キクイとテルと好みの話

 時空の裂け目が閉じられてから、コトブキムラの門をくぐる回数が増えた。海を背にして作られた一帯は塀で空間を囲っていて門からでなければ出入りできない。前までは名乗らなければ開けられなかった門は、いつからか常に開かれているようになった。奇妙な動きをするポケモンが門近くに立つようになってからだった気がする。
 キクイはムラに顔を出す機会はそれなりにある方ではあった。シンジュ団の使いとしてだったり、ムラに構えているイチョウ商会と鉱石について議論したりもする。でもそれだけで、用事が終わればすぐ立ち去る場所でもあった。
 自分達と様式の異なるギンガ団の暮らしに興味がないわけではなかったけれど、慣れあうものではないと思っていた。ここ二年程で居ついたよそものたち。ヒスイの空間を侵すようなら敵対するかもしれない、と大人達が話しているのも聞いていた。
 それが今となってはどうだ。コンゴウ団まで含めて手を取り合い危機を乗り越えてから、三団の距離はぐんと近づいた。ギンガ団の持つ科学は自分達にはないものでどれも興味深い。コンゴウ団も一部ムカつくヤツ(なんでセキはアレをキャプテンにしているのか本当に理解できない)はいるけれど悪い人達ではない。空間を侵すのではなく共にする者だとカイは言う。コンゴウ団の言葉を借りれば、自分達は大きな時代の変化の最中にあるのだろう。
 その渦中にいたのがテルだった。よそもののギンガ団の中でも特に変わった出自の持ち主で、なんと空から落ちてきたという。見た目は自分達と変わらない普通の人間で言葉も通じる記憶喪失の男。ポケモンを調査する調査隊で、荒ぶるバサギリにも恐れず相対し鎮めて見せた人。各地で荒ぶっていたキングをすべて鎮め、人知を超えた異変にも怯まず調査し解決の糸口を見つけて我らがシンオウさまもといパルキアさまをも友とした英雄。なのにそれを鼻にかけもしないでみんなの協力があったからだと微笑む謙虚な強い人。
 かの異変を解決するために落とされた時空の迷い人。大人達が話すにはそういうことらしかったけれど、時空の裂け目が消えて暫く経った今もテルがいなくなる様子はない。以前までと変わらない様子で調査に励みポケモンと触れあっている。
 キクイも時々テルの調査を手伝っている。赤い空で助けを求められたのに何もしてやれなかった負い目もあるけれど、単純にポケモンの調査というものに興味があったからだ。キクイの相棒のヌメラが進化してヌメイルそしてヌメルゴンになった時もギンガ団の知見には世話になった。それらがすべてテルの調査が元になっていると聞けば当然興味は湧く。時折同じく調査を手伝いにきたツバキと鉢合わせること以外はテルの調査は楽しい。
 テルはその名の通り明るい人だ。ポケモンがとても好きで、調査している時はすごく楽しそうにしている。勝負となれば真剣に、荒ぶるバサギリ相手にも好戦的に身を投じるから見ているだけでドキドキする。なのに普段は温厚でやわらかく微笑んで話すからギャップがすごい。強くてかっこよくてやさしいすごい人だ。
 テルは調査でヒスイ中を駆け回っているから、偶然会うのは難しい。わかってはいるけれど、ムラを覗いてテルがいないかを確認してしまう。どこかでばったり会えたりしないか、バサギリに挑みに来てくれないかと考えてしまう。
 自分でもわかっている。キクイはテルと親しくなりたいのだ。だってあんなに強くてかっこよくて、好きにならない方が嘘だ。それもやさしい。赤い空でのことを謝ったら気にしていないと微笑まれて、逆にオリジン鉱石のことで感謝されてしまった。採石の話をすごいすごいと聞いてくれるテルに、得意になって自分ばかり話しすぎてしまったのではないかと寝具の中で唸ったのもそんなに前の話じゃない。
 親しい方だとは思う。顔を合わせれば声をかけてくれるし、キクイから声をかけて嫌な顔をされたことはない。子供だと侮られることの多いキクイはそういう態度に敏感だけど、テルは対等に向き合ってくれていると感じている。大人として、テルの隣に並べる人間として、その目に映っていると思う。
 だけど。キクイはノボリと談笑しているテルに声をかけられないでいた。気安ささえ感じるその横顔が見慣れなくて、喉まで上がっていたテルさんを呑み込んでしまった。邪魔をしてしまう、と咄嗟に思ってしまったから。
 ああいう顔もするのだな。キクイとは、たぶんあそこまでじゃない。話す方ではある。親しい方ではある。でも、ああいう気安さのようなものをテルが見せてくれたことはない、と思う。
 ノボリは大人だ。元々はシンジュ団の人間ではなく、集落近くで倒れていたのを拾ってやったのだと聞いている。記憶喪失で、ポケモンに親しんでボールを扱い、テルと渡り合えるくらい強い。勝負好きが高じてムラに移り住んでまでポケモン勝負を指導している。表情こそ変わらないが勝負が絡まなければ穏健な、尊敬できる人だ。
 並び立てるだけでもテルとノボリの共通点は多い。テルがああも親し気なのはそれが関係しているのかもしれない。キャプテン相手だろうが口さがない連中はいなくはならない。テルも今は英雄とはいえ、ギンガ団の中でもポケモンにここまで親しむのは彼だけだろう。寄り添う理由には十分だ。
 いいな、と嫌だ、が入り乱れる。テルはノボリを見上げて話しかける。キクイの背があれだけあれば、テルを見下ろすことができれば、ああして近づいてくれるのだろうか。それにはあとどれだけかかる? キクイがテルに追いつくより前に、テルは誰かを選んでしまうだろう。
 そんなのってない! 勝負の土俵にすら上がれないなんて、そんなの諦められるわけがない!

