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拍手ありがとうございます! いつも皆さまの応援に支えられております。 こちらは甲州勝沼の戦の前の鍛冶橋の屯所にいた頃のお話です。 100話近く前のお話の番外編ですが、楽しんでいただけると幸いです。 また下部に書き込み欄がありますのでご感想などお気軽にお寄せいただけると嬉しいです!(^^)! 青き踏む 甲州行きを数日後に控え総司は山野とともに外出をしていた。城の周辺は騒がしいが、 町は市井の人々で賑わっていて、二人は自然に紛れた。 「先生、本当に具合は宜しいのですか?」 「うん。外出を楽しみにしていたんだ」 山野は心配そうにしていたが、総司は久しぶりに気分が高揚していた。 勝から甲府城の鎮撫を任命され、新撰組は鍛治橋の屯所を出て甲府へと行軍すること となった。戦支度で慌ただしい隊士たちを尻目に、二人はこっそりと屯所を抜け出した のだ。 山野は総司が本当に楽しそうな様子を見て、安堵しながら柔らかく笑った。 「…僕も嬉しいです。江戸に帰ってきてから慌ただしくてなかなか先生とご一緒 できなかったですから」 「それは山野くんが成長した証拠です。皆んなから頼りにされて引っ張りだこ なんでしょう?元上司として鼻が高いな」 「元、じゃありません。今でも先生は僕の上司です」 山野は前線を離れた総司を今でも慕ってくれている。美男五人衆などと持て囃されたが 愛想があって一途で何事に懸命に取り組む…そんな彼だからこそ総司は今回の『任務』 を打ち明けたのだ。 山野は懐から住所が書かれた紙を取り出した。 「…それにしても、さすがは西洋帰りの海軍副総裁…舶来品の店をよくご存知なんですね」 総司は榎本が屯所を訪れた際に、洋装に合う装飾品について尋ねた。もちろん土方の為だ。 『私はこういうことに疎くて…今までろくに贈り物をしたことがないんです』 『へえ、土方君への贈り物か。だったら力になれそうだ』 総司は気恥ずかしい気持ちがあったが、西洋のことで頼れる人もいない。榎本は 茶化したりせず相応しいものを教えてくれ、さらに店の場所も書き置いてくれたのだ。 「腰紐のような『ベルト』から性能の良い短筒、動物の毛でできた『コート』、 『香水』『石鹸』…ですか。僕には何が何やら…」 「私もです。でも歳三さんは新しいもの好きですから…あ。」 総司は無意識に口元に手を当てた。山野はその理由をすぐに察した。 「…へへ、聞きましたよ、先生」 「あー…油断した。山野君は聞き流してくれないんだからなぁ」 総司は土方と二人きりの時は『歳三さん』と呼んでいたが、隊士たちの前では 『土方さん』と呼び分けていた。それは公私混同を避けるためだけでなく、下の名前で 呼ぶことが総司にとって特別な響きがあったからだ。 「江戸に戻ったせいかなぁ。逆に試衛館にいた頃は『土方さん』なんて滅多に 呼ばなかったから」 「ふふ、先生、副長のために贈り物を買い求めているんですから、むしろその呼び方の 方が相応しいのでは?」 「…山野君、面白がってますよね?」 「へへ。せっかくなのでお聞かせください、先生は副長のどんなところを好まれて いるんですか?」 山野はなかなかない機会だと思い総司に尋ねる。屯所にいると土方の存在が気になって とても口にすることなどできない軽口だ。 しかし総司は「うーん」と深く真剣に考える。 「…そう言われてみるといくら顔が整っていても傍若無人で優しくないし、自分勝手で 気儘だし…面倒な人なんです」 「そ、そうですか?」 「でも…そうだなぁ、手が温かいんです」 「手?」 意外な答えに山野は首を傾げる。 「近藤先生の手はとても大きくて、何度も素振りを繰り返してきたごつごつして無骨な 手のひらなんですが、土方さんは…そんなに熱心に稽古する性分じゃないから細くて 長い指なんです。でも触れると温かくて包まれるようで安心できる…そんなふうに 思うのは歳三さんだけかもしれないですねぇ」 総司はその温かさを思い出すように手のひらを見つめた。『鬼』だとか『非情だ』と 思われがちの土方はその手もきっと冷たいと思われているだろうが、温かく柔らかな 感触が重なると彼の本質に触れているような気がするのだ。 総司はハッとして山野を見ると、彼は口もとが緩んでいることを隠しきれないようだった。 「…内緒ですよ」 「はい!」 山野がとびきり良い返事をしたのでさらに居心地が悪く、総司は「行きましょう」と 足を早めた。 河川沿いを歩いていると榎本が紹介してくれた店を見つけた。唐物屋という舶来品を 扱う店はたいてい目立つ看板を掲げているが。 「店というよりも…」 山野は率直な感想を口にしようとしたが噤む。店というよりも目立たない小屋で客を 惹くような看板はなく、榎本から詳しく聞いていなければ見過ごしてしまうような 静かな場所にあった。