願い信じて(ナナアルバージョン) 

 1STバトル後、アルヴィスはジャックたちとじゃれるギンタをじっと見ていた。
 信じられなかった。
 最後にギンタの姿を見てから僅か数日。
 ギンタは別人のように変わっていた。
 魔力も知識もほとんどない異世界の少年。
 だが、1STバトル、ガロンとの戦いでみせたガーゴイルの力のすさまじさにはアルヴィスですら認めざるを得なかった。
 ギンタの成長。
 そしてその裏に存在したもの。
 アルヴィスは、スノウの横にくっつく小さな犬に視線を移した。
 アラン。
 チェスが宣戦布告した折に動かなかったアラン。
 彼が関わっていたことはきっと間違いはないだろう。
 だがその代償は?
 アルヴィスは目を閉じるとそっとその場を離れた。



 レギンレイヴ城の最上階。
 アルヴィスはそこに登ると、眼下に広がる景色をじっと眺めた。
 遠い景色は一見、青空が広がり美しい緑が広がっている。
 だが良く見ると戦争で傷つけられた跡は、あちらこちらに垣間見られた。
 この数日で一体、何人の者が死んでいったというのであろう。
 あのときアランは動かなかった。
 そして自分は、アランに矢のような言葉を突き刺した。
『あなたに失望しました。』
 と。
 その言葉をアランはどんな想いで聞いていただろう。
 アランはきっと全てを分かっていた。
 分かっていてだからこそ残ったのだ。
 戦力を作るために。
 ギンタを成長させるために。
 実際、全てはアランの予想通りだった。
 クロスガードは残らなかった。
 みんな予選で殺されていった。
 あろうことか、信じていたガイラまでが出場失格となった。
 残ったのはアランといた者たちだけ。
 ナナシは外したとしても、ギンタ、ドロシー、ジャック、スノウ。
 全員があのときアランと共にいた。
 そして彼等が残らなかったら、自分は1人でこのウォーゲームを戦わなかったかもしれない。
 今更のように、あのときアランに発した自分の言葉が悔やまれた。
 すべて分かりきっていたアラン。
 如何程にその心中は辛かっただろう。
 アルヴィスの放った言葉。
 アランには彼の言いたいことなど、とうに分かっていたに違いない。
 でもあえて、その辛さを秘めたままアランはあそこに残ったのだ。
 目の前の戦争ではなく。

 本当の戦争で勝利するために。

 それが大局的判断なのだ。
 でも。
 分かっていてもアルヴィスは辛かった。
 必死で駆けつけた町。
 町は自分の力の及ばぬままにどんどん破壊されていった。
 自分の目の前でどんどん人が殺されていった。
 自分は。
 自分は何と無力なのだろう。
 痛い。
 胸が。
 辛い。
 心が。
 アルヴィスは窓に手をあてながら目をぎゅっとつむり、胸を押さえて座りこんだ。
 分かっていても割り切れぬ想い。
 助けたかった。
 自分に幾つもの体が欲しかった。
 そしてみんなを守りたかった。
 死んで欲しくなかった。
 力ないものが目の前で殺されるのを、見たくなかった。
 ギリッとアルヴィスは唇を噛みしめた。
 血がじんわりと流れ出る。
 でもいくら自分を責めても責めきれぬほどの想いが、アルヴィスの心を締め付けた。
 記憶に重なる光景。
 次々に出来る死体の山。
 アランが正しかったとしても、心は割り切れなかった。
 今にも張り裂けてしまいそうだった。
 粉々にちぎれて、自分が壊れてしまいそうだった。
 もっと力が欲しかった。
 もっともっと力が欲しかった。
 みんなを守ることの出来る力が欲しかった。