「あれ、キクイさん。勝負ですか?」
「っ、いや……通りがかっただけだね。その、テルさんが見えたから」

 挨拶しようと思って。我ながらもうすこし言い訳が浮かばないものかと思う。訓練場を覗いたのはテルがいるかもしれないと思ったからだ。ポケモン好きなテルは本部以外では放牧場か訓練場にいることが多いから、もしかしたらと期待した。
 そしてその通り訓練場にいたテルはノボリと親し気に話していた。声をかけられないで立ち尽くしていたところを見咎められた気がして、勝手に視線が下を向く。帽子がずり落ちてくる。テルに会えたら何か話そうと思っていたのだ。用意していたはずの言葉はすっかり飛んでしまって続かない。
 上げられない視界に足が映りこんだ。シンジュ団の靴じゃない草鞋に帽子を上げると、テルがいつも通り微笑んでいる。こっちに来てくれたことがうれしくて、申し訳なくなる。

「こんにちは」
「こ、こんにちは……すまない、邪魔をするつもりはなかったね」
「邪魔?」
「ノボリさんと話していただろう。……随分、仲が良さそうに見えたから」
「あはは、気にしないでください。僕がノボリさんに付き合ってもらってただけですよ。ノボリさんはポケモンにとてもお詳しいので、お話を伺ってたんです」

 テルに本当に気にしている様子はなさそうだ。ノボリも向こうでギンガ団の警備隊に話しかけられている。キクイは胸をなでおろして、そうかねとだけ返した。
 テルは今日は休みなのだそうだ。調査してしまうからとムラから出ることもできず、勝負に明け暮れてしまうからと訓練場も禁止されているから、せめてポケモンの話ができるノボリと話していたということらしい。確かにテルはいつも走り回っている印象がある。休みなんて退屈なだけなんですけど、隊長が言うことなので。テルは眉を下げながら言うが、誰だって休息は必要なものだろう。
 つまりテルは時間があるらしい。ならオレに付き合ってくれるかねと窺えば、微笑んで頷いてくれる。ほっとして、じゃあと二人並んで縁台に腰かけた。目の前の勝負場ではこれからノボリの稽古が始まるようで、テルはそれを羨ましそうに眺めている。

「……確かにノボリさんはポケモンに詳しいけれど、テルさんは調査隊だろう。調査の方がわかることがあるのではないかね」
「そんなことないですよ。勿論調査はしてますけど、視点が異なれば見えるものも違いますから。それにノボリさんはオヤブンとも仲が良くて尊敬します! 僕もボールを使えば仲良くなれますけど、あそこまでになれるかは……」

