「まいったなあ」
切り株に腰掛けた猫背の男は、たいして困った様子もみせずに、のんびりとため息をつく。私が見ているだけでも、今日でもう三度目の独り言である。
「あの」
私が声をかけると、男はやはりのんびりと振り向いた。
「この調子だと、今日も運行はむずかしいかと」
すみません、と目を伏せるが、男は笑って、じゃあ、今夜もここへ泊めてくれるかい、と言った。
この調子、というのは、男の背の向こうに広がる砂漠のことで、ごうごうと唸りをあげて巨大なつむじに巻き上がる砂埃が、生き物のように世界を闊歩している。遠い昔に東京砂漠とうたわれたという大都会は、何十年と続いた長い日照りに焼き尽くされ、本物の砂漠になってしまっていた。
マイクロバスに旅の人を乗せ、この荒廃の地を八王子まで運ぶのが、私の仕事である。数日前にふらりと現れた男は変な帽子と変なマントに身を包み、荷物は何やら引きずってきた大きな刀剣のみという怪しい風体だったが、物腰柔らかく悪い人ではなさそうなので、悪天候で運休の間、バスに寝泊りしてもらっている。
「それにしても」
夕食に干し芋を噛みながら、旅の男とならんで砂嵐を眺める。
「お客さん、特についてないですよ。いくら砂漠に嵐は付き物だって言っても、こんなに何日も続くなんて、あんまりないんだけど」
「はは、きっと俺の日頃の行いが悪いからだろうね」
天気の良し悪しは私のせいではないけれど、さすがに三日を数えたあたりから、申し訳なさが込み上げていたたまれない。ここらは繁華な街からも距離があるので、夜になればすることもない。干し芋を食べ終えると、それじゃあ、ごゆっくり、と挨拶して、私は家に戻った。
明け方、妙に静かなのでいつもより早く目が覚めた。カーテンを開けた窓の外は、ようやっと風が止んで、一週間ぶりの太陽が空と大地との境界へ光の稜線を引いているところだった。
マイクロバスまでやってくると、男は猫背をうんと伸ばして、空を仰いでいた。
その向こうに広がる、砂漠の朝はその空一面に、きらきらと細かな無数の粒をきらめかせている。
「ダイヤモンドダストとは、おどろいたねえ」
「この辺りの砂漠は、もともとガラス張りのビルディングが風化して砂になったと言われてるので、嵐のあとは舞い上げられたガラス質の砂粒がたくさん浮いてるんですよ」
でも、と言いながら、私も背を反って、視界いっぱいにきらめきの空を映し出す。
「──こんなにきれいなのは、私も初めてです」
感嘆のため息で言った私へ、男はなぜか慈しむようなまなざしを向ける。
そして、待ちぼうけのかいがあったなあ、と、のんびり笑った。
──待ちぼうけの神様(神様@離婚調停)
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