私の父は私を見なかった。 彼は呪力のない私を存在として認める事が出来なかったのだ。 表向きは盤星教という胡散臭い新興宗教の教祖として君臨している、 夏油傑という男が私の父だった。 物心がついた頃には既に彼は私の存在を認めておらず、 あの酷く冷たい恐ろしい眼差しで一瞥をくれるだけだった。 母親は彼の寵愛を受けており、 彼女に向ける慈愛に満ちた眼差しをいかほど求めただろう。 父は母を愛しており、彼女との間に出来た私の事は愛していなかった。 唯一の救いは彼女————— 所謂私の実母は私の事を愛していたという事だ。 彼女は呪力があろうがなかろうが関係なしに、 愛する夏油傑との間に出来た私という存在を何よりも愛していた。 夏油傑本人よりも、かも知れない。 その事が又、彼をより一層冷酷にさせる。 後々知ったのだけれど、呪力がないと分かった時点。 要は生まれてすぐの段階だ。 その段階で彼は私を殺そうとしたらしい。 彼にとって呪力のない人間は『猿』他ならず、生きている意味がないからだそうだ。 そんな私を産後すぐの実母は庇い、どうにか生かした。 母の愛を失いたくない父はそれ以来私の存在を『なかった事』にした。 母にしてみればそれだけで御の字だったのだろう。 だから私は盤星教の本部地下で軟禁され育った。 当然父が会いに来る事はなく、顔を出すのは母だけだった。 年に数回、父が盤星教にて行う大掛かりな儀式を遠目で見る機会があった。 長髪の彼は袈裟姿で人々の前に立ち、大層仰々しい立ち振る舞いで歓声を浴びていた。 何故全て過去形なのかと言えば、既に彼はこの世に存在しないからだ。 夏油傑は2017年に百鬼夜行を行い五条悟に殺された。 教団から私を連れ出した母はまとまった金を握らせた後に父と合流を果たす。 後に五条悟から母の死亡も伝えられた。 彼は詳しく語らなかったが、大方予想はつく。父が殺したのだろう。 父は母を一人置いていく事が出来ない程、彼女を愛していた。 父と母の古い知り合いらしい五条悟は天涯孤独になった私の身を案じ 何かと世話を焼いてくれた。 呪力は相変わらず微塵もない有様だったが、 古い書物を紐解き失われた古代の術を解析する仕事を目指した。 それは私に合っていたし、五条悟の利益にもなったからだ。 盤星教から脱出し自活し生きる。 そんな中、私は彼と出会ったのだ。 彼は、父と同じ顔をしていた。 その出会いはまさに偶然で、街中でばったりと遭遇したのだ。 まさか、と思い全身から血の気が引いた。 母を殺した父は生きていたというのか。 血相を変えた私を見下ろした男は一瞬だけ驚いたような顔をしてすぐに破顔した。 父の破顔した顔を正面から見上げたのは初めての事だった。 とっくに諦めた笑顔だ。母にしか見せる事のなかったあの笑顔————— 「どうしたんだい、そんなに驚いて」 「……」 「久しぶりの親子の対面じゃないか」 「あなたは父じゃない」 「そう思うのかい」 「父は私に話しかけないわ」 こちらに向けられた笑顔から目が離せない。 「こっちにおいで、積もる話もあるだろう?」 大きな掌がこちらへ向けられ操られるようにそれを掴む私がいる。 例えこれが罠だとしても構わない。 産まれて初めて父の手を掴んだ私はまさしく有頂天であり、 その手の冷たさにも気づかなかった。 殺めましょう、あなたへの想いを 拍手、ありがとうございました! 第百五十六弾は教祖夏油でした。 呪力がない為に実の父である教祖夏油から愛されなかった娘が 偽夏に出会ってしまった話です。 今週末くらいに支部で全文公開する予定なのですが、 死ぬほど不謹慎なのでご注意ください。 2021/10/21 |
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