「雨が降ったからと、仕事を休むわけにもいかないのが辛いところだね」
「御家老!」
しとしとと降る雨を眺めれば、側付が咳払いをする。
雨が降ったから一日田畑の仕事を休む民草とは違い、
執務で片付けるべき書類は待ってはくれない上、
墨の乾きも遅くなり不快感は増すばかり。
心なしか、平田殿も不機嫌だ。
雨は降りすぎても降らなくともいけない。
丁度良い塩梅で降って欲しいと願ってもこればかりはどうしようもない。
好きなように灰を降らす桜島と同じように、人の力でどうこう出来るものでもない。
とはいえ、
「毎日よく振るものだね」
「そうですね」
振り返れば君が、茶の用意をして立っていた。
「ゆきくん!脅かさないでよ」
「そうですか?」
「いきなり立っていたら驚くのは当然でしょ」
「すみません」
「いや、……いいよ。
茶の用意をしてくれたんだね。
ここで一息入れようかな」
「はい」
君はにっこりと笑うと、運んで来た碗を並べる。
側付に目線を送れば一礼して下がっていった。
私は抹茶、君は煎茶といつもの茶菓子。
飽きないの?と尋ねてもまったく飽きないと君は笑う。
君と過ごすとさっきまでの不機嫌がいつの間にやら解けていき、
不快でしか無かった雨に風情さえ感じてしまう。
「帯刀さん。お仕事はどうですか?」
「なかなかうまくいかないね。
こう捗らないのなら、私も今日は休むとしようか」
ごろり、と君の膝に寝転がれば君は慣れた手付きで乱れた私の髪を整える。
「たまには休んでもいいと思います」
「……そうやって私を甘やかすと、また誰かに叱られるよ」
「でも、帯刀さんを甘やかせるのは、わたしだけだと思いますよ?」
驚いて見上げると、不思議そうな君の瞳が見えた。
君は自分が何を言っているのかわかっているのか。
もう少し言の葉の意味を発する前に考えて欲しい。
でないとこちらの身が持たない。
「まあ、そうかもしれないけれど……ね」
真っ直ぐに君を見上げていられなくて、ごろりと寝返りを打てば、
君は微笑み、私の髪を撫でた。

雨祝 帯ゆきver. 1/4
背景画像:空色地図