ある暑い日。
エドは、東方司令部を訪れていた。
「あち~~~~~~」
そう叫びながら、エドは着ていた白いシャツの第三ボタンまで開けて、胸を肌蹴たままパタパタと風を入れる。
「確かに、今日の陽気はすげえよな・・・・・・」
その様子に苦笑しながらも、ハボックもダルそうに相槌を打った。
他の側近達も『参った』とばかりに軍服の前を肌蹴てぐったりとしている。
「それにしても珍しいなー?その格好」
エドは年がら年中ほとんど変わらない服を着ている。
黒のジャケットとズボン。赤いコート。
夏でも、外を歩く時はそのコートが取り去られ、ジャケットの前が肌蹴られているくらい。
それが今日はジャケットも羽織らず、タンクトップも着ずに薄手の白いYシャツ一枚だけ。
彼にしては珍しい。
「今洗濯中なんだよ。ほら、今日この天気だろ?アルが張り切って洗濯しちゃってさ」
着るものが、このシャツと替え用のズボンしかなかったんだ。
・・・そう言ってエドは苦笑した。
「まぁ、暑いから丁度良いけどな」
「まったくだ、うらやましいぜ」
「何がうらやましいんだ?」
「あ、大佐。会議ご苦労様っス!」
新たに部屋に入ってきたのは大佐。
彼は会議後というのもあって、軍服をきっちり着こんでいて・・・やはり暑そうな顔をしていた。
「エドの奴がめずらしく涼しそうな格好してるから、うらやましいって言ってたんですよ」
「ん?・・・・・・・そういえば、そうだな。どうした?」
「洗濯中~」
「なるほど」
つかつかとエドの前まで歩いてきたロイだったが・・・・・
何故かエドの目の前で立ち止まって、まじまじとエドを見つめてきた。
「・・・・・・・・なんだよ?」
「いや、なんとなく・・・・・」
「なんとなく?」
聞き返したら、ロイが腰を折って距離が近づいて。
「ちょ、おい!?」
焦っている間に両二の腕を捕まれ・・・胸に黒髪が触れる感触。
「たいっ・・・・・つっ!」
胸に軽い痛みが走ったと思ったら、やっとそれは離れていった。
呆然としながらも痛みが走った胸の辺りをみてみると――――――赤い、鬱血。
これって・・・・・もしかして?
鬱血の正体が何が理解した途端、エドは呆然と目を見開いた。
「な・・・なん・・・・・・」
もはや、言葉さえ碌にでてこない。
それなのに、ロイはいつもの口調であっさりと言った。
「いや、白い肌だから―――痕がきれいにつくんじゃないかと思って?」
思ったとおりだな。
淡々とそう言って、一人で納得したように頷いているロイに、エドはプチンと何かが切れる音を聞いた。
「この、セクハラ大佐がぁ~~~~~~~~~~~~~!!!」
エドの両手から、まばゆい光が発せられた―――――――
******
「だからな・・・・・・・たぶん、溜まってたんじゃないかな?」
廊下をどすどすと足を踏み鳴らして歩くエドの隣で、ハボックは困ったように言った。
「このごろ、本当にあの人サボる暇が無いほど忙しかったんだよ。家にもほとんど帰ってないし、もちろんデートする間も全くなくってさ。
―――――――――とどのつまりは、女切れ状態だったんじゃねーのかな?」
そんなハボックの科白に、エドは噛みつくように叫んだ。
「だからって、何でオレで解消するんだ!」
「さあ?・・・・・・・まぁ、暑かったしな」
「フザケンナ!!」
「オレに言うなよ?怒鳴るなら本人にしてくれ?」
「・・・・・しばらく、近づきたくねぇ」
「ま、そりゃそうだ」
ハボックは苦笑いを浮かべてから、「オレ、これから外回りだから」と、廊下を曲がって行ってしまった。
それを見送ってから、エドはアルが待っている筈の食堂へ向かって一人で歩いていく。
「しばらく東方には近寄らねぇ事にするか」
歩きながらそう呟く。
あんな事があった後だ、しばらくアイツの顔は見たくない。
だって、もし見たら―――――――――今度こそ、真っ赤になってしまいそうだから。
「人の気も知らないで・・・・・・・・・・アホ大佐」
アンタには冗談でも、こっちには大問題だっつーの!
人が必死に押し隠しているのに、簡単に揺さぶるようなマネしやがって!
散々悪態をつくと、少し潤んでしまった目元を乱暴に拭って、エドはキッと前を見据えた。
「クソ大佐、覚えてろよ!」
こんな気持ちにさせた責任取らせてやる。
アルの体を取り戻して、旅が終わったら・・・冗談だったなんていい訳は聞いてやらない。
これを盾に脅してでも――――落としてやるからな!
「仕方ねぇから・・・今は、暑さのせいだったってことで、見逃してやる」
今は気持ちを伝えることも、愛を乞うこともできないけれど。
すべてを取り戻したら、きっと。
――――エドは、天を仰いでから、走り出した。
******
「しくじった・・・・・」
執務室で椅子にドサリと体を沈めながら、ロイは呟いた。
「暑かったからなぁ・・・」
ここのところ、超多忙な日々が続いて、休む隙もなかった。
そんな日が何日も続いた上に、この陽気。
――――少しぐらい朦朧とするのは致し方ないんじゃないだろうか?
「あまりに暑くて、朦朧としてたから・・・・・理性が効かなかった」
目的を果すまでは、あの子には他の事に目を向ける余裕などないだろう。
だから、彼が本懐を遂げるまでは・・・と、己の心を押し留めていた。
それなのに、自らあっさりと禁を破ってしまうとは。
・・・・・ガックリと頭を垂れてから、溜息を吐いた。
「冗談だと思っただろうな」
でも、今は冗談にしておくしかない。
「しばらくは、暑さによる奇行・・・・・という事にしておいてくれたまえ」
ただし、君の目的が果されたその時には、力一杯前言撤回させてもらおう。
そして、無理やりにでも責任取らせてもらおうじゃないか?
―――――うだるような暑さの中、ロイはそう呟いて、天を仰いだ。
ある暑い日。
『その時は、覚悟してろ』と、呟く錬金術師が・・・二人。