ゆでたまごまごごはん



冷蔵庫の中にあるもの。野菜ジュースのパックとねりわさびとケチャップとマーマレードと、たまご。それが、古泉の家にある食料品のすべてだった。勿論米櫃なんかあるはずもなく、雑誌の山をかき分けたところにあった炊飯器は埃の吹き溜まりと一体化していた。かと思えばパンもなく、「この部屋は結構湿気がたまりやすいので、すぐに黴びるんですよ」との理由で購入を控えているらしい。じゃあほかになにを食べているかと言えば、うどんに蕎麦にスパゲッティ、でもなくて。そんなもんを茹でる手間がかかる位ならいっそ食べない方がいいらしい。いったい今まで何を食べて生活していたんだ、なあ、古泉一樹。
「コンビニのホットスナックとか、お菓子とかですかね」
それは断じて主食ではない。間食だ。間食であるべき食べ物だ。
ため息しかでない。無駄に新しい冷蔵庫は長時間開けっ放しにしておくとセンサーが働き電子音が流れだす仕組みらしく、ちろちろと古泉と同じような悪筆の音楽家によって作曲されたらしい小曲が何処からか流れてきたのでとりあえず扉を閉めた。冷蔵庫の扉にぺたぺたと貼り付けられたゴミ出しの曜日表だとか、三者面談のお知らせだとかのプリントがひらひらとはためく。これ、もしかしてこいつは冷蔵庫の役目を、ただの掲示板か何かと勘違いしてるんじゃないのか。ちゃんと扉を開けて利用してやれ、さもないとうちの十五年物の冷蔵庫ともどもこいつが泣くぞ。
「利用してますよ」
古泉は心外だとばかりに鼻を鳴らす。
「どの辺だ」
「たまごです」
きょとん、とした表情で古泉は、ああ閉めたばかりだというのに、冷蔵庫を開けた。扉側のポケットからひとつ、たまごを取り出して閉める。ばふん、と冷気に直撃されて少しばかり寒かった。いやなんだ、なんだと。
「たまごだな」
「はい」
主食、というとこれになりますかね、と古泉はおもむろに冷蔵庫の角にたまごをぶつけて、
たまごは、割れなかった。
ゆでたまごだった。
そこに入っていたのは、すべてゆでたまごであったのだ。
偏食、ここに極まれり。というか程があるだろう。
これでそれだけの顔を保っているのだというから、もはや詐欺でしかない気がする。
「いやあまさに卵肌という奴ですかね」
「突っ込みはいれんからな!」
むしろ全国の肌に悩める女性陣に謝るがいい古泉一樹。そしてそのゆでたまごをどうするつもりだ古泉一樹。
「あなたと一緒に食べようかと思って」
「まさか夕飯とか言わないよな」
「今日はあなたが来るということで、今朝、スーパーに走ってヨード卵のゆでたまごを、作ったんですけれど……」
「知らん!」
そういうところだけ何故マメか。
これからの長い付き合いの中で、どうにも矯正してやる必要性がありそうな食生活に、俺は何度目か、溜息をつくしかなかった。



・たまごが大好きな古泉一樹。
・某たまごアンソロジー様に提出しようとして、ボツにしたものでした。



ありがとうございました!



ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。