その男の昼寝がどれだけ貴重なものか。知っている者はごく少数だろう。
 忍たまであるのだから、容易に無防備な姿を晒さないのは大前提。どこであろうと気を抜かず、常に敵と立ち向かえるようにしておかなければならない、というのは先輩の言葉だ。
 が、その男にとって無防備になるのはもう一つ大きな危険を孕んでいる。
 千の顔を持ち、決して素顔を晒すことないその男の正体を知りたがる者は少なくない。度々松葉色の影が彼の素顔を暴かんと企んでいるのを、本人すらよく耳にするのだ。
 だからこそ、その男の寝姿に遭遇する者は稀。特に昼寝は他の者の活動時間であるにも関わらず、自ら隙を作る。狸寝入りでもなければ、そんな姿を晒すのは心を許した相手のみ。
 五年長屋の縁側ですよすよ寝息を立てる件の男に遭遇した雷蔵は、程よい距離を取った跡、その寝顔をまじまじ窺った。

「……寝てる」

 それは雷蔵にとって馴染みのあるもの。男が学園内で全てを委ねているといっても過言ではない雷蔵の顔で、誰にも邪魔されずに休んでいた。
 はてさて、ここで問題なのは雷蔵の手の中にある団子の行方である。委員会を終えて戻ってきた彼は、帰りしなに先輩である長次にその団子を貰った。本数があまりなく、全員には行き渡らないので、たまには雷蔵だけにと寄越したそれは、なかなかに有名どころのみたらし団子だった。
 ちょんと包まれた二本。そうした時に彼が真っ先に浮かべたのは誰でもなく目の前の男。甘味好きの勘右衛門や級友の兵助、八左ヱ門のことも考えたが、一番ではない。二本しかないのだし、長次もおそらくそういう意味で渡してくれたのだろうと思うと、友達には悪いが今回は遠慮願おうと思ったのである。
 しかし、この通り目の前ですよすよと寝ている男をどうしたもんか。雷蔵は思案する。
 声をかけるべきか、それとも自然と起きるまでそっとしておくか。びっくりさせてしまっては申し訳ないと思うのだけれど、このままだと団子が干涸びてしまうし。おいしいうちに味わいたいのは雷蔵だって同じだった。
 そうこうしているうちに時間は経つ。実のところ、雷蔵がやってきた所で寝ていた男は目を覚ましていたのだけれど、思案の海に落ちて行く姿があまりにも愛らしいため、思わず狸寝入りで様子を窺っていた。
 さてさて、今日はどれくらいかかるかな。夕食まではあともう少し。あまりに長引きそうならばこちらから起きている事を知らせるつもりだった。そうしていると、雷蔵は珍しく何かを決断したようで、その歩みを進める。

「三郎っ」

 頬を柔らかな感触が襲う。それが何を意味するか、すでに覚醒した彼には充分すぎるほど。
 ばっちり目を開ける。眼前に迫った愛おしい人。驚きのあまり裏返った声で名前を呼ぶと、へにゃりと眦を下げて、おはようと呟いた。

「中在家先輩からみたらし団子を頂いたんだ。皆に見つかる前に食べてしまおう」
「う、……ん」
「どうしたの?」
「いや、君は大胆だな。とね」
「いい目醒めだったろう」
「あぁ、とってもね」

【鉢雷鉢/お目覚めに愛をひとつ】



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