「あと、これも下さい」
「毎度!」
その日、秀作は町の餅屋にお使いに来ていた。
学園長ご所望の品を買い、店の外を暖簾越しに何となく見た時・・・ふと、一人の人物に目が奪われた。
「うわぁ、きれいな人・・・・・・」
つい、見とれた。
おもわず呟いてしまった言葉に、品物を包んでくれていた店主が顔を上げる。
そして、店主も暖簾の隙間からその娘を盗み見て、秀作に笑いかけた。
「お客さん、一目惚れかい?」
「ええっ?!そ、そんなんじゃ・・・・・!!」
「いいよいいよ、隠さなくても。・・・別嬪さんだもんなぁ?」
「ち、違いますって!!」
しどろもどろに否定するも、その慌て加減にますます店主は確信を深めてしまったようで、ニヤニヤと笑う。
「あの人、向かいの長屋に住んでるんだよ」
「向かい?」
店主の言葉にもう一度外に目をやると、確かに彼女は店の斜め向かいの家の戸を開けたところだった。
「だがなぁ・・・・・残念だが、もう旦那がいるんだよ」
「そうなんですか。・・・・・って、だからっ、僕はそんなんじゃないんですってば~~~~」
秀作が小声で恥ずかしそうに否定の言葉を繰り返している間に、娘は家の中に消えていった。
******
「ああ、僕って本当にドジ!!!」
それからしばらくして、秀作はまたあの餅屋の前に戻ってきていた。
先ほどの店主とのやり取りに恥ずかしくなった秀作は、餅を受け取るのを忘れて帰路に着いてしまったのだ。
途中で慌てて引き返してきたものの、かなり時間を食ってしまった。
学園長はさぞや怒っていることだろう。
とにかく少しでも早く帰らなければ・・・・・・・そう思いつつ、秀作は暖簾を再びくぐった。
「じゃ、頂いていきます。すみませんでした」
「いやいや、元はといえばからかった私も悪いんだよ、すまなかったね」
店主は買い上げた商品をちゃんと取っておいてくれた。
それを受け取りながら礼を言うと、逆に店主がバツが悪そうに謝ってくる。
「いえ、僕が悪かったんですから」
慌ててそう言うと、秀作は帰るべくまた視線を外に向ける。
すると、そこには知った顔があった。
『あれって・・・・・・』
そこにいたのは山田伝蔵の一人息子である利吉。
丁度、先ほど美しい娘が入っていった家から出て行くところだった。
外を凝視している秀作を店主が不思議そうに見て、自分も外を窺う。
「ああ、あれがさっきの娘の旦那だよ。今から仕事なのかな?」
「あの人が・・・・・・・?」
「そう。旦那も色男だよねぇ。美男美女とはああいうのをいうんだろうな」
そこまで言ってから店主は秀作をみて、はっとしたように口をつぐみ、頭を掻いた。
秀作の表情は明らかに沈んでいて、ショックを受けたのがありありと見て取れたからだ。
店主は困ったような表情をしたあと、商品が並んだ箱から、豆大福を一個取り出した。
それを、秀作の掌にのせる。
「え?・・・・・・あの?」
「これはさっきのお詫びだよ。食べながら帰るといい」
「えっ、でも・・・・・・・」
さっきのは、自分が勝手に忘れていっただけなのに・・・・・・・
そう思って、申し訳なさそうに店主を見ると、軽くポンと肩を叩かれた。
「お前さんにはきっと別ないい人が見つかるよ、元気出しなさい」
「え?!・・・・・・あ、はぁ・・・・」
もしかして、一目惚れした女の人の旦那さんを見て落ち込んでる・・・と思われたのかな?