しかも店頭には見慣れた日用品が並び、そのどれもがくたびれて 客が喜ぶようなものではなく、とても舶来品が置いてあるような雰囲気はない。 「…本当にここでしょうか?」 山野が不審に思っていると、奥から店主らしき男が現れた。髪が伸び、髭を蓄えて いるため顔は良く見えなかったが総司よりも頭二つほど背が高く猫背で妙な迫力と 威圧感がある。山野は怯えて総司に「間違いでは?」と小声で耳打ちするが、 『店を訪ねるときっと中から怪しい男が出てくる。髭の若い男だ。その者にこの メモを渡せば良い品を見せてくれるはずだ』 榎本が事前に教えてくれたおかげで総司は確信を得てメモを見せる。そこには英語で 伝言が書かれているが、男はすぐに読み取ってまた店の奥へと消えていった。 「…異国人なのかもしれないな」 「きっとそうです…大丈夫でしょうか…」 「でも榎本先生が行きつけだとおっしゃっていましたから心配は無用でしょう」 怯える山野とは違い総司はさほど警戒はしていなかった。 するとさほど待つことなく、男は店の奥から大きな桐箱を持ってきて、無言のまま 店頭に出し始めた。お得意様用なのか明らかに日用品とは違う、見慣れない品物が 次々と並んでいく…ネックレスやブレスレット、指環には大きな宝石が嵌められて おり、ピカピカの手鏡、意匠を凝らした小瓶やガラス瓶に入った香水には嗅いだ ことのない匂いがする。さすがに榎本の紹介だけあって町中の唐物屋では見たことが ないような品ばかりだった。 最初は警戒していた山野だが、次々と並ぶ商品に目を輝かせた。 「すごいです、先生…金糸の刺繍なんて初めて見ました。ビードロの徳利なんて 透けるように美しいですね…!」 触れることさえ躊躇われる品を山野はうっとりと眺めるが、総司はどれもこれも ピンとこない。 「美しくて素晴らしいですが…全部、女人が喜ぶようなものばかりですねえ」 「そうですね。榎本先生が懇意の女性に贈っていらっしゃるのでしょうか」 総司の冴えない表情を見て店主の若い男は何かを察したのか、店の奥に戻って また桐の箱を持ってきた。今度は小さい。 「これは…?」 男は何も言わずに総司の前で箱を開けて見せたところ、その中には懐中時計があった。 黄金色に輝き、手のひらに収まる大きさの小さな時計が精密な部品によって正確に 動き続けている…総司はそれがいったい何のために必要でどうやって使うのかは わからなかったが、しばらく目を奪われた。 すると若い男が片言の言葉と身振り手振りで話し始めた。 「…これ、時計…海で使う…」 「時計?」 「時間…アフタ…うら…」 「うら…?」 彼の伸び切った髪の隙間から目が合った。つぶらな眼差しが懸命に何かを伝えようと してくれているのに気が付いて総司はそっと懐中時計を手に取って裏返してみた。 そこには何か文字が刻まれている。覗き込んだ山野は首を傾げた。 「…何と書いてあるのでしょう?」 「さあ…」 「Geluk te wensen」 「え?」 突然、男の口から聞こえたのは流暢な言葉だったが、当然二人には意味が分からない。 男は目を泳がせながら上手く伝わる言葉を探して 「幸運を…祈る」 と言った。総司は「ああ!」と彼が言いたいことがようやく理解できたことに喜んだ。 「そうか、この人は榎本先生の紹介で来たから私を海軍の一員だと思っているのかも しれない。航海の前に旅の幸運を祈る…この時計にはそれが刻まれているんだ」 「でも先生…揚げ足を取るようで恐縮ですがこの時計はこの国の時間なのでしょうか? よくわからない文字が刻まれて…実用性はあまりないのかもしれません」 山野は心配そうだったが、総司はもう心に決めていた。 「これが良い。これから先、土方さんは軍艦に乗ることだってあるだろうしきっと 使いこなしてくれるはずです。それに『幸運を祈る』なんて…私があの人に言いたい ことが刻んである。まるでお守りみたいに…こんなに相応しい贈り物はありません」 (歳三さんはもう私とは違う時間を刻んでいく) 土方は戦場を駆けずり回りこの懐中時計に刻まれた時間を足早に進んでいくが、総司は 違う。近いうちに土方の背中を追うことさえできずに、静かで毎日を持てあますような 時間を過ごすことになるだろう。 その現実を悲観するような気持ちはなかった。ただ土方には振り向かずに新撰組の為、 近藤の為に進み続けてほしい―――そんな『幸運』を祈りたい。 総司は喜んでこの懐中時計に決めて、男が提示した金額以上に金を渡した。不愛想だった 男は小さな笑みを見せて 「Geluk te wensen, Geluk te wensen」 と繰り返して去って行く総司たちを見送った。 総司は懐中時計の入った桐箱を大事に抱えて鍛冶橋の屯所へ向かう。 山野は赤らんだ総司の頬を眺めながら目を細めた。 |
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