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こちらは「宿鴉は眠らない」最新話となり、番外編ページに前話までが掲載しておりますので、

そちらと、本編最新話までお読みいただいた後に楽しんでいただけると幸いです。

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宿鴉は眠らない【3】





俺は五兵衛新田へ向かう前に高輪へ寄った。自分でも(律儀だな)と思ったが、

松川へ胖之介を見つけたことを報告するためだ。

しかし唐津藩高輪の別邸は硬く門を閉ざしていて約束のない俺が中に入れる

わけがない。困っていると

「山口君」

と背後から声をかけられた。向かいの物陰から出てきたのは松川だった。

(気配がなかった…)

「何故ここへ?」

「ハハ、私も門前払いを食らったからだよ」

「何故あなたが門前払いを…」

「嫌われているのだな」

松川はとぼけながら、俺を誘って近くの旅籠に入った。茶屋の軒先でも良い

はずだが姿を隠さなくてはならない理由があるのだろうか…。松川は窓辺に

腰を下ろして外の様子を伺いながら

「それで、私に用事かい?」

「…『胖之介』と呼ばれている若者を見かけました」

「何?どこで…」

「浅草です」

松川は目を見開いたあとすぐに「やはり彰義隊か」と主に上野と浅草を拠点に

している彰義隊へ思い至った。

「…それにしても、別れた途端に胖之介さんに遭遇するとは…君はなかなか

 運がある」

「悪運かもしれませんが」

「まあそう言うな。礼に酒を馳走する」

松川は女中を呼び、酒の準備をさせた。早急に五兵衛新田へ向かいたいと

考えてた俺は「一杯だけ」と断って盃に手を伸ばしたが、

「彰義隊か…このところは江戸で最も勢いがある。難儀だなぁ」

と松川に意味深な視線を向けられた。俺は気がつかないふりをしようとしたが、

彼はあからさまに俺の答えを待っていた。

「…これ以上は俺は請け負いません」

「いやいや君の身のこなしなら彰義隊など朝飯前だろう?…旅は道連れ世は情け、

 どうか私と胖之介さんを引き合わせてくれないか?」

(なぜ俺が…)

いくら何でも無理難題がすぎる。俺は五兵衛新田へ向かって新撰組の動向を

探るとともに沖田の居場所も確認しなければならないのだ。それに唐津に

付き合う理由はない。

しかし松川は一歩も引かずに

「頼む!この通りだ!」

と頭を下げる。俺は内心ため息をついた。

「…その胖之介という者を連れ戻すつもりですか?」

「いや…我が主君のお考えをお伝えしたいだけだ。おそらく胖之介さんは誤解を

 している」

「主君とは一体どなたです。それくらいは教えていただかなくては」

俺は敢えて率直に訊ねた。松川はずっと曖昧にして主君の具体的な名を出そうとは

しなかったけれど、藩士でもないのに手を貸すのなら俺にも利が無ければ動けない。

松川は「ううん」と唸った。

「…この件、請け負ってくれると約束してくれるか?」

彰義隊にいることがわかっているのだから手間はかからないだろう。それに

どのような形であれ人脈を得ることはのちに手助けとなるかもしれないし、

何より諦めの悪そうな松川の頼みを断る方が面倒そうだ。

(仕方ない)

