拍手ありがとうございます!

本編最新話までお読みいただいた後に楽しんでいただけると幸いです。

また下部に書き込み欄がありますのでご感想などお気軽にお寄せいただけると嬉しいです。









花園で -りつの手帳1-





柴岡平五郎の妻、りつは臨月のお腹をさすりながら縁側に腰掛けていた。

春の庭は長い冬を越えた花が彩り、二人の娘が駆け回っている。

平凡のなかの平凡の暮らし―――しかし数日前、変化が訪れた。

屋敷の前で男が吐血したと見習いの弥兵衛が駆け込み、若い男が運び

込まれた。傍らには洋装姿の美丈夫の姿もあって、とにかく屋敷は

騒然とした。帰宅した夫の平五郎が彼らがかつて助けてもらった

御方だと気がついて恩返しできることを喜んでいたが、まさか療養の

ために身を預かってほしい…とまで話が進むとは思わなかった。

『新撰組?』

『ああ』

平五郎は一旦は引き受けたものの、『お前が嫌なら断ることもできる』

と相談しにきたのだ。

(もう…親切なのはいつものことだけれど)

りつは内心苦笑する。

夫の平五郎は仕事は厳しく真面目だが、顧客相手だと人当たり良く

接してしまい、無茶な依頼を引き受けたり集金が滞ってしまうことが

多々あるのだ。そして困っている人を見かけたら必ず手助けしてしまう…

そんな性分なので家族や見習いたちは振り回されていた。

『…そうは言っても旦那様、一旦引き受けたことを易々と白紙になど

 できませんでしょう。だって相手はあの新撰組…』

『ハハ、おりつが想像するような方々じゃないよ。こちらが拒めば

 引き下がってくださるはずだ』

平五郎は何故かそんなふうに確信している。りつは不思議だったが、

平五郎の人を見る目は確かなので妻としては疑う余地はない。

(確かに私の想像する『新撰組』とは少し違うわ…)

りつが黙り込むと、平五郎は怒っているのではないかと勘繰って慌てた。

『すまぬ、お前は身重で気掛かりが多いだろうに…勝手に引き受けてしまった。

 子供たちのことが心配なら断ろう』

『いえ、旦那様。お気遣いは無用にございます。私は気にしてはおりませんが…

 むしろあさとたねがご療養の邪魔になりませんでしょうか?』

『問題ない。沖田さんは子供好きで、たねはもうすっかり懐いていたよ』

『まあ』

子供嫌いな大人は子供好きなフリはできないし、悪意ある大人はすぐに

子供自身が見抜いてしまう。平五郎の言う通り悪い人々ではないのだろう。

『ではお引き受けいたしましょう』

『よ、よいのか?』

『ええ、これも何かのご縁。それに…』

『それに?』

『…なんでもありません』

―――そんな経緯で、客人は柴岡家の離れでひっそりと療養することになった。

新撰組は名が知られており敵も多いので近所の人に気づかれないように見習いや

女中に強く口止めし、訪ねてくる人は裏口から出入りするように約束し、さらに

幼名の『宗次郎』と呼ばせるほど慎重にした。

そうしてさらにもう一人、同居人が増えた。

(まあ、美しい美坊主ですこと…)

りつは見惚れた。

印象的な眼、高い鼻梁、紅を引いたような唇…誰もが羨むような美貌には少し

火傷が目立つがそれくらいのことで彼の品位を損なってはいない…まるで

棘のある薔薇のようだ。そんな彼が住み込みの医者だと言うので臨月のりつは

なお安堵したが、さらに彼の姉弟子が何度か逆子を診てもらっている

加也だったのでその縁に驚いた。

(まるでこうなる運命だったかのよう…)

「お母さま、お母さま」

足元に転がってきた鞠を姉のあさが拾い上げる。そしてもじもじとしながら

「宗次郎のところへ行ってもいい?」

と聞いてきた。あさは人見知りで恥ずかしがり屋だが妹のたねとともに

よく懐いていた。

「うーん…」

りつは縁側から離れの様子を伺った。しんと静まっているようなので

寝込んでいるのだろう。

「英先生に聞いてからにしましょう」

「でも、宗次郎はずっと寝ているよ」

大人では憚られることをたねが無邪気に尋ねた。

二人には総司が重い病に侵されていることを話しているがすぐに理解できる

年齢でもなく、総司が昼夜問わず食事も取らずに眠っていることを

不思議がっていた。

「…宗次郎さんは寝ることがお仕事なの。母さまのお腹にいる赤ちゃんと同じ」

りつは二人の手を取って膨らんだ腹に当てさせた。二人とも赤子の誕生を

 心待ちにしている…今か今かと生まれようとする命、そしてまだまだと

長らえようとする命…二つの命がこの庭でつながっている。

「本当に不思議…」

りつが呟いた時、離れの方からコンコンと咳が聞こえて、ゆっくりと障子が

開いた。長く眠った総司は縁側に出て裏口の方を眺めたあと、空を見上げながら

少しだけ背伸びをした。

「宗次郎!」

たねが呼んだせいでこちらに気が付いて、総司はりつに会釈をしながら二人に

手を振った。それは「遊ぼう」という合図…二人は遠慮なく駆け出していき、

りつはその様子を目を細めて見送った。

(今日は待ち人はいらっしゃらないのかしら…)

総司は長い眠りから目を覚ますと、たいてい縁側に出て裏口を見る。もしかしたら

彼は誰かに呼ばれたような気がして目を覚ましているのかもしれない。

その眼差しには人恋しい彼の気持ちが溢れているようだ。

(あさとたねがその慰めになれば良いのだけれど)

りつはぽこぽこと腹を蹴られた。逆子の赤子は無事に生まれるかわからないけれど、

子は元気に動き回り『一緒に遊びたい』と言っているような気がした。

風が吹いた。

残り少なくなった梅の花を散らし、今度は主役だと言わんばかりに桜の花が

咲き誇るだろう。けれど今年ばかりはずっと梅の花が咲いていればいいのにと思う。

(そうすれば思い人は毎日来てくださるかしら)

あの離れから、二人並んで梅の花を見ている姿には何とも言えぬ慈しみと優しさに

溢れていたのだから―――。














メッセージはこちらに♪名前未記入可です。拍手横の【re】にてお返事いたします。
お名前
メッセージ
あと1000文字。お名前は未記入可。