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薬売りがその屋敷から出てきたのは一刻半が経とうかという頃だった。
門をくぐり顔を上げた薬売りははたと動きを止めた。
進行方向、塀にもたれるように立っているその男は、今現在道中を共にしている武士。
「小田島様?」
薬売りは思わず名を呼んだ。
背に負った薬箱の中で剣が騒いだから、別れたはずなのだ。
先に宿へと行っているものだとばかり思っていた。
小田島は声をかけられる前からこちらに気付いていたようだった。
寒空の下、腕を組んでこちらに視線を投げている。
それはまるで検分するような視線だったが、すぐにふっと眉間から力が抜ける。
「先に、旅籠に行っていて下さって…良かったんですが」
歩み寄ると組んでいた腕をそのままに小田島は先に歩き始めた。
「寒かったんなら、なおさらだ」
「そうもいくか」
並んで言ってみれば、むっとした顔で返される。
「また以前のように血塗れで帰って来られても困る」
しばらく前。相手にした物の怪が随分手ごわくて、手傷を負って帰ったことがあった。
小田島が立ち止まり、あわせて薬売りも歩みを止めた。
「お前だけが怪我をして、俺が一人のうのうと休んでいられるか」
続けられた言葉に思わず薬売りは目を開く。
「…あんたがいたところで、何もできやしないだろう」
「わかっている」
ずっと目を合わせなかった小田島の目がまっすぐに薬売りを捉えた。
「物の怪を相手にはできんがな、俺とてお前を背負うことくらいはできる」
一瞬薬売りの呼吸が止まった。しかしそれは本当にほんの一瞬で。
ゆるりと薬売りは口の端を上げた。
「それじゃあ…お言葉に、甘えさせていただきましょうか」
一歩踏み出して、僅か高い場所にある肩に額を寄せた。
「薬売りっ?!」
「…あんたといると…楽でいい」
突然のことに慌てる小田島をよそに、呟いて息を吐く。
嘘のない、真正面からぶつかってくる感情は、激情であっても心地いい。
「何か、あったのか?」
恐る恐る、小田島の手が肩を撫でてゆく。
子供を泣き止ますような動きが肩先に散る髪を揺らしていく。
薬売りは黙って首を横に振った。
何もないですよ、ただ。
「真と理を…見極めるのも、なかなか大変で」
「む?それはそうだろうな…」
気付いただろうか、それが言葉通りでもないことに。
別に気づかなくたっていい。その鈍さが、この安堵の由縁なら。
少し体重を預ければ、しっかりと受け止めてくれる強い腕。
「好きですよ」
冗談のように言ってみる。
「小田島様のそういうところが、好きだ」
実は結構本気なのだが、そんなこと知ったらこのお人は。
さっき以上に慌てふためいて、きっとこの身を剥がしてしまうから。
甘える薬売りを殴り書きから発掘しました。
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