「イルカ先生・・・」
名を呼び、背中から抱きしめる。
そして、その背中に頬を寄せ、うっとりと呟いた。
「アナタって・・・本当にクールですね」
何も答えぬ相手を、それでもカカシはぎゅっと抱きしめて、すりすりと頬ずりをする。
初めて触れるその肌は、思っていたより手触りがよく・・・そして、僅かにひんやりとしていた。
『抱きしめるだけで、キモチイイ・・・』
初めての感覚だ・・・と、カカシは思った。
手放したくない―――心に浮かんだ自分の欲求に逆らう事無く、強請るように言った。
「今夜・・・アナタをベッドに攫っていってもいいかな」
そうしたら、今夜はいつもより気持ちよく眠れるに違いない。
抱きしめたままそう囁くが、抱きしめた相手からは返事が無い。
―――そのかわり、後ろから剣呑な声が聞こえてきた。
「ダメです。それは、ナルトが俺にくれたものですよ?持って帰られては困ります」
声を掛けてきたのは、イルカ。
そして、言葉と共に腕の中の『イルカ先生』はあっさり取り上げられてしまった。
『ああっ!』と悲壮な声をだして、もう一度手に取ろうとするが、座っていたカカシの手に届かない高さに持ち上げられてしまった。
それを恨みがましい目で見つめながら、拗ねたように呟く。
「・・・だぁって、この『イルカ先生』気持ち良いんだもの。貸してくださいよぉ」
「ダメです!それに、勝手に妙な名前つけて呼ばないでください」
「妙なって・・・これ以上しっくりくる名前は無いと思うんですけど?」
「紛らわしいんですよ。俺が呼ばれているみたいで落ち着かないから、やめてください」
「ええ~」
「ええ~、じゃありません!・・・そもそも、名前なんて必要ないでしょう?」
―――普通、枕に名前なんて付けませんよ。
イルカはそう言って、腕の中の『イルカ先生』をぱふぱふと軽く叩いた。
そう、先ほどまでカカシが腕に抱き、話しかけていたのは・・・水色のイルカ型の抱き枕。
エアコンの無いイルカがこの夏の猛暑を乗り越えられるようにと、ナルトが贈ってくれたそれは冷感素材で作られており、抱きしめると僅かにひんやりと感じ心地良い。
「ナルト、何で俺にくれないでイルカ先生に贈るのよ?イルカ先生を抱きしめて寝るべきは、俺でしょう!?」
ツレナイ恋人は毎日抱かせてもくれないし、一緒に住んでもくれないし・・・心が寂しい俺にこそ贈られるべきグッズでしょ、これは!!
―――拳を作ってそう力説するが、返ってきたのは呆れた視線。
「さっきも説明しましたけど、これは『エアコンが無い俺の為にナルトが贈ってくれた、冷感素材で出来た枕』です。アンタんち、エアコンあるでしょうが!」
「エアコンなんかより、俺は愛が欲しいです!!」
今日は家にイルカ先生を持ち帰りたいです!お願いですから俺に貸してください!!
真剣に力を込めて叫ぶカカシを、イルカは呆然としたように見つめて。
なんだか微妙な顔でしばらく見つめてから、溜息を吐いた。
「もう・・・。わかりましたよ」
全く、時々子供みたいなんだから。
肩を落としつつ了承の返事をするイルカに、カカシの顔がぱあっと明るくなる。
「わあっ、いいんですか!?」
「ったく・・・今日だけですよ?」
「え~、今日だけ?」
「嫌なら、即刻前言撤回しますが?」
「い、嫌じゃないです!今日だけでいいですから・・・とりあえず」
とりあえず?
