▼ 夏の呪い
湿度がぐっと上がった午後1時、日差しの強さもまた刻一刻と増していく。
実際目には見えないけれど、そこらにできた不揃いな水溜りからも立ち上る生温い水蒸気を肌で感じた。揺れる蜃気楼、案外遠い世界の話ではないらしい。
今にもとろけてしまいそうなコンクリートをぐっと踏みしめる。そんなはずはないと分かっているのに、足下がずぶずぶと沈んでいく気がした。息さえ吸い込みにくいような重たい熱気、あちこちからじりじりと焦がされていく。
青峰は構わずもう一歩を踏み出し、空の端まで千切れ去った雲をぼんやり眺める後ろ姿に近づく。不躾な風が吹いたかと思うと大きな目がきょろん、とこちらを向いた。白い頬が赤く滲み、舐めるようにして汗が滑る。完熟かよ、そう思った。
「嘘みたいですね」
「なにが」
「晴れてます」
「やったじゃん」
「ふふっ、」
なにが嘘だよ、と言いながら、でも言わんとしていることは十二分に伝わった。昨夜はそれこそ一晩中眠れないほどの轟音と地響きを伴い、雷鳴が東京の街を深いところから揺るがせたのだ。青峰の家からさほど離れていないところにも派手に落ちたらしく、空どころか地球がぱっかり割れてしまうような振動とカーテン越しに紫色の閃光も見えた。
そんないつもと違った時間がそうさせたのか、珍しく黒子が寝落ちする直前まで続けたやりとりが携帯の中でこっぱずかしく残っている。妙にテンションも上がり、それでいて這うような眠気が襲いくる鈍った思考回路では随分大胆なことを口にするらしい。言葉だったらまだよかった。文字にしたから残っている。でも言葉だったら口には出来なかったんだろうな、とも思う。あっという間に記録となる文字を躊躇うことなく送ってしまった親指を、ほんの少しばかり呪った。
「テツ、汗すげぇから拭けよ」
「もうタオルの予備がないので」
「ばか」
「一生懸命練習してきたんですよ」
「知ってるわ、」
バッグから取り出した自分のそれを白い首に巻きつけるようにすると、暑いですよ、とするり、と引き抜き、黒子は笑った。ありがとうございます、囁く声がまた熱風にさらわれる。汗に濡れた髪がいくつか束になってうなじに貼りつけられていた。水色がいつもより濃い。この空のように、夏の海のように、青峰を深いところまで引きずり込む。
「あおみ、」
「……、」
かさかさに渇いた唇が糊付けされたようにくっついて引っ張られる。間を舐めるように舌を這わせると、どん、と胸を拳が叩いた。その手を掴む。リストバンドも濡れていた。もう一度、食むようにして口づけると、黒子もまた青峰の下唇を噛み返す。足りない唾液、熱い息、青峰のこめかみから流れた汗が顎を伝い、黒子の鎖骨に落ちて流れた。
「……っ」
「……なぁ、テツ」
「……なんですか」
「バスケやめてうちこいよ」
「……さっき、晴れてよかったって言ったばっかりじゃないですか」
「さっきはさっきだろ、」
真下を見つめながら屁理屈を言う。その頬をぱし、と叩くように触れた黒子は左の親指をいやらしく這わせ、また伝っていく汗を拭った。
「顔赤いですよ、大丈夫ですか?」
「テツのせいだろ、」
「夏のせいにしてくださいよ」
心臓がどきどきとする。熱中症かな、と呟く声に、僕もですね、と応えながら木陰になったベンチからバッグを取り上げる。一度もドリブルされることのなかったボールをまた仕舞いこんで、歪んだコートをふたり並んで出て行った。
追い立てるような蝉の声、巻き上げる小さな砂嵐、夏の呪いを甘んじて食い尽くすのだ。
(青黒)
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