ありがとうございました! 「颯斗君って、素敵な名前だよね?」 夕暮れの帰り道。 少しでも一緒にいる時間を長くするかのように、ゆっくりと歩きながら私は言った。 「えっ…?」 颯斗君が驚いたような表情でこちらを見る。 予想していなかった反応に私も少し面食らってしまった。 「ご、ごめんね?何か気に障った?」 「いえ、そういうわけではないのですが…」 そう言ったきり、颯斗君は黙ってしまう。 何か、まずいこと言っちゃったのかな…。 「何となくそう思っただけだから、気にしないで?ところで今日翼君が…」 「ありがとうございます」 焦って話題を変えようとしたところで、遮るように颯斗君が口を開いた。 「えっ…?」 今度は私がさっきの颯斗君と同じような表情になってしまう。 「僕は…前にもお話した通り…自分の名前を忘れてしまうような時間を過ごしてきたものですから…」 いつもと違って、言葉を一つ一つ必死で紡いでいるような喋り方で颯斗君は続ける。 「その…とても…嬉しいです」 そう言うと、私の方を向き直る。 その表情がごく自然な、本当に嬉しそうな笑顔だったから、なんだか私も嬉しくなる。 「これからは私がたくさん颯斗君の名前を呼んであげる!だってこんなに素敵な名前なんだもん!」 それに… 「名前も、颯斗君も大好きだから、忘れたくても忘れられなくなっちゃうよ?」 そこまで言って私はハッとした。 何か、すごく恥ずかしいことを言ってしまったような…。 だんだん顔が赤くなってくる。 「あ、あの、今のはちょっと恥ずかしいからやっぱり聞かなかったことに…」 「それは出来ませんね。しっかり聞いてしまいました」 颯斗君は相変わらず笑顔のままだったけど、いつの間にか意地悪な方の笑顔になっている。 「では、僕もあなたが嫌というくらい名前を呼ばせていただきますね」 すっと腰に手が回されたかと思うと、体を引き寄せられた。 「月子さん…」 「は、颯斗君…!」 耳元で呼ぶのは反則だけど、こうしてずっとお互いの名前を呼んでいければいいなと思った。 |
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