震えた声

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初雪ではなかったけれど、その日は朝から予期せぬ雪が散らついていて、
部屋の窓から外の様子を窺っていた僕は、心ともなく焦燥に駆られた。


積もるにはまだ早いのか、降る雪は地に着くとすぐに溶けて跡形もなくなる。


その儚さが今感じている漠然とした焦燥であればよかったのに、
実際はそうじゃないと、最近では少なからず自覚していた。


窓の外を何気なく見下ろした矢先、
引かれるように視界に入った隣の家の玄関と、そこで待つ知らない女性。


自分とは違う制服に、見知らぬ顔に、きっと焦慮した。


けれどそれをどうしても認めたくなくて、
認めたら終わりなような気がして、ずっと避け続けている。


玄関の扉が開き、待っていた女性が嬉しそうに笑う。
一瞬走った微かな胸の痛みを誤魔化すように、僕はぎゅっとカーテンを握り締めた。


あの人がどんな表情をしているのか知らないけれど、
意外にはっきりした性格を思えば二つに一つなんだろうと、
咄嗟に意地の悪い方を望んだ自分に嫌気が差す。


並んで歩き始めた二人がちょうど家の前に差し掛かったとき、
こちらを気にするように見慣れた頭が上を向き、目が合った瞬間、唇が動いた。


『おはよう、黒子っち』


声に出していないはずなのに、直に鼓膜を揺らしたような錯覚さえ引き起こす。


そういうところが本当に気に食わないと思うのに、
たったそれだけで安堵する自分がイヤで仕方なかった。


嫉妬、独占欲、優越感
できることならどれも知りたくない感情だった。


「軽薄な人ですね」


ままならない思いに小さく呟くと、
逸る鼓動と苛立ちの狭間で深く嘆息する。





こればっかりは、どうにも相手が悪すぎる。








震えた声










物心付いたときからずっと傍にいて、何をするにも一緒で、
当然のように思っていた幼なじみという繋がり。


それが高校が別れてはじめて、一過性のものだと知った。


性格も違えば、属するグループも、世界も違う。
幼なじみという繋がりがなければ到底相容れない、そんな間柄。


新しく始まった生活はその関係を希薄化するには十分で、
家が隣同士でも、会おうとしなければ顔を合わせることもなかった。


知らない生活
知らない時間
知らない友人
知らない誰か


幼なじみという唯一の接点が、環境の変化とともに時効を迎えただけなのに、
人間の心理も感情も本当にままならなくて、ふとした瞬間に過ぎる影に人恋しいという言葉を重ねれば、潜在する思いから逃げるように関係が薄 れるのは早かった。