俺が承知すると、松川は

「私の主君は元老中の小笠原壱岐守様だ」

と存外あっさりと答えた。

壱岐守こと小笠原長行は唐津藩の継嗣で家茂公の後継問題に際し慶喜公を

次期将軍に推し、老中を務めていた人物だ。しかし鳥羽伏見の敗戦後も

徹底抗戦を主張したため遠ざけられていまは老中を辞任している。松川が

壱岐守の側近であるのなら藩邸に入れないのも当然だろう。

壱岐守は幕閣に名を連ねる抗戦派の大物ではあるが、俺はあまり驚かなかった。

「その顔…君は察していたのだろう?」

「…唐津は早々に官軍へ降伏していると聞いています。けれど貴方は会津から

 来たと言っていた…壱岐守様がいまだに抗戦をお考えならさもありなんと

 思っていました」

「ハハ…その通り。我が主君は帰国の命令が下っているが官軍に屈服する

 わけにはいかぬと江戸を去り、上様のご処分が決まるのを待ちながら姿を隠し

 これからの抗戦の策を練っているのだ。しかし胖之介さんは我が主君が安易に

 江戸から逃げたのだと誤解していらっしゃるのではないか…それゆえに

 彰義隊などに入り無茶をしているのではないかと危惧しているのだ」

「それを伝えたいと…文でもしたためれば宜しいのでは?」

「直接でお伝えせねば信じぬ。胖之介さんはそういう御方なのだ」

松川は苦笑する。彼は胖之介の教育係を務めていたそうので性分をよく知っている

のだろう。

俺はため息をつきながら立ち上がった。

「そういうことなら早速参りましょう」

「ん?どこへ?胖之介さんと落ち合う策があるのか?」

「策というほどではありませんが…誤解があるのなら早いに越したことはない

 でしょう」

まだ酒は途中だったが俺は松川と共に旅籠を出て浅草へ向けて歩き出した。

春の陽気とは裏腹に冷たい風が流れている。会津から急ぎ戻って沖田に会いに

来たのに、どうしてこんな目に遭っているのか…やはり悪運のせいだろう。

早く片付けたいという気持ちが募る。

松川は俺の後に続きながら

「ところで君の用事は済んだのか?」

と呑気なことを言った。

(人の気も知らないで…)

「…いえ」

「それはすまない。なんだかんだ、君はやはり人が良いな」

(厚かましいと言うか、図々しいと言うか…)

松川は褒めているのだろうが、俺としてはただ自分の運の巡り合わせにため息を

つくしかない。

そんな俺を気にすることなく松川はまた口を開いた。

「君は奥方は?」

「…いません」

「そうだろうなぁ。良い人はいるのか?」

「…話す必要がありますか?」

俺は眉間に皺を寄せて返答を拒んだが、松川は「ないな」と笑い飛ばす。

「しかし君には大いに興味がある。会津から命の危険をおかして急ぎで戻ったのに

 目的を果たさずに後回しにして私に手を貸して…無愛想なのにお人好しというか、

 なんだかちぐはぐな感じだ」

「…元来はそういう人間ではありません」

他人に興味がなく、深く関わろうとはしない。松川のような一時の出会いなら尚更、

むしろさっさと忘れてしまったはずだ。

けれど今は違う。

「…お節介な友人がいて、影響を受けました」

彼からこうするだろう…そんな考えがいつも頭の片隅にあって離れない。好意とは違う、

人としての尊敬があるからこそ影響されて、無関係なはずの松川の頼みを断れなく

なってしまったのだろうか。これが彼の代わりの寄り道なら仕方ないと受け入れる

ことができてしまう。

「そうか…君の良い人か」

「…そうです」

否定することも、聞き流すこともできたが、認めることで自分の行動が肯定される

ようだった。しかし松川はにやけた顔で「そうかそうか」と相槌を打つのでやはり

余計なことを口走ってしまったようだ。

俺は少し後悔しながらさらに足早に歩き、浅草に辿り着いた。胖之介に出会ったのは

松本先生の邸宅の近く、入り組んでいるが大通りにほど近い立地だ。

俺は足を止めて振り返り松川と相対する。松川は不思議そうに瞬きをしていたが、

俺は彼の胸ぐらを掴んで天水桶に投げ飛ばした。積まれた数個の桶が派手に落ちて

大きな音を立てた。

松川は地面に倒れ込みながら俺の暴挙に一瞬驚いていたが、

「そういうことか、ハハ、確かに手っ取り早い」

と笑って立ち上がると拳を振り上げて向かってきた。もちろん全力ではなかったが

まともに喰らうとそれなりの衝撃があって、俺は近くの板塀に背中を打ちつけた。

「ちょうどいい、身体が鈍っていたんだ」

「俺もです」

松川は両手の拳を構えて身をかがめた。それからは息を合わせてできるだけ派手に

立ち回り、互いに怪我をしない程度に暴れ回った。

すると野次馬の注目を集めて騒ぎになっていく。

「なんだなんだ?」

「喧嘩か?」

するとそこへ市中取締役の彰義隊の隊士が駆けつけてきた。これは一か八かの

賭けでもあったが、『もし自分の悪運が強いなら』あの若者がやってくるだろう

という確信めいた思惑もあったので、

「松川…?」

「胖之介さん…」

やってきた彰義隊隊士のなかに胖之介がいても、俺はさほど驚きはしなかった。























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