天国への階段(07)


始業のチャイムが鳴るほんの数分前に教室に駆け込んだ僕は、周囲の視線を避けるように静かに席についた。

クラス内には既に多くの生徒が登校していて、担任の先生が来るまでの残り数分をお喋りしながら過ごしている。けれどそれも僕が教室に入る前までの事で、今は席についた僕を食い入るようにみつめている。最初はその度に眉を顰めていたものだけど、それが2年も続くと気にする事もなくなる。

窓際の1番前の机の椅子を引いて座り、顔を隠すように鞄に突っ伏した。



――金曜日にはあの雑誌が発売されて、僕はさらに笑いものになるんだろうな。



週明けの月曜日である今日から先の事を考えて憂鬱になる僕に、ふと影が落とされる。

疑問に思って顔を上げると、唯一僕が親友と呼べる小野拓海が立っていた。



「おはよう、拓海」

「おう」



サッカー大好き少年特有の陽に焼けた真っ黒な肌と、170cmを越す長身からは想像もつかない屈託のない笑みで拓海が短く返した。



「なんかあったのか?今日は随分と捻くれているみたいだけど」



窓枠に凭れながら顔だけを向けて聞いた。雲間から時折覗く太陽の光りが拓海の顔を照らし、クラス中の女生徒の心を色めき立たせる。

少し口篭った僕だったけど、拓海の目が「さぁ吐け」と面白そうに歪んでいるのを見て、ぽつりぽつりと話し出そうとした。ところが運悪く鐘が鳴り響き、「席に着けー」という先生の声に拓海が未練がましく僕の後ろである自分の席に着いた。





僕の通う陽翠高校はありきたりでどこにでもありそうなごく一般的な公立高校だ。自由な校風のもと、茶髪の人もいれば耳を開けている人だっているし、つまりそういう学校だ。

始業のチャイムは鳴るけれど誰も受けようとするわけではなく、好き勝手にやっている。僕もその中の1人で教科書を開いてはいるけれどシャーペンを握っているわけではない。

それは拓海にも言えた事で、暇を持て余した手元で僕の背中を小突いた。



「おい、悠」

「なに?」

「さっきの続き、しようぜ」



言葉の意味が分からなくて首を傾げた僕に、憮然とした顔の拓海が「ほら、お前が膨れてる理由だよ」と言った。



「ああ」

「ああって…。ま、いーわ。それよりなにがあったんだよ」

「んー……えっとね…」



ごにょごにょと、教卓の前に立って熱弁を振るっている先生に背を向ける形で後ろを振り返った僕は、昨日の出来事をなるべく正確に話した。こういう時、拓海は的を射た発言をしてくれるので僕も結構参考にしているのだ。

でも僕の私情は持ち込まない。僕は元々話す方が下手だから感情も混ぜえながら話すとごちゃごちゃして、相手に伝わらなくなるからだ。

余計な事は言わずに、でも正確に伝えるという技法は拓海と話しているうちに自然と身についた僕の誇るべき部分だ。



「――ってわけなんだよ」

「ふーん」

「ふーんって、それだけ?」



いつもなら、なにかしらアドバイスをくれる拓海が今日は1言目にそれだった。

少し白けた僕はいじけたように拓海を睨みつけた。



「そんな顔で睨みつけたって、凄味もあったもんじゃないんだけどね…」

「え、なに?聞こえないよ」

「なんでもないよ。それよか、悠はどう思っているわけ?」

「え?」



突然質問された僕は答えに窮してしまった。こんな事は初めてだ。

拓海の質問に答えを窮した事も、こういう場面で拓海が僕に質問してきた事も。



「ど、どうって…」

「写真、撮られんの嫌なんだろ?っていうかむしろ暁さんとか、つまり家族と一緒に写真に写るのが嫌なんだろ?」

「う、ん」

「なら、そう言えばいいだけじゃないか」

「言う?」

「そ、言えばいーの。『僕、兄さんたちと一緒に写るのだけは嫌だっ!』って言うだけ」



僕の声音を真似してわざとふざけたように言う拓海に僕はかっと頬に朱を走らせた。

腕を振り上げて怒ったように振り回したけれど、拓海がひょいひょいと逃げてばかりでどこにも当たらない。それどころか、煩い僕たちを見かねた先生に指名させられてしまった。

ただでさえ数学は苦手なのに拓海のせいで前に立って問題を解かされてしまった僕は答えもわからずにただチョークを握り締めてクラス中の静かな嘲笑に耐えていた。そんな僕を脱出させてくれたのは、僕をピンチの崖っぷちに立たせた拓海だった。

こうして僕とふざけてばかをやったりするが、拓海は意外と頭がいい。

僕の隣に立って震える手からチョークを受け取り、すらすらと淀みなく僕には理解できない公式に当てはめて問題を解いていく。

すべてを解き終えた時授業は残り3分となっていて、僕が問題を解かなかった事に釈然としない先生が渋々ながら教室から出て行った。



「ありがと、拓海」

「お礼はマックのセットで」

「すーぐ、調子乗っちゃうんだから」



にかっと爽やかな笑みを浮かべた拓海の背中を押しながら、僕たちは2時間目の移動の準備をし始めた。




to be continued...




久しぶりの更新となりました(汗

色々と忙しく、私自身なんでこんなに忙しいんだ!?と吃驚するくらいでした

これからも更新はマチマチになりますが、それでも合間を縫って頑張ります



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