滴る海水を拭った時だった。
「ゾロも乗ってみる?」
悪質な問いに唸り声が出る。
「………………、絶ぇ対ぇ乗らねぇ」
こちらを試しているのか。本気で言っているなら、状況がわかっていないとしか思えない。ゾロは海水を含んだ服を絞り、元凶であるイツキから距離を取った。
――初対面から胡散臭い奴だった。
海岸線で現れた時から、希薄な気配であるのに異質な存在感。矛盾する存在と表情。言動の一貫性からなる不和に理解が出来なかった。それが魔導士だったり、異世界だったり、迷子だったりとトントン拍子に行動を共にすることとなり、ゾロとしては静観の構えであった。
ルフィが仲間にしようと思っていても、ウソップが保護者の気分なのか、子分のつもりなのか構っていたとしても、ゾロの気質としては、まだ仲間という意識はない。
――もう一人、行動している奴もいるしな。
自然とため息が出る。女っていうのは、昔からよくわからない。
笑ったかと思えば、泣いたり怒ったり。気分の落差が激しいのに、自身と違う強さがある。……久しく思い出さなかった、彼女とのくだらない喧嘩の結末に苦々しさと郷愁を胸に留めるが、今ではない。深呼吸をして、ゾロは欄干に身体を寄りかからせた。
甲板では、凝りもせずイツキの箒に興味津々なルフィに、ウソップが頬を引っ張っている。ゾロは箒を取り囲む二人に笑うイツキを見下ろす。
そもそもの発端は魔導士であり、異世界から来たというイツキが魔法の箒でウソップを乗せたのが始まりだ。おとぎ話の延長である出来事を傍観してただけであったのに――好奇心に負けたルフィが参戦したせいで、海に落ちたルフィを救助する羽目になったのである。
ゾロは濡れた髪を無造作にかきあげる。
悪い奴ではないのだろう。それはわかる。だが、あまりにも“違和”を際立っている。それは異なっているだけで片づけられることではない。ゾロとしては、現状を理解はしているが自身で如何こうしたい訳ではないので、彼女との距離感を計り兼ねているというのに――何故か、イツキはゾロへ視線を合わせて来る。
ルフィとウソップがもみ合っている中、ふと視線を上げたイツキがゾロを見つけ――笑う。初対面の時から、敵愾心などないとばかりに輝く瞳が、物語る。光の加減か白銀から青みを増し、優しげに色づく表情があまりにも穏やかで――ゾロは自然と舌打ちをした。
「え!? そんなに嫌なの……?」
何を勘違いしたのか、イツキはショックを受けたように元から大きな瞳が零れ落ちそうなほど大きくなるが、ゾロは鼻で笑って答えず、背を向ける。
「あ? どうしたんだ、イツキ」
「うぉ!? 箒が消えたぞ!? なんでだ!?」
海に落ちてずぶ濡れなウソップがイツキの消沈に気づき、今の内に、と箒に手を伸ばしていたルフィが声を上げる。
――今はまだ、様子を見るだけだ。
見極めるとばかりに、背を向けたゾロにイツキが言葉を落としたのだが、ゾロが知るはずもなかった。
「…………もしかして、ナツみたいに乗り物酔いするタイプ?」
盛大な思い込みで、イツキがゾロを箒に乗せることを遠慮したのは、後日のことである。
|