 キクイからみればテルもノボリも似たようなものだと思うけれど、本人には違うらしい。すごいですよね、と語るテルの目は煌めいていて純粋に尊敬しているのだとわかる。ノボリはすごい人だ。尊敬する気持ちはキクイにもわかる、けど。
 キクイもあれくらいポケモンに詳しかったら、同じ目を向けてくれるんだろうか。今から追いつこうにも調査で常にポケモンと親しんでいるテルに感心されるほどになれる気がしない。経験を追いつかせるにはどうしようもなく時間が足らない。
 自然と下がった視線に帽子がずれる。こういうところだ。頭を動かしても帽子を被り直す必要がないくらい、大人の身体だったら。その手を包めるくらい大きかったら、テルはキクイのことを考えてくれるんだろうか。

「…………やっぱり、大人の方がいいかね」
「え?」
「ノボリさんは強いし大人だし……かっこいい、から。キミが好きになるのもわかる」
「すき」

 テルは呆けた声で言った。帽子を上げてその顔を見てみても、きょとんとしている。考えもしていなかったという顔でテルは首をかしげる。

「ノボリさんのことは尊敬してますけど、そういう風に考えたことはないです」
「そうなのかね? 見ていて随分仲がいいんだなと思ったが」
「うーん……その、僕とノボリさんは境遇が似てるので。仲間意識というか……あとポケモンのことを話せてうれしい相手ですけど。そういう誤解をされてしまうなら、すこし考えた方がいいですね。ノボリさんに悪いです」
「あ、いや……オレの考えすぎだね。ごめん、変なことを言った」

 テルは本当にそういう気はないようだった。誤魔化しではなく誠意で話してくれているとわかる。キクイが考えすぎていただけなのだろう。ほっとしてテルを改めて見上げる。

「じゃあ、テルさんはどういう人が好きかね」
「好き……というのは、えっと。家族になりたいという意味であってますか」
「家族……まぁ、そうだけれど。こういうのは婚姻を結びたい相手のことを言うものだね。それだとキミはラベン博士だとか言いそうだし」

 図星だったのだろうテルが頬を掻く。むっと見上げるとテルはすこし視線を彷徨わせて、でもちゃんと考えてはくれるようで首をひねっている。本当にこれまで考えたこともなさそうだ。

「婚姻……思いつかないです」
「好みくらいないのかね? かっこいい方が好きとか」
「うーん……そもそも僕に縁談なんて来ませんから。家もないし、空から落ちてきた人間と結婚したいなんて人いませんよ」
「そんなことない! 確かにテルさんは空から落ちてきた人だけど、そんなこと関係ないね! テルさんはすごくかっこいいし、強くてやさしくて、キミを好いてる人はたくさんいるし、……、」

 オレが好きだし。勢いに任せてしまえなかった言葉を舌に残して口籠ってしまう。
 笑っていたテルは、かなりの勢いで否定されて驚いたのだろう。まんまるになった目があどけなさを感じさせる。
 驚かせても、テルの言葉は許せなかった。だってテルはすごい人だ。強い人だ。出自がどうあれ、テルがこのヒスイを駆け巡り危機を退けたことは確かな事実なのだ。そんなテルが愛されないなんてあるわけがない。テル自身にそんな風に思っていてほしくない。
 勢いで立ち上がっていたと気づいて座り直す。どう言葉を続けようかと迷っていたら、くすくすと笑い声が降ってきた。見上げればテルが微笑んでいる。

「ありがとうございます、そんな風に思ってくれてたんですね」
「む、からかわないでくれ! オレは本気だね!」
「ふふ、からかってるつもりはないですよ。うれしくて……。そうだなぁ、僕がいいって言ってくれる人がいいです。なにもないけど僕だけでいいって言ってくれる人となら、結婚して仲良くやれそうかなって思います」

 今度はキクイがきょとんとする番だった。テルが好みの話をしてる。
 テルがいいと言う人なんていくらでもいるのに、謙虚な答えだ。好みというか、相手を好きでいるなんて最低限の話だと思う。キクイはずっとテルを好きでいる自信がある。

「他には?」
「うーん……ポケモンを怖がらない人がいいです。僕はこれからもポケモンと生きていくつもりなので、それを許してくれないと一緒にはいられませんから。できればポケモンのことを好きでいてくれるとありがたいですね」
「そうかね、他は?」
「えぇ? うーん……なにか夢中になれるものを持っている人がいいかなぁ。僕がポケモンを好きなのと同じくらいなにかを好きでいたら、お互いを尊重できると思うので。知らないことを教えあえたら素敵だと思います」

