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[お礼SS] 泣かない

 何度夢に見ただろう。母が大切にしていた花に溢れていた中庭を。
 何度願っただろう、あの庭にもう一度帰りたいと。

 ルーナはせっかくぬくもっていた布団から起き上がると凍えそうな夜の空気の中へ歩き出した。
 夜着のままだというのに平気そうなのは魔力による見えない炎のヴェールのせいである。
 徘徊する魔物も稀代の魔法使いの彼女を屠るのは容易にはいかないだろう。
 だがたったひとりで夜のフィールドに彷徨い出るのは危険なことには違いない。もしも逆にサトリやロランがそんな行動をしたらルーナはこっぴどく叱るはずだ。
 轟々と雪混じりの風が吹き付け彼女の美しい金の髪を乱す。白い夜着がはためく。
 もしも誰かがいまの彼女を見たら雪の精か幽霊だと思うかもしれない。

 なぜこんなところに一人で来ているんだろう。危険なだけで、なんにもなりはしないのに。
 だけど温かく守られているあの場所では泣けない。
 弱音を吐いたらきっと親身に聞いてくれて、泣いたら慰めて心配してくれるだろう、優しい二人の王子。
 自分がいつも二人に見守られているのを感じる。彼らの存在はとてもとても大切で、心の支えだった。
 わかっている。
 これは強がりで、素直に甘えて頼った方がいいんだろう。
 わかっているけど。

 ルーナはなにかを振り払うように腕を高く空へのばした。重く雲が垂れ込め、星さえも見えない空。
 
 願いは叶える。
 絶対に。
 そしてあの美しいムーンブルクを取り戻す。

 泣く代わりにもっと強い意志で自分を奮い立たせる。彼女の纏う魔力が一瞬輝くように燃え立つ。
 雪混じりの風は止むことなく、激しく吹きすさんでいる。
 ルーナのルビーの瞳に冷たい粉雪が入っては溶けていく。

 それが涙の代わり。


甘えたくない、ルーナちゃん。たぶん王子二人と同じところを歩きたいから。

2016.06.10



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