指の背で触れた。
少しかさついた柔らかなそれは、まるで乞うようにして薄く開いて。
俺を誘い込むようにしか見えなくて、くらくらする。
仄暗い赤だ。
―― temperature of lip ――
閉じた瞼に思う。
いつもこうならいいのにと。
臨也が、静雄より早く目覚めることなど、頻度は逆よりもはるかに多い。
それは行為でかかる立場的負担の違いか。
今も隣では淡い色の睫毛を震わせて、静雄は意識を現に保ってはいなかった。
その横顔を見る、夜の月明かり。
差し込んだ光は、眩しいというには暗く、だが、彼の目も、鼻も、額も、全てをいやにはっきりと浮かび上がらせていた。
陶磁器の如き滑らかな白皙の肌。
瞼を閉じていると、人形じみて整った顔が浮き彫りになるから、臨也は実はこの横顔が好きではなかった。
どうせなら眉根を寄せて、こちらを睨みつけて、ギラギラした視線で、射抜いてくれている方がいい。
吐く息全部が悪態でも、一向に構わない。
心底そう思うのに、だが、その横顔から目を離せないでいる。
微かでそよぐような息が、薄く開いた唇から漏れて、ふと、それに触れてみたくなった。
仄赤い唇に、ではない、彼から吐き出される空気に溶けそうな吐息に、だ。
だから、手をかざす。
指に触れる微かな気配。
臨也は知らず笑みを漏らして、すくりと身を起こして上に乗り上げた。
覆いかぶさるようにして見下ろせば、いまだ目覚めない薄い頬。
息をするのと同じように睫毛が震えて、瞼も同じように微かに揺れた。
指の背で触れる。
少しかさついた唇は、だけど柔らかく温かい。
いっそ熱いほどだ。
常日頃から、彼の方が少しだけが体温が高いから、こんな唇の先だとかは、余計に熱く感じるのかもしれないと、どうでもいいようなことを思いながら、誘う官能のように薄く開く唇に、くらくらした。
思わず、ゆっくりと顔を下ろすのだけれど、寸前でやめる。
軽く息を吐いて、さっきまでと同じように横へ身を倒した。
月が揺れて、影が淡い。
また、流れゆく微かな光。
遮光の意味をほとんど成さない薄い生地のカーテンは、覗くほどの隙間を見せて。
其処から真っ直ぐと差し込む光が、静雄の頬を滑って落ちた。
美しいと。
きっと誰もが思う光景だったろうけれど。
臨也は、ただ苦く笑うことしか出来ない。
今一度指の背で、彼の唇へと触れた。
柔らかで、少しかさかさしていて、熱い。
熱い、熱い唇だ。
その口腔が、もっと更に燃えるようであることを、臨也は疾うに知っていたけれど。
否、自分以外は知らないはずで、そうでなければいけないとも思う。
そうして、その熱い唇へ触れた指の背で、自らの唇へ口吻ける。
臨也の指越しのキスだ。
そんな曖昧さが、何故だかどうしようもなくたまらなくなって。
月が、揺れている。
淡い影。
白皙の頬は穏やかで、目を覚ます気配もない。
「月明かりの中ってのも。・・・・・・まぁ、悪くはないよね」
小さく呟いた。
微かな声で、きっとこんな音では、静雄は起きないと思って、ただ、それでいいと思う、意識のない彼は何処かしら日常と違って、それが途方もなく歯痒く思うのに、そうでなければ許せないとも感じるのだ。
息を吐いた。
夜の空気を、阻害しない息。
今しがた彼の唇へと。
触れた指の背が口吻けた合間を漏れた息だった。
「ねぇ・・・・・・シズちゃん?」
小さく問いかけてゆるりと笑んで、臨也は意識を遊ばせた。
まだ夜明けは遠く。
確かではない世界で、微睡むのも悪くはない時間だったので。
ゆるりと揺蕩う自我。
それは。
あたかも指の背が触れた、唇の世界のようで。
きっと、臨也だけの心だったのだろう、夜の中で。
溶けるように。
Fine.
>>シズちゃんが・・・なんだか空気ですみません・・orz
(2010. 3.24up)
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