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拍手ありがとうございます! 皆様の温かいお気持ちが糧となっております! こちらは「宿鴉は眠らない」最新話となり、番外編ページに前話までが掲載しておりますので、 そちらと、本編最新話までお読みいただいた後に楽しんでいただけると幸いです。 また下部に書き込み欄がありますのでご感想などお気軽にお寄せいただけると嬉しいです。 宿鴉は眠らない【4】 胖之介は松川の顔を見て驚いていたが、すぐに俺に視線を変えて睨みつけた。 「大野先生!この不届者は?!」 胖之介は松川の教え子だそうなので当然すぐに俺に敵意を向けた。今にも 鞘から刀を抜きそうだ。 俺は松川に視線を送る―――全て正義感の強い胖之介を誘き寄せるための 芝居だったのだと種明かしするはずが。 「知らぬ者です」 松川はあっさり手のひらを返すように返答した。 (どういうつもりだ) ここには胖之介だけでなく、数人の彰義隊の隊士が集まっているのだ…誤解 されれば面倒なことになる。 「待て、俺は…」 「問答無用!」 胖之介は直情的なのかすぐに刀を抜き、真っ直ぐに向かってくる。俺は下手に 応戦すれば騒ぎになると考え、腰から鞘を引き抜いてそのまま持って防いだ。 胖之介はあっさりと体勢を崩したので背中を鞘で叩きつけて地面に抑えつける。 彼の刀を叩き落とし腕をひねり上げればもう身動きは取れない。 「ぐっ…うぅ」 「話を聞け。俺は松川殿の知人だ」 「…ほ、本当ですか、先生…」 地面に押さえつけられている胖之介の元へようやく松川がやってきた。教え子の 不甲斐ない姿にやれやれとわざとらしくため息をつく。 「その猪突猛進なところは相変わらずですね、胖之介さん。たとえ不審な者でも 相手がどれほどの技量を持っているかちゃんと見定めてから動かねばならぬと いつも言うておるのに。…すまない、山口君、放してやってくれるか?」 …俺としては胖之介ではなく松川へ不満があったのだが、どうやら教え子の技量を 図るために利用されたらしい。仕方なく俺は力を抜き、松川が彰義隊の他の隊士や 野次馬たちを「我らは身内だ」と追い払ってようやく静かになった。 胖之介はその場に正座した。昨日遠目に見た時には気品のようなものを感じたが、 間近で見るとまだまだあどけない…まるで悪戯をした子供が先生の前でしおらしく なっているようにしか見えなかった。 「先生、自分は…」 「藩邸を抜け出して彰義隊に加わったそうですが?」 「…はい」 「何故そのような真似を。藩では若君が十人ほどを連れていなくなったと 大騒ぎだと耳にしたが」 「…」 松川は胖之介は利発だと語っていた。おそらく自分がどのような立場で、どういう 行動をとったらどんな騒ぎになるのか…ちゃんとわかっていたはずだ。松川に 問い詰められて黙り込んだが、その眼差しは強く松川を見据えていた。 「…確かに皆には迷惑をかけたかもしれません。ですが、先生にそれを言われるのは 心外です。義兄上は一体どこへおられるのです?!」 「…」 今度は松川の方が黙った。 同志を連れて彰義隊へ入隊した胖之介と、側近を連れて会津へ身を隠した壱岐守… 客観的に見れば大差はない。 胖之介は溜め込んだ不満を晴らすように続ける。 「そもそも唐津はずっと佐幕派であったはずです。特に義兄上は老中を務め 二度目の長州への戦は小倉口の総督として戦った…それなのに国元の大殿様は 新政府軍に付くことを早々に決定し皆に帰国命令が出ました。自分は到底 納得できません!ですから自分は思いを同じくする者たちとともに高輪の藩邸を 出て、今は唐津のいち男として彰義隊の一員として徳川のご恩に報いているのです。 義兄上とともに逃げるように姿を消してしまった先生に責められる謂れはありません!」 新政府軍に与することに反発した胖之介は年相応の熱を帯びている。彼のように 義侠心から彰義隊に入隊した者は多いのだろう…俺は黙って成り行きを見守っていた。 松川はため息をついた。 「どうやら胖之介さんは、大殿様と若殿様のお考えをお分かりではないようだ」 「大殿様と…義兄上の?」 「…我が藩は佐幕の機運が高いものの、周囲の国々は徳川を見限り次々と新政府軍に 味方してしまい孤立している。大殿様は領地と領民を守るために上京を願い出たが、 かわりに新政府軍には若殿様の切腹もしくは蟄居を求めたそうだ」 「…!」 松川が語る若殿様とは彼の主君である壱岐守だ。壱岐守は藩主ではなく唐津藩の 世嗣の立場であったが英才として取り立てられ、家茂公や慶喜公のもとで老中を 何度も務め長州征討にも関わった。そして大殿様とは唐津藩五代目藩主・小笠原 長国のことだ。唐津藩主は代々短命の藩主が続き、長国自身も養子藩主で壱岐守 とは親子関係ではない。 (養子の立場で懸命に領地を守る『大殿』と幕政に関わり主導する立場にある 『若殿』か…) 俺は安易に二人の間の考えが相違したのだろうと思った。そして強気だった胖之介も 同じことを察したのか顔色が変わった…尊敬する義兄に危機が迫っていたのだ。 「まさか大殿様が義兄上に切腹を…?!」 松川は首を横に振った。 「違います。そんなことを申し付けられれば若殿派の藩士が黙ってはおりません。 …大殿様は若殿とともに熟考され、養子縁組を解消して蟄居することで朝廷から 許しを得たのです」 「そ、そうでしたか。では…義兄上は国へお帰りに?」 「…若殿様は会津へいらっしゃいます」 「会津…?」 その意味は若い胖之介にもすぐにわかっただろう―――命令に背き蟄居せずに戦 う道を選んだ。松川はそれに従い、会津へ入ったのだ。高輪の藩邸で門前払いを 食らうのは当然と言えば当然だろう。 しかし胖之介は困惑した。 「つまり…義兄上は蟄居の約束を破り、大殿様を裏切られたということですか…?」 「大殿様は絶縁すると酷くお怒りになられ、若殿様との養子関係を断ち新政府に 降伏することを決定されました」 「…」 胖之介の表情は松川の言葉一つ一つで目まぐるしく変わる。胖之介がどれほど 把握しているのかはわからないが、唐津藩はまさに二分されている状況なのだ。 俯く胖之介のもとに松川はゆっくりと近づいて片膝を折った。そして今度は 優しげで穏やかな表情を浮かべた。 「…胖之介さん、先ほども申し上げたはずです。表面的なことに囚われずもっと 深いところまで考えるべしと」 「先生…?」 「大殿様と若殿様のご関係は大変良好でした。大殿様は若殿様が成長されるまで 藩財政の再建に尽力され、若殿様が先の大樹公に取り立てられた際にも派閥対立が 起きぬようにと若殿様を嗣養子にされた。お二人は互いを気遣いながらこの数年の 難局を乗り越えられてきたのです…そのご関係は今では変わりませぬ」 「…もしや」 「大殿様に新政府軍への降伏を促されたのは若殿様ご自身です」 胖之介の眼差しに光が戻る。 俺は無関心を装いつつ聞き耳をたてながら(なるほど)と思った。 壱岐守の立場では今更、新政府軍に首を垂れることはできない。しかし新政府軍に 囲まれている唐津藩はこのままでは討伐され朝敵の汚名を被ることとなってしまう。 そのために表面的には大殿が若殿を絶縁して壱岐守を切り離すことで互いを守ろうと したのだ。 「大殿様とて新政府軍に喜んで首を垂れるわけではありません。その無念や悔恨を 若殿様に託されたのです…若殿様は今会津に身を潜めて時機を見計らっています。 決して恐れ戦き身を隠しているわけではありません」 「…っ」 松川は胖之介の両肩を強く掴んだ。 「胖之介さん、彰義隊のように一時の熱に侵されてはなりません。…国へ帰り新しい 政府を生き延びるのか、それとも若殿様とともに抗い戦い続けるのか…若殿様は 胖之介さんを大変気にかけておられます。だからこそこの先は半端な覚悟では 許されません…若殿様から『己で見定めよ』との御伝言です」 「…義兄上が…」 俺はわざわざ松川が会津から江戸へ戻ってきた意味を理解した。このような『伝言』は きっと文では伝わらない。 (己で見定める…か) 俺は自分の意思で会津から江戸へ戻った。誰かの命令に従うことに慣れ切っていた 俺が『誰かの為』ではなく『自分の為』に行動するのは珍しいことだったかもしれない。 (そうだ…俺も自分で見定めたいから戻って来たんだ) この先、どうなっていくのか。 どうやって戦い続けるのか。 遠い会津から待ちわびるのではなく、自分の足で目で耳で確かめて、言葉にしたいと 思ったから戻って来た―――。 俺は話し込む松川と胖之介からそっと離れてその場を立ち去った。もう俺の役目は 終わりだろうし、きっと二人にはどこかで会うことになるだろう。 (『大野先生』か…) 松川の本当の名は『大野』というらしいが、彼の方は俺の本当の名前を知ることは できなかった。 「ふっ…」 俺は松川を出し抜けたことがなんだか可笑しくて小さく噴き出してしまった。 (お節介が過ぎた) しかしこのお節介と言うものは悪いものではない。そんなことを教えてくれた彼に 早く会いに行かなくてはならない―――それが俺が会津から戻った理由なのだから。 俺は短くなった髪が江戸の風で軽く揺れるのを感じた。 ■宿鴉は眠らない■ 最後までありがとうございました。 斉藤が会津から江戸へ戻った道中でのちょっとしたお話…ちょっと徒花の ニュアンスとは離れちゃいましたが、新鮮な気持ちで書けました。 タイトルの「宿鴉は眠らない」…おしゃれな感じのタイトル(?)ですが、 結局は忙しい斉藤のお話ですよ、くらいの意味合いでした(笑) 私としては総司と再会した時の斉藤側の視点が書きたかっただけなんですが、 なんだか遠回りなお話になっちゃいましたね…。 詳しい方はすでにお気づきかと思いますが、胖之介はのちの三好胖(みよしゆたか)、 松川は大野右仲の変名です。つまりのちに二人とも新撰組隊士となるわけです。 そこまで書くかどうかは置いておいて、「こんな出会いがあったら おもしろいな~」くらいで楽しんでいただけたなら嬉しく思います。 これからも本編ともどもサイドストーリーを書いていければなぁと思っています。 是非お付き合いくださいませ。 *唐津藩について大殿様(小笠原長国)と若殿様(小笠原長行)は実際には 絶縁状態となり、若殿様が新政府軍に反抗したため唐津藩は窮地に追い込まれる ことになるそうですが、その後は新政府軍に参戦しています。 |
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