの日、自分が護衛をしていれば絶対に助けられたと涙を流して。
そして己の息子を後任に使命し、命変えても新国王を守れと託した。
宗介は一切の迷いも見せず、己の父の想いを受け取った。
「元々親父が率いてた部隊だ。俺とは信頼以上の関係を持ってる人たちしかいねぇよ。大体、それをいうならお前の方だろ」
「ははは、まあ今日の感じだと俺の味方なんて殆どいなさそうだしなぁ……。母さんと江は無事なんだろうな?」
「かず兄の部隊が護衛してくれてる。だから安心しろ」
宗介が強い眼差しと声色に、凛は深く頷く。かず兄は宗介の従兄弟で凛にとっても兄と呼んでも差し支えないほどの存在だ。主に悪い遊びに関して凛と宗介に教えてくれたのは彼の知恵と知識だった。
そんな彼が、凛の最も守るべき存在ーーもちろん、国王である以上すべての国民を守り抜くのが凛の使命だが、父を失った今、もうこれ以上大切な家族と離れたくはなかったから。
ーー凛の父・国王の死から、三ヶ月が経った。
この部屋は前国王のーー凛の父親の部屋だった。眠れない夜、この寝台で共に眠った事も何度もあった。
そして今日からは凛の部屋となる。国王としての生活が始まる。
涙を流し続けている暇などないのだ。俯き続けても何も始まらないのだから。
「で、お前の方の体調はもう大丈夫なのか」
「まーだ心配してんのかよ。いい加減しつこいっての……」
「っ、お前! 自分がどういう状況だったのか分かってんのか!」
宗介の怒号とも言える声が王の間に響く。直後、部屋の前で警護をしていた者が戸を叩いてから中を覗いてきたが、凛は問題ないと首を振って直ぐに下がらせる。
しかし、宗介は先程の怒鳴り声から一切熱をひかず、顔には怒気を露わにし勃まま。眉間の皺を深くして凛を射抜いた。
凛の軽いとも言える言動に、宗介が怒りを露わにする理由はわかる。
三ヶ月前ーー凛を含む国王一行が襲われた際、凛は生死を彷徨ったのだから。
けれども凛は三ヶ月経っても、今だにあの夜に何が起こったのか、はっきりと思い出せないのだ。
たまには良い経験だと、国王である父の外遊に初めて同行した。
様々な国で多くのものを見て経験し、自分がいる国の偉大さそして己の未熟さを知った。もっと知恵と知識と経験をしなければと、強く決意した。
そうやって凛が未来へ目を輝かせて帰国していた途中、国を囲う城壁が見え始めたところで一行は砂漠の盗賊たちに襲われた。
もちろん国王を守り囲んでいた部隊は、国の中でも選りすぐられた護衛兵たちだった。しかし盗賊たちはこの国にはない新兵器を所有していたようで、意図も容易く次々と倒されていってしまった。
凛があの晩に覚えているのは、外遊を共にした人々が血溜まりに沈んでいくその凄惨な光景と、身を呈す自分を守ってくれた父の腕の中の温もりだけ。
そして次に目を覚ましたら自室の寝床の上、という状況だったのだった。
「本当にどうやって、大正門の前まで辿り着いたのか覚えてないのか?」
「……うん、まあ」
大正門とは、城壁で囲まれたこの国の中へ外部の人間が入る事が出来る、唯一の出入り口だ。かとって誰でもくぐる事ができるわけではない。厳重な検問が敷かれ、正当な理由と許可のない者は通る事ができない。そして国民もその門が唯一、外部に出る事ができる場所だった。
それとは別に凛が使うのは王族専用の、この王宮の裏にある門だ。外から見ると出入り口はわからないように、目隠しと呪いが施されている。
なぜそこまで国内への出入り口を厳しいのかというと、この国唯一の天然資源が金と宝石だからだ。
金脈と鉱脈がここら一帯の砂漠では、この国の内側にのみ存在していて、それはまさしく天からの加護と恵みとも言える。建国以来、それらを国の最重要産業とし今日まで発展してきた。
そういうわけもあり、国の周辺にはそれを狙う盗賊が多い。出入りの商人たちには必ず、護衛をつけるほど。だから外部との門を、ひとつと決めている。
その大正門の前で凛は経った一人、そして国王外遊部隊の唯一の生存者として国へ戻ってきていた。生死を彷徨う状態で。
まさか盗賊たちが大正門の前まで運んでくれたとも思えない。他の者たち同様、凛も息の根を止めれば良かったはずだ。
意識朦朧としながらも、自力で向かったとは到底考えられない。
ーーもしくは、あの時に聞こえた『あの男』が連れてきてくれたのか。
「んで、アレについても思い出せないのか?」
宗介が顎で差示したのは、寝台の傍らにある、宝飾類を飾る台の一番上に置かれた小さなランプだった。
表面は顔がはっきり映るほど美しく磨かれた金でできており、蓋の取手だけ、黄昏が終わる時刻のような、濃く深い蒼い空の色が塗られている上、色鮮やかな宝石が贅沢にこれでもかと散りばめられている。国宝級の宝物と言っても過言ではない。
そんな逸品があの日、満身創痍の凛の横へ無造作に半分砂に埋まった状態で置かれていたらしい。
「学者たちに調べてもらったが、表面だけじゃなく、材質自体が金でできてるらしい。ただ、どうやっても蓋は開けられなかった」
「開けられない? って事は、くっついてるって事か?」
「いや、試しに回してみたんだら動いたんだ。けど、開けるのだけはどうしてもできなかった。それだけ高度な呪いがしてあるって事かもしれねぇけど……」
そう言いながら首を傾けていく宗介に、凛も釣られて首を捻る。宗の言葉に、というわけでない。
このような財宝が、砂漠の真ん中に『たまたま凛の隣に』落ちてるなどあり得ない事に、だ。
誰かが意図的に置いたのは間違いない。けれど、それは一体誰が。