秀作はそう気付いて・・・・困った顔をしつつ、それでも丁寧にお礼を言うと店を後にした。
******
学園への帰り道。
本当はだいぶ遅くなってしまったのだから、急いで帰らなければならない。
だが・・・・・急ぐ気になれない。
秀作はとぼとぼと歩きながら、さっき餅屋の主人にもらった大福を頬ばった。
おいしい・・・・・はず、なんだけど。
秀作は甘い物に目がない。
当然豆大福も大好きで・・・・・・。
なのに、なんだか今はあまり美味しく感じられない。
それどころか、だんだん甘いはずのあんこがしょっぱくなってきた。
『あれ・・・・・・?』
そこで、自分が泣いているのに初めて気が付いた。
「僕・・・・・・・」
秀作は、そのまま森の中でしゃがみ込み・・・・・膝に顔を埋めて泣き始めた。
******
学園に向かう途中、森の中で泣き声が聞こえて・・・・・利吉は足を止めた。
声の方向に進むと・・・・・秀作の姿。
利吉は驚いて声をかけた。
「小松田君?!どうしたんだ・・・・どこか怪我をしたのかい?」
「りきち・・・・さん・・・・・・・・・」
声をかけられた秀作は涙に濡れた顔をあげた。
見たところ・・・めだった外傷などは見当たらない。
利吉はホッとしつつも、では何で泣いているのだろうと秀作の顔を覗き込むと。
途端、秀作の瞳に再び大粒の涙が浮かぶ。
「こ、小松田君?!」
利吉は慌てるものの・・・・・ボロボロと泣き出す秀作にどうしてよいかわからず、
少々ためらいながらも、秀作を抱きしめた。
「泣かないでくれ」
「!!」
突然抱きしめられて、秀作は慌てる。
だが、広くて暖かい胸は、気持ちよくて・・・・・・安心できて。
利吉にしがみ付くようにして、彼の胸の中でわんわん泣きつづけた――――――――
「落ち着いたかい?」
「はい・・・・・・・ご迷惑おかけしました」
しばらくして、やっと泣き止んだ秀作と利吉は、近くにあった大岩に二人並んで腰をかけた。
散々泣きつくしてやっと気が済んだらしい秀作は、目を真っ赤にしながらも今は落ち着いた様子だ。
それにホッとしつつ、利吉は泣いていた理由を問いただす。
「どうして、泣いていたんだい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・失恋、しました」
「えっ!?」
秀作の思わぬ答えに、利吉は動揺する。
――――失恋、だって?!――――――
「君・・・・・好きな人がいたんだ・・・・・?」
「さっき・・・町の餅屋の中で、通りを歩く綺麗な女の人を見ました」
「餅屋?」
「その人が入っていった家から、あなたが出てくるのもみました」
「あれを・・・見ていたのか?」
驚いたような声で利吉は答えを返した。
・・・・・・・そして、次には困惑したような声で
「もしかして・・・・・君が好きな人って・・・・その女の事、なのか?」
「心配しないでください・・・あの人があなたの奥さんだって言うのは、餅屋さんから聞きましたから」
秀作の言葉に、利吉は顔を引き攣らせた。
確かに、あの餅屋の主人には『夫婦だ』と言ってはあるが、本当はそうではない。
・・・・・・・・それどころか。
「いや、あのね・・・・・実は、違うんだけど」
「え?!結婚してるんじゃないんですか?」
秀作の顔に少し明るさが戻る。
でも、利吉はそれを見て余計に慌てた。
「ちがう・・・けどっ。あのね小松田君・・・・あの女はやめた方がいい」
「やっぱり・・・・・夫婦じゃなくても、恋人同士なんですね?」
