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わらべうた本編のあと、お読みいただきますようよろしくお願いいたします。






約束





「おい、英」

診療所に顔を出したのは松本良順だった。幕府の奥医師という立場である彼は、相変わらず友人である南部の診療所には我が家のように出入りしている。今日も鼻の頭を赤くしてほろ酔いだ。

「なに?」

「お鶴の使いが来たぞ。急いで来て欲しいそうだ」

「お鶴が…」

お鶴、こと君鶴は上七軒の舞妓だ。英は病の流行やすい置屋や廓には修行がてら診療を担当していて知り合ったが、まだ若いのに聡明で将来有望な舞妓だ。

彼女が急ぎだというからには相当の患者がいるのだろう。

英は昼間から酔潰れる松本をチラリと見た。

「…いま怪我人を診てるから、手が離せないんだけど」

「そりゃわかってる…替わってやるぞ。傷の手当てくらいなら、俺ァ寝ててもできるが、酔って置屋に行くと間違いを犯しそうだ」

「…わかったよ」

軽口を叩くが、漢気のある松本は女子に指一本触れないだろう。それにこうして酒に逃げるのは少し前に亡くなった将軍への後悔があるのだと、南部が言っていた。彼は少し疲れているのだ。

怪我人を松本に託し、支度をして診療所の前線にいる南部と加也に声をかけた。

南部は「いってらっしゃい」と菩薩のように微笑んで見送ってくれたが、加也は

「もし重い病ならすぐに知らせるのよ」

と念を押した。あくまで医者の卵に過ぎない英の見立ては長崎帰りの女医には当然劣るので

「わかってるよ」

と素直に頷いた。







冬の冷たい風が頭の先から爪先まで隅々の体温を奪っていく。はぁーっと息を吐くと白くなったそれが天高く舞い上がっていく。

「今夜は降るのかな…」

総司の背中を見送って上七軒からの帰路につく。

まさか君鶴が彼を患者として呼びつけるなど、思いもよらなかった。再会を覚悟していなかったわけではないが、心の準備は当然できていなかった。

けれど案外すんなりと受け入れることができたのは、彼を診るために医者になったのだと悟ったからだ。松本が言っていた『借り』を返す時が来たのだと。

それを総司は『縁』だと言った。

(病が引き寄せる縁なんて、悪縁でしかないと思うけれど…)

そう思うことで総司も心の整理をしていたのかもしれない。

彼は泣いた。

一人で抱えていた不安が、溢れ出るように涙となった。

自分は一本の刀だと強がりながら、

錆びて切れない刀は必要ないと嘆きながら、

最後は一人の人間としてそこにいた。

英はたとえどれだけ可哀想でも患者を抱きしめたことはない。そんなことをしても治療や薬には及ばない…けれど、あの時はそうすることが最善だと思った。

彼が何を考えているのか、わかってしまったから。

(じゃなきゃ、誰かに感染るのか…なんて一番に尋ねるわけがない)

死ぬこと以外に考えることーーー誰かを守りたいということ。

その両者の心の痛みを想像すると、ため息が漏れる。そしてそれを知らないでいる者もーーーどれほどの後悔が『彼』を襲うのだろうかと。

「…俺の見立てが間違っていたら良いな」

柄にもなくそんなことを呟いた。医者の卵でしかない自分の診察が、どうか間違っていて、彼らにとってただの悪い夢ならば良いのに。

「さて…あの長崎帰りのお嬢様に、なんて説明するかな…」

強情な女医を説得するには骨が折れそうだ。

そして、自分自身も納得させなければならない。医者として整然と彼らの前に立つために。























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