 誰も死なせなくてすむように。



「アルちゃん、なぁアルちゃんって。」
 誰かが肩を揺さぶってる。
 はっとしてアルヴィスは振り返り、顔を上げた。
 そこにはナナシがいた。
 盗賊ギルド、ルベリアのボス。
「何か……用か……?」
 言ってアルヴィスは立ち上がろうとした。
 しかしその瞬間、すっと頭から血が引くのを感じた。
 何が起きたのか分からない浮遊感。
 ぐらっと身体が窓の外へと投げ出されかける。
「危ない!!」
 ナナシはとっさにアルヴィスの腕を掴んだ。
 そしてもう片手でアルヴィスの身体を引き寄せる。
 ドサッ。
 折り重なるように2人は床へと倒れこんだ。
 ナナシがしたたかに床にぶつけた頭を押さえながら起き上がる。
「あいたたたた……」
「す、すまない。ナナシ……」
 アルヴィスは慌てて、ナナシの上からどこうとした。
 だが何故か身体が動かない。
 頭を起こそうとすると酷いめまいに襲われて、自分がどうなっているのか分からないのだ。
 それでも必死でナナシの上からずり落ちたアルヴィスはナナシの顔を覗きこんだ。
「大丈夫か?ナナシ」
「自分はこれぐらい平気や。それよりアルちゃんこそ大丈夫か?顔色真っ青やで」
「オレは大丈……夫……」
 ナナシに手を触れられその体温を感じた瞬間、アルヴィスは言いようのないぞっとした感覚が背中によみがえるのを感じた。
 反芻する記憶の中、自分の腕の中で息を引き取った者の感触。
 あの、人肌が冷たくなっていく感触がアルヴィスの身体によみがえってきたのだ。
「どしたんや、アルちゃん」
 ナナシが心配げに覗きこみ、両肩を押さえられた瞬間、アルヴィスは悲鳴のような声を上げて叫んでいた。
「やめろっ!!」
 そして肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返した。
 忘れられない。
 あの感触。
 あの絶望に満ちた人々の表情。
 荒い呼吸。それはやがて自分が息をしているのかしていないのかさえも分からなくなってきた。
 指先が奮え、冷たくしびれていく。
 苦しい。
 助けられなかった自分が。
 力ない自分が情けなかった。
 もう何も見えない。
 何も見たくない。
 視界がぼやけていく。
 先にあるのは、自分が助けに訪れた町の人々の死体の山。
 チェスの復活を止められなかった、自分の力のなさの証。
 何が何だかもう分からない。
 どうしていいのかも分からない。
 感情が制御出来ない。
 アルヴィスはふっと身体から力が抜けるのを感じた。
 そしてそのままナナシの腕の中に崩れ込んでいった。