また急降下した秀作の表情に、利吉は内心でダラダラと冷や汗を流す。
『とにかく諦めてもらわないと・・・・・』
そう思いつつ、秀作の両肩を掴んだ。
「や・・・・違うんだけど。・・・とにかくあの女は諦めなさい!!」
何か切羽詰ったような真剣な表情の利吉に、秀作は一瞬キョトンとして、
そして、やっと分かったように困ったような微笑を浮かべた。
「・・・・・・あの、僕の好きな人はあの女の人じゃありません。・・・・・あなたです」
「は?」
「僕・・・・・・利吉さんが、好きです」
「!!」
『ずっと、好きでした』
秀作は意を決したように、そう小さく告げた。
そして、淡々と言葉を紡ぐ。
「利吉さんには、ご迷惑ですよね・・・・・でも、諦めますから」
さっきの女の人と結婚しているわけではないみたいだけれど
でも、利吉さんにはああいう綺麗な女の人が似合う――――
もとより、隣りに立てるなんて思ってはいなかったけれど、
でも、あんな風に目の当たりにして、さすがに諦めがついた。
秀作は、つかえつかえながら、そう自分の気持ちを利吉に伝えた。
それを、呆けたような顔で聞いていた利吉は、話が終わるとぐしゃぐしゃと自分の前髪をかき混ぜた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「まったく・・・・・・・君にはいつも驚かされる」
その顔は、照れたような・・・・・苦笑混じりの微笑みで。
そんな利吉に秀作は一瞬見惚れ、そして我に返って思わず謝る。
「すみませんっ」
「君は・・・・いつも、突拍子もないことをしでかしてくれる。そのたびにハラハラさせられるよ」
「す・・・・すみま・・・・・・」
「でも、何故か放っておけない。・・・・・見張ってないと、落ち着かない」
「え?」
「私も、君が好きだよ」
そう言って利吉は微笑む。
その綺麗な微笑みに、秀作は驚愕の表情で固まってしまう。
そんな秀作に利吉はゆっくりと腕をのばし、抱きしめた―――――
******
「あのっ・・・・ほんとに?」
大岩の上で抱きしめられながら、秀作はまだ信じられないように、聞き返す。
不安そうな秀作を見て、利吉は悪戯っぽく笑った。
「言葉だけじゃ信じられないかい?・・・・・じゃあ、これなら?」
「え?・・・・ひゃっ」
言いながら、利吉は秀作の額に口づけを落とす。
次は右の頬。そして、左。
軽く触れていく唇に、秀作はたちまち顔を真っ赤に染め上げた。
パニックになった秀作は、その感触が自分の唇に届く前に、利吉の胸を押し返してしまう。
「り、利吉さんっ!!・・・・・心臓、壊れそうですぅ」
真っ赤な顔で震えながら涙目で訴える秀作に、利吉は苦笑して―――
もう一度額に軽く口付けると、華奢な体を抱きしめた。
「信じてもらえたかな?」
「は・・・・・はいっ!・・・・・夢みたい、ですけど」
恥ずかしそうに顔を利吉の胸に埋めながら、きゅうっとしがみついてくる。
そんな秀作の可愛らしい態度に、利吉もこころもち顔を赤らめながら、また苦笑する。
『心臓が壊れそうなのは、こっちの方だよ』
というか・・・・・・いつまで理性がもつだろう?
出来たばかりのうぶな恋人を、愛しげに・・・そしてちょっと苦しげに見下ろす。
初めて会った時から、気になっていた。
その後、あまりのドジぶりに唖然とさせられたが・・・・逆に、ますます気になって。
だんだん、側にいて守ってやりたいとまで思うようになっていた。
それが恋だと気付いたのは、いつだっただろう?