 テルはどうやら外見より内面を重視するらしい。その口から出るテルの理想を、キクイは叶えているんじゃないだろうか。キクイは相棒を連れているしキャプテンだ。ポケモンへの情熱ではテルに劣るけれど、同じくらい採石については詳しい自信がある。自分のことを言われている気がしてくる。
 キクイはドキドキとうるさい心臓を宥めながら薄く唇を舐めた。聞かなければならないことがある。

「その、年齢とかは考えないのかね」
「年齢、ですか。うーん……そもそも僕自分の年齢もあやふやなので。でもそうですね、家族になるなら……好きになるならできるだけ長く一緒にいたいから、離れても十歳くらいがいいですかね」
「それって年下でも構わないってことかね」

 食い気味の質問にテルが目を丸くする。ぱちりと瞬く大きな瞳は逸らされない。吸い込まれそうだ、と思っていたら煌めく瞳が笑みを描いた。

「はい、それは」
「じゃあっ、オレのこと考えてくれる、ってことかね」

 テルが何か言いかけていたのに、焦れて重ねてしまった。勢いのままとったテルの手はキクイのものより大きくて悔しい。
 だって待ってなんかいられない。これは好機だ。今ここでテルに考えてもらわないと誰かに取られてしまう。テルが誰かを選ぶ前に、キクイのことも考えてほしい。選択肢に入れてほしい。どうかその目に魅力ある相手として映っていてほしい。いつか絶対に、かっこよくて強くて、テルに好かれるような大人になってみせるから。
 まるくなっていた瞳がやわらかくゆるんでいく。くすぐったそうに動く唇が、ほんのりと色づいた頬が、見慣れない。そんなテルの顔は初めて見た。

「あの、口説かれてるってことでいいんでしょうか」
「そのつもり、だが」
「そうですか……ふふ、ごめんなさい、こういうの初めてで。えへへ、照れちゃいますね」
「オレは本気だね。テルさんにオレのこと考えてほしい。……あ、無理強いをするつもりはないね、嫌ならはっきり振ってくれ」
「ううん……嫌じゃないですよ。びっくりしたけど、嫌じゃないです」

 そっと手が握り返されて、今度はキクイが目を丸くする番だった。見つめてくるテルの瞳がやさしい。かっかと顔が熱くなるのがわかる。
 嫌じゃない、そうだ。テルはキクイのことを考えるのが嫌じゃない。それってつまり。
 握りあった手に視線を落として、またそっとテルを見上げる。やさしく微笑んでいるその頬が朱に染まっている。ドッドッとうるさい心臓に身体が震えている気さえする。
 不意にテルの顔が見えなくなった。帽子がずり落ちてきたからだ。またテルの顔を見るのは色々と持ちそうになくて、キクイは顔を隠すように帽子を押し付けた。繋いだままの手の先で、テルがやさしく笑ったのだけ聞こえた。



あとがき
本題までが長いの私の悪い癖です。文字数あって悪いことないからねで書きたいこと全部書いちゃう。前置きが長いのしか書いてねえよなほんとによ
キクイのこと本気で好きなので…今読み返すとかなり勢いでキク主♂書いてしまっていたので改めて練り直しました。本にしたやつさっと五年経たせてしまったのでね、おいしいところの再調理です。だけど内容が覆水未だあるならばとほとんど変わってなくて草話の引き出しがない~いっつも同じようなの書いてる~
キクイはかわいいやつだよね~!自信家で褒めてほしくてでもちょっと抜けてて、態度の軟化がわかりやすくてとてもかわいいなと思う。口調が難しいんだけど目上の相手には敬語使おうとするし腹の立つ相手には煽るし柔軟なやつだよな
強いものかっこいいものが好きだしバサギリへの態度見るに恋は盲目タイプなことは間違いないんだけど、同時に自分では敵わないことに対しては消極的というか普段の勢いをなくしてしまうんじゃないかな…という話です。だってまだ子供だからね…!胸を張ってキミの隣にいられるようになりたいキミにふさわしい男になりたいのに追いつかない年齢に悔しく思うけどだからって諦めたりなんかできないがキク主♂のサビ。オレなんかと引くことはしないのがキクイのいいところです自分にもチャンスがあるのではと思ったらそらもうぐいぐいいくこれは自信ある。キクイは正面から口説く男です!



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