繋がりを断たないようにと必死だった相手を顧みず、
今さら虫がよすぎると罵られれば、それは反論の余地もない。


ただ、それでも別に構わないと身勝手になれるほど、
他の誰かがあの人と親密になることが許せなかった。


思考を遮るように頭を振ると、僕はふーっと深い溜息を付く。
そういう自分を知っていたから、この想いを認めたくなかった。












夕方から再び降り出した雪は、
日が沈む頃には薄っすらと地面を覆っていた。


いつもより長く練習をしていたせいで少し遅くなって帰宅した僕は、
玄関先に佇む人影を見つけてどきりとした。


粉雪とはいえ、その冷たさを肌に感じるほどの寒さの中で、
ポケットに手を突っ込んだまま傘も差さず、一体何をしているのか。


僕は足早に歩み寄ると、呆れたように声を掛けた。


「こんなところで何をしてるんですか」


頭上へ傘を差し出すと、相手は嬉しそうに目を細めたあとで、壁から身体を引き剥がした。


「黒子っちのこと待ってたんスよ」


言いながら自然な動きで傘を取り上げた彼は、
こちらが濡れることのないように位置を調整する。


そういう何気ない気遣いでさえ、今は悋気に変わった。


「そうじゃなくて、どうしてこんな時間に傘も差さずってことです」


私情が入り混じって少し強めに放ってしまった台詞に、
相手はあーっと視線を泳がせたあとで、再び目を合わせて軽く笑った。


「それはまぁ、急に黒子っちに会いたくなっちゃったからっスかね」


他意がない分ズキリと胸が痛んで、
咄嗟に口を衝いて出た言葉はどう考えても失言だった。


「こんなところで待ってなくてもメールすればいいじゃないですか」


言ったあとですぐにしまったと口を噤んでも、
それがさらに隠していた事実を露呈し、相手に付け入る隙を与えた。


「でも黒子っち、オレが連絡しても反応ないっスよね」


責めるような口調ではなかったけれど、
言われたままにそれは真実で、まっすぐ注がれる視線に何も言えなくなった。


「本当は、黒子っちがオレのこと避けてるって気付いてたんスよ」


走った沈黙を怖がるかのように相手が続け、
あとに残ったのは無理して笑う切なげな表情だった。


「それは…」


何か言わなければと思考を巡らせても、
そこから先が見つけられずにいると、相手が気遣うように声を掛ける。


「大丈夫っスよ、いつか言えるようになったら教えてくれれば」


先回りをしてまで甘やかす姿に堪らなく苦しくなったのは、
ここまでさせてはじめて、自分のしたことの重さを知ったからだった。


器用に振る舞える性質ではないから、
きっとそのたびにこの人を傷つけていた。


「すみません」


それでも今はそれが精一杯で、卑怯だと知りながら視線を落とすと、
その心情を察してか、相手が唐突に話題を変えた。


「それで本題なんスけど、」


穏やかな声が空気を伝い、僕は安堵とともに耳を傾ける。
けれど零れ落ちた次の言葉は思いもよらないものだった。


「今朝のこと話したくて」


そこから考えられる出来事は一つしかなくて、
まさかそれを蒸し返されるとは思ってもいない。


どんな報告をされるのか、瞬時にいろいろな妄想が頭を廻り、
だったら先にと、僕は無理やり口を開いた。


「可愛らしい人でしたね」


そう告げた声は思った以上に震えていて、
あからさまな狼狽を誤魔化すためだけに、言わなくてもいいことを言った。


「それなのに今朝みたいなのはダメですよ」


相手は当然、眉間の皺を寄せて顔を顰めた。


「どうゆうことっスか」
「キミにはいつも、僕を優先するフシがあるので」


それが幼なじみ以上にならないことは百も承知で、
だからこそ、自分で言って自分で傷付いた。


「あぁ、それはまぁそうっスね」


それなのに嬉しそうに笑って同意するから、
込み上げる感情のままに醜態をさらしてしまいそうな自分に恐怖した。


これ以上の会話は、互いにとって不幸しか生まない。


「冷えてきたのでそろそろ家に入ります」


不自然に会話を切り上げた僕は、
門扉を開けると、構うことなく中へと足を進めた。


「ちょっと待って黒子っち、まだ話終わってないんスけど」
「すみません黄瀬くん、また今度にしてもらえますか」


振り返らずにそう告げて、僕は有無を言わせなかった。


「待って黒子っち」


それでも自分の名前を呼ぶ声が、深く背中に突き刺さる。


「黒子っち!」


ぎゅっときつく瞼を閉じた僕は、
その声を遮るように玄関の扉を閉めた。












好きだという気持ちは利己的で、浅ましく、強欲だけれど、
その強い気持ちを持ってしても、どうしてどうにかなれると思えるだろう。





















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ずっと前に書いた黄黒ちゃんがフォルダ整理してたら出てきたので晒してみる。
当時「震えた声」のお題とともに「幼なじみ」「黒子視点」「冬」という指定を
もらって書いてました。あと4つほどお題があって、再び冬が来たら完結するはず
だったんですがこのままきっと続かない。









黄黒ちゃんへの愛だったり愛じゃなかったりとりあえずなんでも!
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