▼ ファインダー


煙るような熱気が肺の奥まで埋め尽くしてうまく息ができない。こりゃたまんねぇな、と襟ぐりを引き伸ばしてぱたぱたと風を通す先輩記者の隣で、黒子は淡々とシャッターを切っていた。その実、そうとは言いがたいほどの熱を湛えた瞳でじっと、ただまっすぐ前を見つめる。
四角の中のたった一人の被写体、今日も彼は独りで戦っていた。


高校生の取材に行ってみないか、と声を掛けられ、黒子は高校野球ですか? と答える。毎年この時期、全国高校野球選手権大会という日本を挙げた一大イベントに向けた熱戦が各地で繰り広げられているため、人手がまるで足りていなかった。黒子も過去に何度か、先輩のヘルプについて関東地区を回ったことがある。
しかし、デスクから示されたのは一冊の雑誌、自社が発行している先月号だった。もちろん黒子も目を通しているものだが、表紙を飾るのは高校球児ではない。

「彼、青峰大輝っていうんだ」

ユニフォームとそのボールで競技を察する以前に知っていた。業界では有名すぎるほどに有名なバスケ選手だ。まだ高校生にも関わらず、その注目度はプロにも引けをとらない。しかし、日本においてのバスケットボールという競技の知名度が野球やサッカーに比べるとまだまだということもあって、メディアで大きく報道される機会は少なかった。

「うちで4回に渡って特集を組むことになった」
「4回……季刊連載ですか?」
「そう、1年みっちり追うんだ」

そう言って事前取材を担当している記者を呼ぶ。黒子の4年先輩で、入社して以来あちこちの取材で組むこともままある。しかし、黒子が普段担当しているのがプロの選手ばかりということもあって、高校生を1年にも渡って撮り続けるというのはこれが初めてのことだった。

「密着取材に正式に彼の学校からも許可が降りたことだし、ベースの情報は共有してもらって、それで黒子が写真を、」
「よろしく頼むな」
「はい、」
「早速スケジュールなんだけど、」

デスクや先輩の指示を受ける傍ら、黒子は表紙の彼をぼんやり見つめていた。
高校生とは思えないほど引き締まった体に精悍な顔つき、鋭い目つきはなにか光さえ帯び、青い閃光でも放っているように見える。しかし眼差しはどこかさみしそうな影が降り、脳裏に孤独という言葉が浮かんだ。
「孤高の王の絶対勝利宣言」
彼の隣で仰々しいほどセンセーショナルな煽りが踊る。その言葉との融和と対比にふと、彼がまだたった16歳の少年であることを伺わせた。

スケジュールを渡され、自分のデスクに戻ってもまだ先の表紙を見つめる。やらなければならないことはそれだけじゃない。あれもこれもと膨大だ。それなのになぜかなにも手につかなくなった。こんなことは初めてだ。
仕方ない、と彼の取材に繰り出す下準備に与えられたデータをぱらぱらと追いながらも、吸い寄せられるようにして何度もその写真に向かい合う。

「自信作、それ」
「先輩」
「いいだろ、野生の動物でも撮ってるみたいだった」

青峰がドリブルでカットインするシーンを撮った先輩カメラマンが黒子の隣にやってきて笑った。黒子にカメラマンとしてのノウハウを叩き込んでくれた彼は、表紙の青峰の額をとんとん、と叩き、多分、と呟く。

「物足りないんだろうな」
「物足りない?」
「そう、だから孤高なんだ」


どよめく歓声は、確約された勝利への歓喜だ。
パスはない。ひとり切り込む青峰に誰もついていけない。2人、3人とかわし、そのまま伸び上がる彼の体は中空でしなやかに反り返る。長い腕。筋肉の隆起が芸術彫刻のようで、黒子はシャッターを切りながら、息を止めた。
叩きつけられるボールは、バックボードを激しく揺らす。これで41点差、残り時間は2分に満たない。青峰はコートを振り返ることなく、静かにベンチへと歩いていく。すぐに交替の選手が出て、背番号5のユニフォームはタオルによって隠された。

さみしい、くるしい。

耳に飛び込んでくる声援や拍手の合間をすり抜けて、鼓膜をじん、と震わせる。一度も話したことのない彼がそう叫んでいるような気がして、黒子の喉は詰まる想いだった。


(青黒/高校生×カメラマン)



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