会計を済ませて店の外に出たら、来た時と同じように雨が降っていた。

先に出ていた青島がビニール傘を差して待っていた。

「ご馳走さまでした」

「いや」

室井も黒い傘を差して、青島と並んで駅に向かう。

「今日は一日雨でしたね」

「もう梅雨だったか」

「ええ、先週梅雨入りしたって、テレビでいってましたよ」

「そうか、鬱陶しいな」

「そうなんですよね、通報とかあると憂鬱で」

雨が降れば視界も足元も悪くなるし、傘がある分だけ荷物になる。

仕事とはいえ、外出したくもなくなるだろう。

そういえば、先日のデートの時も雨だったなと思い出し、ふと隣を見た。

その時も青島はビニール傘を差していた。

もっと遡って思い出してみるが、青島がビニール傘以外の傘を差している姿が思い出せない。

室井は首を傾げた。

「君は何でいつもビニール傘なんだ」

「唐突ですね」

面を食らったように目を丸くしたが、青島は自分の傘をちらりと見上げてから、室井に視線を戻した。

「ビニール傘以外、傘を持ってないからですよ」

「持っていない?普通の傘をか」

頷いた青島に、今度は室井が驚いた。

室井の中では、ビニール傘というのは傘が手元にない出先で間に合わせに買って使うもの、という印象があった。

実際に室井もいつだったかどこかで突然雨に降られてコンビニで購入したビニール傘を、

本庁のロッカーに置き傘として置いてある。

あくまでも、非常用だった。

だからビニール傘以外の傘を持っていないという青島に驚いたのだ。

青島は室井の反応に肩を竦めて苦笑した。

「前は持ってたんですけどね、どっかで失くしちゃって」

「買えばいいだろう」

「その後、買ったんですけど、また失くしちゃって。それも二回ほど」

ピースをして見せる青島に、室井は目を剥いた。

つまり、青島は都合三本の傘を立て続けに失くしたらしい。

さすがに、少し呆れる。

「それは、ちょっとだらしなさ過ぎるんじゃないか?」

「あ、痛いとこつくなー」

あははと乾いた声で笑いつつ、青島は言い訳もしなかったから、自分でもそう思っているのかもしれない。

「まあ、室井さんの言う通りなんですけど。そういうことが続いたから、新しい傘を買うのがなんか勿体無くなっちゃって」

確かに新しく買う度紛失するのであれば、買わない方がましだという気持ちは分からなくはない。

分からなくはないが、そこは良い歳の大人として、失くさないように注意深くなる、という方向には進めないものかと思ってしまう。

青島らしいといえば、青島らしいのか。

「室井さん、その呆れた顔、止めてくださいよ」

青島が不服そうに言うが、室井は改めようとは思わなかった。

「仕方ないだろう、実際呆れているんだし」

「酷い。誰にでもミスはあるもんでしょ?」

「あるが、三回も同じミスをすれば、普通は学習しそうなものだが」

「学習したから、新しい傘は買わないことにしたんですよ」

「君の学習方法は間違ってる」

室井は呆れ果てたように言い返したが、いじけたように唇を尖らせている青島を見て苦笑した。

別に物を大事にできない男ではない。

刑事になるときに買ったというコートを、未だに大事に着ているくらいだ。

ただ少し、何事においても注意力が足らないだけである。

警察官としては優秀だと室井は認めているが、私生活の方はというとどこか間が抜けているのだから、不思議なものである。

「決めた」

室井が言うと、膨れていた青島が小首を傾げた。

「何をですか?」

「新しい傘は、俺が買ってやる」

「ええっ、いいですよ、傘くらい自分で買えますから」

金がないから傘が買えないわけではないのだと青島が訴えてくるが、そんなことは室井だって分かっている。

要は、愛着があるかないかである。

愛着があれば、それに対して注意深くもなるだろう。

数年前に青島の誕生日に贈った手袋を、青島は未だに冬になると身につけてくれている。

青島が傘を手放す頻度を考えたら、その手袋が無事なのは、青島がその存在を気にしていてくれているからだ。

「俺が買ってやった傘なら、君も大事にしてくれるだろう」

室井が確信を持っていえば、青島は目を丸くした。

「そりゃあ…しますけど、もちろん」

「なら、きっと無くさないさ」

「分かりませんよ、俺だらしないし」

さっきの室井の言葉を用いて、青島が拗ねている。

室井は小さく笑って頷いた。

「構わない、君にあげたものは、君のものだ。物だろうと、心だろうとな」

青島は短く絶句したが、仕方がないなとばかりに笑み崩れた。

「室井さんには適わないな」

「今度会うときまでに、探しておく」

「お礼は何がいいですか?」

なにもいらなかったが、ちらりと青島を見れば、目が楽しげに笑っていた。

「何でもいいですよ」

物でも心でも、ということだろう。

「考えておこう」

青島が笑って頷いた。



その後、室井が青島にプレゼントした傘がブランドものの高級品だったため、

青島が別の意味で失くすことを恐れて持ち歩けなくなり一悶着起きることとなる。




2015.6.14


買ったばかりの傘をどこかで紛失して思いついたお話でした(笑)

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