闇夜。
星の光さえもない真っ暗闇に、夜の帳よりももっと漆黒のマントがゆるりと翻る。

闇に浮かび上がる長身。

彼は手を翳す。

すると音も無く窓が開く。

夜目の効く男の目に映るの無造作に詰まれた荷物と狭い部屋の片隅の質素なベットがひとつ。
ベットには継ぎだらけの薄い布団。
そこから覗く栗色。



「・・・・・ふむ。」


男はそう呟くと、ベットに近寄り布団を捲り上げた。
少女の眠りには全く配慮の無い無造作な仕草だった。

当然、眠っていた少女ははっと目を覚ました。

―――絡まり縺れる栗色の髪、布団同様継ぎだらけの衣服、あかぎれだらけの貧弱な手。
けれどみすぼらしいその様からは想像出来ない澄んで聡明な胡桃の瞳の持ち主だった―――









少女がまず見たのは美しい銀色。
闇夜に浮かぶ銀色はまるで月の光のようだった。


男はうっそりと笑む。
神話にでも出てくるような美しい容姿をしている男だった。
そう、まるで人外の・・・悪魔の類を想像させるほどの。

だから彼の浮かべた笑みは、一層少女を震え上がらせた。


「・・・・・・・・・」


あまりのことに目を瞠ったまま声も出ない様子の少女に男は密やかに告げる。


「こんばんは。さあ、血を頂きに来たよ。」

「・・・・!!!?」


少女の身体は金縛りにあったように動かない。
男・・・おそらく吸血鬼。の魔力によるものか、それともただの恐怖からかはわからなかった。


男は甚振るようにことさらゆっくりと少女の身体の上に身を屈めた。
首筋に触れる唇、鋭く固い感触に少女がぎゅっと目を閉じる。




ぷつり。皮膚の破れる音、そして・・・・・・






「まずっ・・・!!」






一言のたまって男は盛大に顔を顰め口元を拳で覆った。


「・・・・・・・・・・・は?」


「不味い!なんだこの不味さは・・・・!」


男が手を振ると、部屋のなかに明かりが灯った。


男はぽかんと彼を見上げる少女を見つめる。



ぼさぼさの頭。
薄汚れた顔。
やせ細った身体に纏うボロ切れのような服。

けれど。瞳だけはどこまでも澄んで聡明で、純真な。


「・・・・ハーマイオニー・グレンジャー。だな?」


「・・・・は、はい。」


ぎろり、と睨み付けるように冷たいアイスブルーに射抜かれて、彼女は恐る恐る返事をした。



「・・・・お前。不味い。」

「・・・は?」


「不味いと言っている。」

「え・・・・と。・・・・すみません・・・?」


思わずハーマイオニーは謝った。



何で怒られるのだろう。というか血を盗られそうになってなんで謝っているのだろうか。
ここはもしかして悲鳴のひとつでも上げて逃げるか、抵抗すべきなのではないだろうか。


頭の隅の方でそんなことを思いながらも目の前の見た目だけなら紳士の彼の勢いに気圧されて動けない。

なにやら無遠慮にじろじろとと彼女を見下ろしていた男が再び口を開く。


「・・・・栄養不足だな。ちゃんと食事は取っているのか。」


「・・・・は、はあ。日に一度。マクヴァイアーさんから頂いてます。」

男の眉が僅かに顰められた。



「一度・・・・?・・・・マクヴァイアーとは誰だ。」

「この屋敷のメイド頭さんです。・・・私はここで下働きをしているので・・・」


ぴくり、と男の眉が上がる。



「・・・・何を食している。」

「・・・パンです。」


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・?」


「次は?」


「・・・・あ、お水も。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ぴくりとまた男の眉が上がり、眉間の皺が深くなった。



「・・・・・あのう・・・・」


どうしよう。なにかものすごく機嫌を損ねたようだ。
ハーマイオニーはうろたえる。なにかこんなに怒らせては、血なんかいるかーとあっさり首でも刎ねられてしまうのではないだろうか、とぎゅっと手を握り合わせた。


男はそんな彼女になどお構いなしにいつのまにか彼女の上から退くと、苛々と室内を歩き回る。


「完全に栄養不足だ。だからこんなに血が薄いんだな、不味いんだな、不味いにも程があるぞ、酷く不愉快な味が口の中に残っている。ほんの一舐め程度だというのに酷いことだ、
不味すぎる、ていうか死ぬぞ、これは。生気まで薄い。」


「・・・・・ええと・・・・ほんと・・・すみません。」


そんなに歩き回ってはすぐ下のメイドの大部屋に響いてしまって、メイドたちにまた怒られてしまう。

なんとか止まって欲しくて、――現実味のない吸血鬼より、メイドのいじめの方がよほど怖い――ハーマイオニーは必死に頭を下げる。


――と、男はハーマイオニーの手首をぎゅっと捕まえた。



「こんなに不味くては食えたもんじゃない。来い。」


「・・・・は、あの・・・・え・・・ちょっと待っ・・・」


少女はうろたえ、男はただ淡々と告げ、腕を振った。




ばさり。マントが翻り、不意に灯りが消える。




そしてどんなに目を凝らしても、そこにはもう誰もいない。

ぽかりと空いたベットだけが、主のいた温もりを僅かに留めていただけだった。















某CMまねこ。
わかります?





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