愛のある生活シリーズ
070 夜遊び

「……暇」

ごろ、とカーペットの上を転がる。
埃一つ落ちていない床は、アキラの綺麗好きの一面を思い出させる。その床を汚すように寝転びながらポテトチップスを食べる。カスがぽろぽろと落ちるが、気にしたことはない。
今日はアキラの帰りが遅くなるとヒカルの携帯にメールがあった。それだけでヒカルの機嫌は悪くなる。自分は健気にアキラの帰りを待っているというのに、仕事を優先させるとは何事だとソファの横をバンバンと叩く。八つ当たりだ。
アキラからの連絡がくるまではゲームをしていたのだが、興が削がれた。いいから早く帰ってこいとメールを送り、携帯をポイと投げた。

「……早く帰ってこないと、家出しちまうぞー」

時刻はまだ18時で、アキラがわざわざ連絡をくれたということは、帰りは22時を回るのだろう。ちょっとくらい外に出てもバレないんじゃないかと悪い考えが浮かぶ。
買い物はいつもアキラに頼むかネット通販なので、自身の目で見て買うのだなんて暫くしていない。やるなら今がチャンスだ。
ヒカルは立ち上がると、チェストを開ける。ここにアキラが封筒にお金をいれて保管しているのを知っていた。取り出して中を確認すると、五万円程入っていた。
服装はこのままでいいかと一緒に保管してあった鍵を取り出すと、久方振りに玄関の扉を開けた。
夜の冷ややかな空気が懐かしい。いつも窓を開けてでしか感じなかったものだ。
ぶるりと冷え、ヒカルは中へ戻るとアキラのコートを着て再び外へ出た。駅が近いと聞いていたので、少しうろつくとすぐに地下鉄を見つけた。まだ帰宅ラッシュというわけではないようだが、車内は割と混んでいた。人が多く降りる駅に流されるように降りる。
あの部屋に閉じこもって以来、日の感覚がなかった。暗い空と煌びやかに光る電灯に、ハァと息を吐いた。
新しいシューズや服を見て回ったが、家に持って帰ればすぐにアキラにバレる。どうしようかとうろついていると、甘い匂いが鼻に纏わり付いた。視線を向ければ、ケーキ屋のようだった。有名店なのか、店の外にまで列ができている。
これくらいなら、と列に並ぶと、気になったケーキを二つ買う。一つ一つが小さめだったので、二つくらいなら食べられるだろうと思ってのことだ。
騒がしい店内から出ても、街は騒がしかった。人が各々笑い声をあげ、楽しそうに歩いている。
ヒカルはまるでこの街に置いていかれるような錯覚に陥った。横を見ても知らない人しかいない。アキラがいない。
ぞわ、と全身に汗が溢れた。

――何をやっているんだ、オレは。

帰ろう、と来た道を戻る。
途中で女性に話しかけられたが、ヒカルが視線を止めることなく歩き続けるのを見て、すぐに散っていった。
ちょうど帰宅ラッシュのようで、人に押し潰されそうになりながら電車に揺られた。他人の匂いに吐き気がしつつ、早くアキラに会いたいと思った。
マンションを探しながら歩き、見つけると鍵でエントランスのセキュリティを解除し、エレベーターで昇る。駅のホームで見た時計は20時で、まだアキラの帰る時間ではない。だが、早くあの家に帰りたかった。
鍵を乱暴に開け、滑り込むように中に入る。鍵を閉め、靴を棚に戻す。持っていたケーキの箱が満員電車の所為で歪んでいたが、どうでもよかった。
リビングの扉を開け電気をつけると、ソファにアキラが座っており、ヒカルはヒッと悲鳴をあげた。アキラは顔をうつむかせたまま、目はヒカルを見ている。

「なんだよ、帰ってたのか。電気くらいつけろよ」

コートを脱ぎ、ソファにかける。
何も言わずにじっと見つめてくるアキラに、ヒカルは気まずげにその隣に座った。

「……こへ」
「え?」
「どこへ、行っていたんだ」

責めるような声色に、ヒカルは少し縮こまる。
よく見ればアキラの手にはヒカルが放り投げて床に放置してあった携帯が握られている。アキラはヒカルが逃げてしまったのかと思ったのだろうか。
家に帰ったら誰もおらず、携帯まで置いてあったらアキラは不安になっただろう。申し訳なくなり、アキラの手の甲に掌を重ねる。

「ごめん、おまえ今日帰るの遅くなるって言ってたから、たまには外に出たいなって……。それにしても、早く帰れたんだな」
「扉が開いた反応があったから、途中で抜けてきたんだ。携帯に仕掛けてあるGPSは動かなかったけど、心配になって」

携帯を持ち出していれば、出先でアキラに捕まっていたのだろう。外で修羅場になるのはまずい。携帯はただ忘れていただけなのだが、置いて行って正解だった。

「進藤、どこに行っていた?誰と会ったんだ?」
「適当にぶらぶらしただけだから、誰とも会ってねえよ」
「じゃあ、何故外に出たんだ!」
「だ、だからさ、たまには外に出たかったんだよ!ほら、ケーキ買ってきたから食べようぜ、な?」

エキサイトしていくアキラを宥めるために、歪んだケーキの箱を見せる。その瞬間、アキラの顔が箱のように歪んだ。両の肩を掴まれ、アキラに縋るように揺らされる。

「ケーキが食べたかったのならボクが買ってあげる、キミが欲しいものはなんでもだ!だから、ここから出ないでくれ。ずっと、ボクの傍にいてくれ!」
「塔矢……」
「頼むよ、進藤……」

アキラの声が掠れている。ヒカルからは俯いていてよく見えないが、泣いているのだろうか。
ごめん、と呟き、アキラの頭を抱きしめる。アキラのヒカルへの執着を知らなかった訳ではない。痛い程理解していたはずだ。

「もうどこにも行かないからさ。ずっとおまえの傍にいるから」
「もし、次にキミが逃げたら、キミを殺してしまうかもしれない……」
「怖いことサラっと言うなよなあ」

クスクスと笑うと、アキラは少し腫れた目でヒカルを睨みつける。
ごめんと謝る代わりに瞼にキスをすると、アキラは現金にも少しだけ機嫌を上昇させた。

「ほら、ケーキ!結構並んだところのだから、美味いと思うぜ。今日は特別にあーんで食べさせてやる」

ピクリと体を揺らした辺り、満更でもないようだ。だが、ヒカルが箱を開けると、中からぐちゃぐちゃになったケーキが現れた。元々二つのはずなのに、一つの物体になっている。

「あちゃー、こりゃまた……」

勿体ないと箱に付着したクリームを指で掬い、舐めようとしたところでアキラに手を掴まれ、クリームを舐め取られる。動揺するヒカルを脇目に、アキラはふむと首を縦に振る。

「少し甘いけど、食べられないことはないね」
「おまっおまえなあ」
「もう一口、欲しいな」

鳥の雛のように口を開けて待つ塔矢アキラなど想像したこともない。
ヒカルは少し躊躇したが、諦めたように溜息を吐き、クリームを掬うとアキラの口へと運んだ。

2014/11/12

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