それは凛を大正門の前まで運んだ人物と、同じなのか。
「もしかしたらヤベェものかもしれねぇし、片付けておくか?」
「いや、あの場に俺と一緒に居たんだろ。って事は運命だろうし、ここに置いておくよ」
「はっ、まーた始まったな、凛の浪漫思考」
「うっせぇ! おら、お前はとっとと仕事に戻れよ!」
凛は宗介を背中をおし、半ば強引に外へと連れていく。宗介は肩をすくめて苦笑しながら、最後には凛と拳を突き合わせてから出て行った。
それは幼い頃から二人の間で行われてきた親友の証。お互いに高い立場になってしまったとしても、絆は変わらないままだという言葉にしなくても伝わるものだった。
王の間に一人となり、凛は揶揄う相手もいなくなって、手持ち無沙汰になる。
暇つぶしにはもってこいだろうと、凛は件のランプを手に取り寝台へと戻った。
「蓋が取れない、ねぇ……」
呟きながら凛は指でソレを弾く。中で音が反響し、中身がなにもないもしくはそれに同等の状態である事が知れた。
凝った彫りなどはないが、とても品のある作りをしている。特に目を惹くのは、やはり蓋の取手部分だ。
青い中に散りばめられている小さな宝石が、まるで夜空を表現しているよう。その中でも、大きなルビーが先端に埋められていて、夜に太陽が浮かんでいるようにも見えた。
これは、あの盗賊たちが落としていったものなのだろうか。それが最も可能性として高いが、そのような間の抜けたことをするだろうか。ましてや、こんな高価なものを。
もしかすると宗介が言ったように危険なもので、中に猛毒が仕込まれている可能性もある。暗殺には成功率の高いやり方だ。しかし中は空洞だと思われるので、やはりそれはあり得ないか。
凛は蓋の取手を、指でそっと摘む。
ところが、そこはじゅうと皮膚をまるで焦がすかのように熱かった。
「いっ……!?」
反射的に手を離してしまい、ランプは寝台の上から転がり、床へと落下する。そこから規則性なく跳ねて転がるを繰り返し、まるで中に生き物がいると言われても不思議ではないような動きだ。
いや、むしろランプそのものが生きているかのような。
「いやいやいや……」
自分は寝惚けてしまっているのかと、凛は頭を軽く振った。しかしようやく転がる事を止めたソレは、なおも左右にガタガタと揺れ、何かが中から叩いて外に出ようとしてる、といった様子を見せている。
それどころか、口からは糸のような白い煙のような何かが漏れ始めていた。
「まずい……!」
あれこそが猛毒を含んだ霧かもしれない。凛は寝台から飛び降りると咄嗟に枕でランプを覆い被す。しかしそれは殆ど意味を成さなくなってしまった。煙はあっという間に天井まで登っていき、部屋に充満。一寸先も見えないほどの白靄に包まれていく。
「くっそ……!」
凛はすぐさま腕で口と鼻を抑える。けれどもこれだけ煙が部屋中に満ちたというのに、不思議と息苦しさを全く感じなかった。塞いだ隙間から、嗅いだ事のない香りが凛の鼻腔から体内へと流れ込んでいってもそれは変わらない。
この匂いは、いったいなんだろう。凛の記憶の中でのどれにも当てはまる事がない。
出入りの商人がもってくるお香は、甘さを感じる水っぽいようなものや柑橘系の果物を絞った香油が多い。
しかし、この香りはそういった類いのものとは全く違う。
三分間ほどしたところで、ようやく煙が晴れていく。
白いもやが薄れていく中で、凛が最初に見たのは先ほどまでそこにはなかったはずの、人型の影だった。
「に、人間……?」
霧の中からーーランプの中から現れたのは、凛とさほど身長の変わらない黒髪の少年だった。
少しだけ宙に浮き、凛の前に悠然と佇んでいる。
白い布を頭に巻き、黒いパンツを履き、首元にも布を巻いている。
腰には、煌めく宝飾がついた短剣をさしていた。その宝飾はランプについていたものと同一のものだと感じさせた。
しかし、その宝石よりも目を惹くほど輝いて見えるのは、彼の瞳だった。
深い蒼色は、研磨されたサファイアよりも輝いている。
それは、凛がまだ一度も実際に目にした事がない、絵巻物の中でしか見た事のない『ウミ』と呼ばれる場所と、何故か同じ色をしているような気がした。
どうしてそう思ってしまったのかは、凛自身にもわからないけれど。
「……違う、俺は人間じゃない」
まるで白煙に乗っているかのように宙に居た男は、ゆっくりと床の上へと降り立った。それは重さを一切感じさせない動きだった。
男の声はとても低く抑揚がない。しかし、はじめて聞いたはずなのにどこか凛の耳に馴染んだ。
その身体のどこにも心が存在していないような声色は、胸を切なく締め付ける。
声だけでなく表情にも感情が全く浮かんでいないのに、なぜかこちらが泣きたくなってしまう衝動にかられるのは何故だろう。
一体、この男は何者なのか。
「……俺はこのランプを憑代とするランプの精だ」
「は……? 精……?」
「俺の名前は、遙。主人となったお前の願いをあとふたつ、叶えるまでお前から片時も離れない」
運命共同体だ。そう言い、凛へと手を差し伸べる男は、やはり感情を読み解く事ができなかった。

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ありがとうございました。
続きも拍手で公開予定です。
これからもよろしくお願いします

みなみこう




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