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チアサ









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やっと決済の終わった書類を尻目に軍服の上着に袖を通し、窓の外に目をやるとそこには暗闇に浮かぶ月。部下達もとうに帰宅済みで、自分もさっさと帰ろう、と小さく息をついた瞬間、この静かな夜に似合わぬけたたましい電話のベルが鳴った。こんな時間に何事だ、と一瞬躊躇したものの、日頃電話に出てくれる副官も当然そこにはおらず、面倒な事は勘弁してくれよと眉間に皺を寄せながら受話器を取った。









「・・・・・・・・・俺。」







奇妙な沈黙の後に続いた拗ねたような声に、ロイは思わず受話器を取り落としそうになった。



















君の声



















「―――そうか。今度は南へ向かうのだな」







窓の外の闇夜に浮かぶ月を背にして、恋人の話を聞いた男は受話器の向こう側に向けて小さく笑んだ。







「・・・ん。アルが見つけてきた文献に、南部のちっさい村に関する記述があってさ。・・・期待出来るか分かんねぇけど、行くだけ行ってみる」







相変わらず低い声でぼそぼそ喋る少女は恐らく照れているのだろう。素直でない恋人の様子にロイはますます口元が緩むのを感じる。







「そうか・・・南というとやはりこれから暑くなるからな。あまり無茶をするなよ。ただでさえすぐカッとなりやすい君のことだ、南部で暴れたりしたら体中の血が沸騰してしまうんじゃないか?」



「なっ、んなわけねーだろばーか!!」







少し軽口を叩いてやればいつもの彼女に戻る。元気か、怪我はないか、と聞いたところで、仮に具合が悪くても決してそうは答えないこの少女の状態を知るには、これが一番。









――よかった、元気そうだ。









「いや、何にしろ君の方から電話をしてきてくれて助かった。ここを出て以来2ヶ月音沙汰なしで、中尉も心配していたしな」







“昼間にかけてきてくれれば、彼女も君の声を聞けたろうに”と言おうとしてやめた。余計なことを言って、この滅多にない少女からの電話が更に希少になることを恐れたからだ。







「わ、分ーかったよ!悪かったよ、連絡しないで・・・」



「・・・いつでもいい。一度でいいから、今度は南部から連絡をくれ。それまでに私の方も、君にこの前頼まれた文献を整理出来るはずだから」



「・・・ん。」







もう少し恋人の声を聞いていたいが、今夜はこのあたりで切り上げた方が良さそうだと、相変わらず拗ねたような彼女の声を聞いてロイはそう判断する。大方アルフォンスに無理やり電話をさせられたのだろう。恋仲になってまだ数ヶ月しか経っていない少女は、なかなか扱いが難しい。







「・・・ではもう遅いからそろそろ寝なさい。おやすみエドワード、すきだよ」



「っっ!!!」







受話器を通してでも分かる、彼女が飛び上がった気配にロイの胸中は甘くなった。今頃真っ赤になっているだろう彼女の顔を思い浮かべるだけで、鳴りをひそめていた悪戯心が目を覚ます。







「あ、んたなぁ、何でそゆことをそう、お、臆面もなく・・・!」



「どうした? 私は何か変なことを言ったかな?」



「へ、変なって・・・別に、変じゃ、ないけど・・・」



「・・・・・・君は、言ってくれないのかい?」



「え、えぇええ!??」







ますます混乱の極みに達しているのが手に取るように分かる。それなりに“大人の恋愛”というものも経験してきたロイにとっては“すきだ”の一言でこうもくるくると反応してくれるエドワードはとても新鮮であり、可愛くてしょうがない。







「・・・・・・だ、だって・・・」



「言ってくれないのかな?」



「・・・・・・・・・」



「そうか・・・エドは言ってくれないのか・・・電話をくれないのも、私のことを忘れてしまったのではないかと心配していたのだがね・・・」



「・・・・・・・・・っ・・・」







端からロイは、純粋すぎるエドワードがそんなことを言ってくれるなどとは期待していない。実際に会える時間は少ないとはいえ、自分はこの子が旅をしていようが何だろうが手放すつもりなどないのだから、そう考えれば時間はいくらでもあるのだ。そのうちに慣れてくれればいい。いじめるのはこれぐらいにしておこうか、とロイは小さく息をつく。



この電話を切ればまたいつ少女の声を聞けるか分からない。彼女がどう思っているかは知らないが、自分は彼女が、恋しい。









―――切りたく、ないな。









「まあいい。今度会ったときに聞かせてくれたまえよ。さあ、また例によって傍受を避けるために外からかけているのだろう。春とはいえ夜はまだ冷える」







自分の胸に浮かんできた小さな葛藤を押し込めてそう言った。わがままを言っても仕方がない。







「早く部屋へ戻りなさい。おやすみ、」







エドワード、と言おうとしたそのとき、















「っ、すき・・・っ!」















大層切羽詰った声が、ロイの動きを止めた。







「・・・エ、ド?」



「俺、も、ちゃんと大佐のこと・・・すっ、すき、だから・・・大佐のこと、忘れてなんか、ない、から・・・だから・・・」







と、その後の言葉が続かなくてまごまごしているエドワードの様子に、ロイは思わず力が抜けて笑ってしまう。











「・・・・・・ははっ、明日からまた仕事を頑張れそうだよ」









「っ・・・・・・、な、に言ってんだ、普段から頑張れよそのぐらい!だから無能だなんて言われんだぞ無能大佐」



「何を言うか、私は無能などではないぞ。ただ他人と時間の使い方が違うだけだ!」



「それで毎回仕事がぎりっぎりになってっから中尉に怒られることになるんだろが!」







ははは、と誤魔化し半分で笑った後、ロイは静かに口を開く。







「可愛い告白をありがとう。嬉しかったよ。では、今度こそ本当に、おやすみエドワード」



「・・・じゃあ。」







また最後は無愛想に戻ってしまった少女に小さく苦笑しながら、ロイは受話器を置いた。窓の方に向き直って月を見上げながら、彼女の蜂蜜色の金髪を思い出す。







「“すきだ”の一言に惑わされているのは、私も同じか・・・」







南になど行かずに東部に戻って来いとでも言えば良かったかと思案しながら、ロイは荷物をまとめ、帰路についた。













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