 如何ほど経ったであろう。
 アルヴィスは自分の身体が何か暖かいもので包まれているのを感じた。
「落ち着いたか?」
 ぼんやり目を開けると、目の前にナナシの顔が見えた。
「だいぶ疲れてたんやなぁ」
 ナナシの屈託ない笑顔に覗きこまれ、アルヴィスは自分がナナシの腕の中にいるのに気がついた。
「オレは……?」
「聞かれたって自分にも分からへん。分かるのは、冷静なアルちゃんが恐慌状態を起こすほど、何かに追い詰められているってことぐらいやろなぁ」
「そうか……」
 アルヴィスは息を吐くと、ゆっくりナナシの腕から身を起こした。
 そして窓の下の壁に背をもたせかけ、苦笑を浮かべる。
「何だかみっともないところを見られてしまったな。すまない」
「気にせんでええ。自分はアルちゃんの可愛い寝顔が見られたし」
 そんじゃそこらの女の子とは比べもんにならん程、寝顔可愛かったで。
 言われてアルヴィスは鼻白んだ。
 自分は男なのに、よりにもよって女の子と比べものにならない程可愛いと言われても、素直に喜べるはずがない。
「からかうな!!」
 真っ赤になったアルヴィスに、ナナシはそれこそ楽しげにへらへらっと笑った。
「イヤ、ホンマにそない思ったんやもん。それにいきなりぶっ倒れたの、アルちゃんやで」
 ぐっとアルヴィスは言葉に詰まった。
 確かに失態を見せたのは自分なのだ。
 何も言い返せないアルヴィスに、ナナシはそれまでのへらへらした表情をおさめるとアルヴィスに優しく問いかけた。
「アルちゃん、クロスガードやて聞いたんやけど、6年前にも戦争に参加してたんか」
 その言葉にアルヴィスは一瞬息を飲むと頷いた。
「ああ」
「ギンタ呼び寄せたんもアルちゃんやろ?なんでギンタをここに呼び寄せたん?」
 アルヴィスは目を伏せると静かに話しだした。
「前回の戦争でクロスガードの指揮を取ったのは異世界の人間だった。異世界の人間はここに来るとどうやら全ての面において身体能力が向上するらしい」
「へぇ」
「全ては賭けだった。ファントムが復活するのも、6年前の惨劇が起こるのも予想される事態だった」
 だからオレは門番ピエロを探し、発動させた。
 アルヴィスはキッパリ言う。
「本当はもっと戦える者が欲しかったのだが、現れたのは小さな子供だった。それがギンタだったというだけだ」
 ナナシはアルヴィスの顔をじっと見つめた。
「で、アルちゃんはギンタを信用してないんか?」
 アルヴィスは答えなかった。
 答えられなかった。
 現時点、答えはまだ出ていない。
 ギンタの能力が格段に上がっているのは今日の戦いで分かった。
 だが、本当にファントムと戦えるだけの力があるとは思えない。
 ナナシは続けた。
「自分らが一緒になってから、ギンタと一緒にヴェストリへ行った。あそこも既にチェスに荒らされた後やったけど、ギンタの戦いはみんなに希望を与えたんや」
 自分はそんなギンタってすごいと思うで。
 ナナシは己の知るギンタを語る。
「希望を与えられる人間など数限られる。ギンタはヴェストリに希望を与えた」
 そう言って彼は言葉を切った。
 そして真っ直ぐにアルヴィスの瞳を見つめてきた。
「キミにはギンタは希望を与えてはくれないんか?」
「わからない」
 アルヴィスは答えた。
「オレの希望はダンナさんやアランさんだった。でもダンナさんは6年前に死に、アランさんはギンタを成長させるためにチェスの宣戦布告の際立ち上がることが出来なかった。そしてそのまま多くの人が殺された。クロスガードも壊滅状態になってしまった」
 アルヴィスは語る。
 己の思いを。
 溜め込んできた自らの思い。
「ギンタをどうこう言っても仕方がないが、あの時アランさんがいればもっと死なずにすんだ者がいたかもしれない。ギンタにかかりっきりになっていなかったらもっとたくさんの人を救えたかもしれない」
 言っても仕方のない事。
 わかっている。
 わかってはいるのだ。
「これがオレのわがままだとしても……死なせたくなかった。みんなを、戦う力のない人々を助けてやりたかった……」
「さよか」
 アルヴィスの言葉に、ナナシはそっとアルヴィスの頭を抱き寄せた。
「誰だって割り切れへん想いってあるもんな。別にアルちゃん我がままやあれへんやろ。メルヘヴンが破壊されてみんなが殺されていく」
 辛かったやろな。
 ナナシはそう労った。
「自分はアランゆうヤツがどないな奴かは知らへんし、結果的にそいつが正しかったとしても犠牲はあまりにも大きすぎたから全面的に正しかったとは思わへん。ただ頑張らなアカンと思う」
 死んでいった者の無念を晴らすためにも、自分は戦い続ける。
 そう言って彼はアルヴィスの瞳を覗き込んだ。
「アルちゃんもなんだかんだ言っても戦うんろ?」
「ああ」
 それがせめてもの供養だ。
 アルヴィスはぎゅっと手を握りしめた。
 辛かった。
 痛かった。
 でも。
 自分は戦い続けられる。
 自分が戦わなくてどうなるというのだろう。
 アランは言った。
 今度こそギンタはメルヘヴンを救う救世主になるかもしれないと。
 アルヴィスは小さく頷いた。
 そして呟く。
「今はギンタを信用するよ。そして必ずチェスを壊滅して見せるさ」
 ナナシはそんなアルヴィスの頭を優しくそっとなでてやった。
 窓から涼しい風が吹きぬける。
 アルヴィスはナナシに身体を預けてそっと目を瞑った。



 失ったものは返ってはこない。
 だけど。
 今あるものを守りぬく事は不可能ではない。
 だから信じよう。
 ギンタを。
 みんなを。
 願い強くして。



おわり





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