気付いてからはどんどん思いが膨らんでいって・・・・・いずれは告白しようと思っていた。
『まさか、先手を打たれるとは思わなかった』
思いがけない喜びに、胸が高鳴りこっちこそ心臓が壊れてしまいそうだ。
暴走してしまいそうな自分を、理性をかき集め、必至の思いで押しとどめて。
そして、彼の癖のある髪を撫でてやる。
その感触に、秀作は少し落ち着きを取り戻して、顔を上げた。
「でも・・・・じゃあ、あの女の人は?」
「・・・・・・仕事で、ちょっとね」
「ああ、お仕事のお仲間なんですね?・・・・・でも、一緒に住んでたんですよね・・・・」
またむし返った質問に、利吉は顔を引き攣らせて誤魔化そうとしたものの・・・
どうにもちゃんと説明をしないと誤解を受けそうな雰囲気に、ため息を吐く。
そして、観念したように話し出した。
「・・・・一緒に住んでたわけじゃない。もともと、あの女はいなかったんだ」
「え?・・・・・・・よくわかんないんですけ・・・・ど??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの女は、私だよ」
「え?・・・・・・ええっ~~~~~~~~~~~~~~~!!」
仕事で女装中だった、そう告げると。
秀作はひっくり返りそうな勢いで驚き・・・・・
慌てて利吉はそれを支え、視線を落として説明した。
あの町の近くの城に、変装して侵入しなくてはならなかった。
丁度募集していたのが、飯炊き女で。
変装する場所が欲しいのと、身元を怪しまれないようにとの判断で、『夫婦』としてあの家を借りた。
男の姿の時は『夫』、女装したときは『妻』。
そうして、一人二役を演じていた。
―――――そう、利吉は少し不機嫌そうに言った。だが・・・・・
「なんだ・・・・・なら、僕って利吉さん自身にやきもちやいてたんですねぇ」
そう恥ずかしそうに微笑む秀作を見て、不機嫌さが吹っ飛ぶ。
可愛い。
すごく、可愛い。
頬を染める恋人に、利吉の心臓は跳ね上がる。
彼のペースにあわせてあげようと思ったけど、もうちょっとだけ・・・・・・・
利吉は秀作に添えていた手を彼の頬に滑らせ、そして顎を掴んで上向かせる。
「あ・・・あの、利吉さん・・・・・?」
「目を瞑って」
近づいてくる利吉の顔に、秀作はにわかに慌てだすが、
しっかりと抱きしめられていて、身動きできず・・・・・・。
戸惑いながらも、言われた通りにその瞳をゆっくりと閉じていった。
『やっぱり・・・・・綺麗な人、だな・・・・・・・』
女装してても、してなくても、やっぱりこの人は綺麗な人だ――――
瞳を閉じる前に見えた、目を伏せた利吉の顔を見て秀作はそう思った。
そんな人が自分を好きになってくれるなんて、やっぱり夢みたいだけど・・・・・凄く、幸せ。
ふわふわしたような心持ちで瞳を閉じると、唇に触れる柔らかい感触。
途端、暖かいものが胸にあふれてくる感覚に、体を震わす秀作だった――――。
******
「ね、利吉さん!ご褒美ってことで?」
「駄目」
「む~~~~~~~ぅ」
ほっぺを膨らませて拗ねる秀作に、利吉はため息を吐く。
ここ一週間、大変珍しい事に大きな失敗もなく仕事をこなしている秀作。
『なら、何かご褒美でもあげようかな?』
そんな自分の申し出に、嬉々として彼がおねだりしたのはとんでもないお願いだった。
愛しい恋人。
彼の願いなら何でも叶えてやりたいが・・・・・・・・・・・・・これだけは無理である。
いつもは秀作に甘い利吉も、再度キッパリと断った。
「何か欲しい物があれば買ってあげる。だけど、それは駄目」
「・・・・・分かりました。今回は諦めます」
秀作のお願い、それは―――
『もう一度利吉さんの女装姿が見たい!!』・・・・・である。
あの一件以来、彼は利吉の女装姿を気に入ってしまったようで――――
『凄く綺麗だった』 『あんな綺麗な人見たことないです』 などと、散々誉めまくられた挙句に、
何かある度に『もう一度!』と強請られるようになってしまった。
だが、それを断固として利吉は拒みつづけている。
利吉からしてみれば、父のように好きで女装しているわけではなくて、
仕事上やむを得ない場合だけ仕方なくしているのであって・・・・・幾ら誉められようとも、正直苦痛なのだ。
ましてや秀作になんて・・・・・冗談ではない。
『恋人の眼前に何でそんな情けない姿を晒さねばならんのだ!?(涙)』
そんな利吉の嘆きを知ってか知らずか、天然な思い人は無邪気に食い下がる。
「・・・・じゃ、お盆にある夏祭りに・・・・・とかはどうですか?!」
「~~~~~~~~~~~~盆だろうが正月だろうがっ、駄目ったら駄目!!」
晴れて恋人同士になった二人の間では、しばしばそんなやり取りが見られたのだった。