ありがとうございました!
以下は桐横小話です。



「なんでも望みを叶えてあげるわ、ただし代償はきちんともらうわよ、」



日曜日の昼間、日和が見たいと言って借りてきたファンタジーアニメDVDをなぜか日和抜きで桐嶋さんと並んで見ていた。
本当は日和も一緒に見るはずだったのだが、ゆきちゃんから遊びの誘いが来てしまったから仕方ない。
気にしなくていいからと笑顔で送り出したものの、ぽっかり空いた時間を完全に持て余していた。
何をするでもなく、ソファに二人で座ってみたが、なんとなく背中がくすぐったくて耐えられなかった。
口数が多い方じゃない俺達だし、共通の話題も仕事のことか日和のことがほとんどで、改めて二人きりになるとどうしていいか分からなくなる。
これでも最初の頃よりは随分慣れた。
何をどうしていいのか分からずに口を開けば喧嘩腰に突っかかってしまっていた最初よりは、まともに会話をすることが出来るようになったと思う。
「暇だな、」
思わずそう口にすると、隣で雑誌をめくっていた桐嶋さんも「ああ、そうだな」と別にそう思っていなさそうな声で答えた。
それを聞いて無理に何かしようとするのを諦めた。
何もしなくても、何も話さなくても、桐嶋さんがそれで退屈をしないないなら、まぁいいか。
忙しく動き回る方がどちらかと言えば好きだけど、たまの休みに何もせずにぼうっとするのも悪くない。
軽く腰をあげてソファに座り直し、足をぐっと前に伸ばす。
ついでに腕を天井に向かって伸ばすと固まっていた背中が鈍い音を立てた。
「すごい音だな、」
視線を雑誌に向けたまま隣の桐嶋さんが笑った。
「デスクワークばかりじゃないから、あんたたちよりはマシだと思ってたけど」
「お前もそういう歳になったってことじゃないか?」
恥ずかしさを誤魔化そうしたら言い訳がましくなってしまった。
資料やら何やらでずっしり重い鞄を持ち歩いてあちこちに行っていれば、肩くらい凝るだろう。
そんな俺の言葉を桐嶋さんは軽く流して、雑誌を閉じた。
「DVD見るか、」
「なんの?」
「借りてきたやつに決まってるだろ」
雑誌をローテーブルに置いて桐嶋さんは立ち上がる。
「借りてきたやつってアニメか」
「そう、」
「そんなの俺ら二人で見て楽しいかよ、」
「意外と楽しいかもしれないだろ、第一せっかく借りてきたんだから見なきゃもったいない」
桐嶋さんは嬉々としてDVDデッキに電源を入れていた。
いい歳した大人の男二人で子供向けのファンタジーアニメを見るなんて、傍から見たらあまりにも寒い光景じゃないか。
暇だなんて言っておいていまいち乗り気になれない俺を尻目に桐嶋さんは着々と準備を進めていく。
DVDをセットしてリモコンを手にソファに戻ってきた。
再び俺の隣に深く腰を下ろしてテレビのスイッチを入れながら
「少女漫画売ってるやつが細かいこと言うんじゃねぇよ、」
なんて言い放った。
それとこれとは話が別だとか、俺が売ってるのはコミックスであって少女漫画に限定してるわけじゃないとか、言い返す言葉をいくつか考えても、そんなことは桐嶋さんも十分承知してる事実で、結局言ったところで意味をなさないものばかりだった。
だから俺は言葉の代わりにため息を一つ吐き出して、おとなしくアニメを見ることにした。


アニメは有名な人魚姫をモチーフにした話だった。
陸に住む王子に一目ぼれした人魚姫はどうしても足が欲しいと願うようになる。
自分の下半身にあるひれを眺めてはため息を吐く日々に声を掛けてきたのは海の魔女。
「なんでも望みを叶えてあげるわ、ただし代償はきちんともらうわよ、」
そんな言葉で人魚姫を誘い、彼女は声を代償にして人間の足を手に入れた。
けれど口のきけない彼女は王子に声を掛けることが叶わず、近づくことさえできなかった。
もしも、もしも自分が彼女と同じ状況になったらどうするだろうとふと思った。
何を犠牲にしても手に入れたいものがあったとして、でも手に入れてから犠牲にしたものの大切さに気付いて、そして自分の手には何が残ったのかさえ分からない結末が用意されていた。
でも手に入れる前の彼女はきっとそんなことを考えはしなかった。
考える必要もないくらいに「人間の足」を望んでいたんだろう。
俺にもそんな風に心の底から望むものが出来た時、俺はなんでも差し出せるんだろうか。
「こんなの意味ないよな、」
黙ってアニメを見ていた桐嶋さんが唐突に言った。
「どうして」
「自分にとっては欲しいものに比べれば要らないものだったかもしれないけど、それを好きだった人もいたはずだろ。どんなに
要らない、どうしようもない部分でも、それを愛しいと思う人だっている。何を失ったとしても、それはその人を作っていた一部なんだから、誰かが愛したそいつじゃなくなるってことだ、」
嫌いになるわけじゃないけど、寂しいとは思うよな。
大して面白くもなさそうな顔してみていたくせに、そんなことを考えていたのかと俺は少し驚いた。
「でも、ひとつだけ差し出せば、どうしたって手に入らないと思っていたものを手にすることが出来るんだぞ?」
今の自分では奇跡を期待したって手に入らないようなものを、たった一つ差し出せばくれると言うなら、心が揺れる人だって多いだろうと思って俺は桐嶋さんに反論してみる。
すると桐嶋さんは短く鼻で笑った。
「自分を構成するすべてのものを大切に思えずに、安易に差し出すなんて俺は好きじゃないな」
「そういうもんか、」
「ま、大人になった今だから言えることなのかもしれないけどな」
そう言って桐嶋さんはソファを立ち上がった。
気付けばアニメはスタッフロールに変わっていて、窓の外も随分と赤みを帯びていた。
「そろそろ日和が帰ってくんだろ、そしたら飯でも食いに行くか」
デッキからDVDを取り出しながらこちらには背中を向けて桐嶋さんが言う。
俺はああ、と返事をして、またぐっとひとつ伸びをした。


あんたはそう言うけれど、俺は彼女の気持ちが少しは分かる。
あんたと生きていくためなら、なんだって差し出せるような気がする。
くだらないと笑われても、たったそれだけのことであんたと一緒に生きる資格を得られるのなら、それより大事なことなんてな
いと思ってしまうから。
最終的に、何も残らなくてもいい。
一瞬でも好きな人と同じ世界を見れたなら、その思い出だけ残れば十分に幸せじゃないか。




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