最後に付け加えられた言葉に、これからも度々強請られそうな予感をひしひしと感じて顔を引き攣らせたイルカだったが、それこそ『とりあえず』約束してしまったことだし、またごねられるのも面倒なので、素直に腕の中のイルカ枕を差し出した。
「ありがとうございます!」
嬉々として受け取るカカシを見ながら、イルカは再び微妙な顔をした。
******
『嬉しそうな顔しやがって・・・』
イルカの心の中に、『枕を奪われた恨み』以外のもやもやとした感情が芽生える。
そのうち、『今日アレをギュウギュウに抱きしめて寝るかと思うとなんかムカつく、つーか本物がここにいるのに枕の方を抱きたがるなんて恋人としてどうよ?』とか思うに至り、不機嫌な表情を浮べかけたイルカだったが。ふと我に返って、肩を落とした。
『枕に嫉妬なんて、アホくさ・・・』
大体、本物の方を抱きたがられても困るのは自分の方だ。今日は仕事を持ち帰ってきているんだから、そんな暇など無い。枕に身代わりを押し付けてしまえるなら、その方が今日のところは助かるんだし、いいじゃないか。
もやもやとした気持ちを静めるようにそう心の中で呟いていると、枕をギュウギュウに抱きしめていたカカシが首を傾げるのが見えた。
「イルカ先生、どうしました?」
「・・・なんでもありませんよ。ほら、それ持ったらさっさと帰ってください。俺、今日は仕事持ち帰ってるんで忙しいんです」
「はーい!どうもお邪魔しました♪」
それでも少し面白くなくて若干邪険に帰宅を促したが、返ってきたのは思った以上に浮かれた声で、更に機嫌が下降する。
これはもうさっさと仕事に取り掛かるに限る!と、くるりとカカシに背を向けてちゃぶ台の前に座った。
だが―――。
「うわぁ!?」
座ってすぐに、イルカは奇声をあげた。
何故なら、急に腹の辺りに何か巻きついたと思ったら、ふわりと体が宙に浮いたからだ。
慌てて状況を確認して、立ち上がったカカシの右手に荷物のように抱えられているのが分かった。(ちなみに左手には同じようにイルカ枕が抱えられている)
大の男を右手一本で軽々抱えるなんて、さすが上忍!・・・と、うっかり感心しかけてから、我に返って自分を抱える男に抗議をする。
「なにすんですかっ!?」
「ん?さっき言ったでしょ?『今日はイルカ先生を俺に貸してください』って。アナタ、さっき『わかりました』って承諾してくれたじゃないですか?」
折角了承してもらえたんですから、ありがたく持ち帰らせていただきますよ。
にっこりと笑うカカシに、イルカは唖然とするしかない。
「そ、それは、枕のことで・・・!っていうか、嵌めましたね!?」
あの流れだったから、てっきり枕を持ち帰りたいと強請っているのだと思っていたが、彼の真意は別のところにあったらしい。
『ということは・・・イルカ枕にメロメロだったのは、演技!?』
悔しげに顔を歪めて暴れるイルカを押さえつつ、カカシは笑みを浮べて言った。
「嵌めただなんて、いやだなぁ・・・俺はちゃんと『イルカ先生を持ち帰りたい』って言ったでしょ?枕の事だなんて一言も言ってませんよ。それに・・・」
枕なんかで、アナタの代わりになるもんですか。
艶っぽく笑うカカシに、こんな状況なのにも関わらず、イルカの心臓がドキリと跳ねる。
とどめのように『だからヤキモチなんか焼く必要ありませんよー?』などと言われてしまえば、見透かされたと知ったイルカは顔を赤く染めて項垂れるしかない。
「さ、行きましょうか?」
体が再びふわりと浮いたと思ったら、今度は両腕にしっかりと抱えられていた。・・・いわゆるお姫様だっこだ。
自分のうちに姿見が無くて良かったな、大の男がお姫様だっことか、視覚の暴力以外なにものでもないもんな・・・などと余計な事を考えつつ、赤い顔のまま人をこんな恥ずかしいかっこで抱き上げてご満悦な男に文句をたれる。
「・・・俺、明日までにテストの採点終えなきゃなんですけど?」
「んじゃ、それももって行きましょう。大丈夫、二人でやればすぐに終わりますよ」
「こんな暑い日に、男二人くっついて過ごすなんて、何の罰ゲームですか?暑苦しすぎ!」
「それも大丈夫」
俺んち、エアコン完備ですから。
この暑いのに、人一人(と、枕)を抱えて涼しげに微笑む男に、イルカは自分の米神にピキリと皺が寄るのを感じた。
「アンタには一生クールイルカ枕は貸さない!!」
キレ気味に叫ぶイルカに、『それじゃ、これは置いていきましょうか。俺はこっちのイルカがいれば十分ですし』などど笑いながら、皺をほぐすように彼の米神にキスを落とすカカシだった―――