拍手ありがとうございます。ささやかですが、小話でもどうぞ。 手紙を書くことには慣れている。 これまでだって、自分を支援してくれる貴族への礼状や決起を促す檄文など色んなものを自分でしたためてきた。だから、手紙そのものに慣れていないわけではない。 だが、私信となると途端に筆は書くべき言葉を探して彷徨った。書きたい内容はたくさんあるのに、たくさんありすぎてどう書けばいいのかわからなくなる。それまでずっと側にいてくれた彼女への気持ちは、紙の一枚や二枚では到底綴りきれそうにない。 一行書いては止まり、また一行書いては止まり――繰り返している間に、紙には彼女を想い慕う気持ちがずらりと並んでいた。 「陛下、そろそろ休憩なさっては」 「ドゥドゥーか。すまない、そんなに俺は集中していたか?」 ようやく納得の行く手紙が出来上がって顔を上げると、いつの間にかドゥドゥーが茶器を用意して待っている。ずっとそうして待っていたのだろうかと心配になったが、あたたかそうな湯気がポットの口から漏れているあたり、部屋に入ってきたのはつい先程のようだ。 強張ってしまった肩を軽く叩きながら椅子の背もたれに身を預け、ほっとため息をつくディミトリの前にいい香りのする紅茶が注がれ、茶菓子が並べられていく。彼女がよく淹れてくれたカミツレの花茶の香りに、ディミトリの口元が笑み綻んだ。 「手紙というのは、奥が深いものだな」 「随分長い間考えておられました」 「ああ。先生に伝えたいことは山程ある。だがそれを全て書いていては、どれだけ紙があっても足りない。次に会ったときに話せばいいもの、すぐに伝えたいもの……選ぶだけで一苦労だ」 前節の戴冠式でディミトリは正式にファーガス国王、ベレスはセイロス教団の大司教として戴冠した。同時に互いの指輪をはめた手を掲げ、婚約を発表している。 本来ならば結婚前の甘い蜜月期間だが、王と大司教という立場上二人は離れて過ごさなければならない。節に一度は互いの住まいを訪ねて逢瀬を交わすが、会えない間は手紙のやりとりだけになる。 今までは、会おうと思えばすぐに会えたからどんな他愛のない話もすぐにできた。だが今は王都とガルグ=マクに離れて暮らす身だ。必要な連絡と愛を告げるだけで紙は埋まってしまうから、ますます次の逢瀬が楽しみでならなくなる。そしてその分だけまた手紙に書きたい内容は増え、ディミトリの筆はますます迷ってしまうのだった。 「ドゥドゥー。お前は、誰かに手紙を出したりはしないのか」 「は。手紙……ですか」 紅茶のカップを傾け、ディミトリが訊ねるとドゥドゥーはやや怯んだようだった。無骨で愚直で、頼りがいのある従者が怯むのは珍しく、ディミトリは苦笑する。 「すまない、誰としているかを答える必要はないぞ? ただ、書きたいことがありすぎてまとまらない時どうしているのかと聞きたくてな」 「書きたいことがありすぎる時……むう」 ドゥドゥーは視線を落とし、少し考える素振りを見せる。やはり誰かに手紙を出しているのだろう。沈思した後、彼は控えめに言った。 「そういう時は、一番伝えたい事だけを書く……でしょうか」 「ほう? その他の話題はどうするんだ」 「会ったときの楽しみにします。その方が、励みになるでしょう」 なるほど、ドゥドゥーらしい回答だ。予想をしていたわけではないが、答えが返ってきてみれば実に彼らしくてディミトリは嬉しくなってしまう。 「そうか……お前らしいな。しかし一番伝えたい事だけ、か」 「陛下が先生に伝えたいことなど、一つしかないのでは?」 「それはそうなのだが。どうにも欲張ってしまってな」 ベレスに一番伝えたい言葉など、ドゥドゥーの言う通りただ一つだ。愛している。それだけでなのに、そこから色んな気持ちが溢れてきてしまう。 愛している、恋しい、早く会いたい、抱きしめたい、口付けをしたい、もっと顔を見て話がしたい、弱音を聞いて欲しい――次から次へと溢れる言葉をどうにか厳選したつもりだけれど。結局は紙一枚をびっしりと愛の言葉が埋めてしまった手紙を見て、ディミトリは軽くため息をついた。 「やれやれ……次からはお前の意見を取り入れるとしよう」 「我慢をなさる必要はないと思います。とても、陛下らしいかと」 それはどういう意味だろうか。聞いてみたい気持ちもあったが、きっとドゥドゥーは微笑むだけだろう。諦めて、したためた手紙をくるりと巻いて封蝋で留める。ドゥドゥーが伝書梟の方を振り返った隙を見て手紙に軽く口付けた手紙は、大事に大事に梟の提げた筒の中に仕舞われた。 「頼むぞ。先生によろしくな」 窓から飛び出した小さな梟の姿はあっと言う間に蒼穹に消え、ディミトリは目を眇めて青空を仰ぎ見る。手紙を読んだベレスはどんな顔をするだろうか。苦笑するのか、それとも嬉しそうに微笑んでくれるのか。 (ああ、やはり早くお前に会いたい) 目を閉じれば容易く思い浮かぶ愛しい人の面影にふと微笑み、ほんの少しの間ベレスの事だけを考えて。 再び執務机に向かったディミトリは、もう婚約者を想う一人の青年ではなく王の顔に戻っていた。 |
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