手渡されたシャンパンがグラスの中でキラキラ光る。

「ワイルドタイガーの復活を祝って」

目の前の男がこちらを見て、手にもったグラスを軽く掲げた。



少しだけ視線をずらすと、遠くにいるバニーを見つめる。
幾人もの女性の中心で笑顔を振りまくバニー。
その一帯だけ、眩しくてキラキラしてて、多分、俺はあそこに立つことはできない。



だから、だからこそ。
手の中のグラスに視線を落とす。グラスに注がれた時点ではきっと最高級の味だったであろうシャンパンは、今は怪しげな錠剤のせいできっと苦く不味くなってるだろう。
その薬の正体を、目の前の男の不敵な笑みの理由を知ってても、俺はそれを避けなかった。
視線を男の方へと戻す。

「ありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします」

俺もまた、グラスを掲げて、その液体を一気に飲み干した。



毒だって構わない。
バニーが一瞬でもこちらを見てくれるなら、毒だって何だって飲んでやる。










「なんであなたはこうも無防備なんですか!」

覚束無い足取りの俺を肩に担ぎ、バニーが俺をホテルの部屋へと押し込むと同時に耳元で怒鳴ってきた。

「あのスポンサーは要注意人物のリストに載ってたし、あなたは絶対に接触しちゃいけないってあれだけベンさんも釘さしてたじゃないですか!なのにあなたは!」

熱で覚束無い足で俺は何とかベッドにたどり着くと、倒れるように寝転がる。

「ちょっと!虎徹さん、寝ないで下さい。ちゃんと聞いてるんですか!」

聞いてるよ、という代わりに手を振ってやる。さっきから全身が熱っぽくて声を出そうとしても出るものは荒い吐息ぐらい。



事の顛末はこうだ。
俺たちの二部復帰後、俺がまだトップマグに所属していた時のスポンサーだった中堅の製薬会社が再び契約を結んでくれた。だが、その契約は間違いだった。当時、そこの社長が会社やヒーローTV主催のパーティーで、何度も俺にセクハラを仕掛けてきたのだ。アポロンメディアに所属した時は金額の問題でスポンサーに付かなかったのは風の噂で聞いていたが、二部での復帰で、以前より若干契約料の幅が広くなったことで、もう一度スポンサーになることが出来たらしい。
そのことに気付いてくれたのはベンさんだった。
一度契約してしまえば、規約違反が起きない限り契約を解除出来ない。向こうがどういった意図でスポンサーに名乗り出てきたのか分からないにしろ、以前のことがあるので、パーティー等でスポンサーと接する機会があっても、絶対にそこの社長とは接するな、とベンさんから指示が出ていたのだ。
だけど、俺は接触してしまった。
その社長がウエイターから貰ったシャンパングラスのうちの一つに小さい錠剤を落とした瞬間を、俺は見逃さなかった。まさか、それを誰かに飲ませるつもりじゃ・・・。自分か、はたまた他の誰かか・・・。自分ならなんとかかわせばいいし、後者ならさりげなさを装いつつ阻止するべきだ。適度に距離を取って相手を観察する。その社長は二つのグラスを手に、周囲を見渡し、俺と目が合うとこちらに近づいてくる。そして、その社長はなに食わぬ顔してそのシャンパンを俺に差し出してきたのだ。
ベンさんの話によると、その会社は裏でソッチ系の薬を製造・販売し、利益を上げているって言ってたから、多分命を狙う様な毒ではなく、そういう薬だったんだろう。
適当に話を切り上げてシャンパンも断って立ち去ろう、そう思っていた。だけど、見てしまった。



バニーが女性に囲まれて、楽しそうに会談しているところを。



時々、分からなくなることがある。
俺たちは仕事上の相棒で、恋人で、いつも一緒が当たり前で、いつも隣に相棒がいるのが当たり前だった。
だけど、時折不安になる。
俺は本当にバニーの隣に並んでいていいのだろうか?
場違いなんじゃないだろうか?って。
そうして、こんな風にバニーが同年代の女性と話している場面を見る度に、幾度と無く自分の立ち位置に疑問を感じずにはいられなかった。
周りの人は俺のことどう思ってるんだろう?
恋人だと言うことは公表していないにしろ、バニーを想っている人間にとって、俺は嫉妬と羨望の対象だろう。だが、もし俺がバニーの恋人だと知られたら、確実に俺は邪魔な存在にしかならないはずだ。それに、バニーの隣に立つべき筈の人間はバニーの同年代の美しい女性がふさわしい。なのにこんな髭の子持ちやもめのおっさんがあぐらかいて座ってんのもおかしな話だ。
そうして自分が本当にバニーの隣に並ぶべき人間なのか、分からなくなって、不安になってしまう。
あのキラキラした雰囲気の中に、足を踏み入れることを躊躇ってしまう自分がいる。
そんな自分の感情を心のどこかでバニーに気付いて欲しかった。



だから、そんな不安をバニーにぶつけるように、試すように俺は受け取ったグラスを一気に煽ってやった。



案の定、スポンサーと話していると、ものの十数分も経たない内に、薬の催淫効果によって全身が火照り、鼓動が早くなり、体がふらつき始めた。
大丈夫かい?ここのホテルに部屋を取ってあるから、そんなことを言いつつ社長が俺の腰に腕をまわしたその時だった。

『うちの相棒がどうやらご迷惑をお掛けしたみたいで申し訳ございません。こちらで介抱しますので、どうぞご心配なく』

いつの間にか駆けつけていたバニーが、俺の腰にまわされた社長の手を剥がし、自分の方に引きつけていたのだ。
何か言いたげな社長を無言のプレッシャーで押さえ込むと、俺を抱き抱えるようにして会場をあとにし、ロイズさんに適当に事情を説明し、会場となっているホテルで取ってもらった部屋に押し込んで今に至る。



そんなわけでバニーがカンカンに怒っているのだ。
そりゃそうだ。要注意人物のリストに載ってるあの社長の説明を受けてたとき、隣にバニーもいたし、その話を聞いてバニーが酷く不機嫌になってたことも覚えてる。だからこそ、あの社長が何を企んでいて、この後俺をどうしようか理解できるから怒っているのだ。それくらい、分かる。だって俺たちは恋人同士なんだから。

「一体何の薬飲まされたんですか?水飲んで、吐けるだけ吐いて下さい」

コップに注がれた水を渡されるものの、吐けといわれて吐けるもんじゃない。出来るもんなら勘弁してもらいたい。

「無理無理、飲んで時間経ってるもん」

とりあえず貰った水を飲み干してみるものの、体調が変わるわけもない。

「気分は悪くないですか?何か異変は?」

さっきまでの怒りの峠は越えたようで、今は不安の方が上回っているのか、心配そうにこちらを見つめている。
「動悸、息切れ、微熱・・・時折目眩、ぐらいだから休んでりゃすぐに治まるって。それより・・・」

さっき水を飲んだばかりなのに、すぐさま乾いてしまう喉で言葉を繋ぐ。

「それより、早く会場戻れよ」

そっぽを向いて、不機嫌そうな声で言えば、バニーが一つ、大きくため息を吐くのが分かった。

「こんな状態の貴方を置いて会場に戻る理由が僕には分かりません」
「お偉いさんとそこのお嬢さん達がお前のこと待ってんぞ」

さっきのキラキラした映像が瞼の裏にチラツく度に胸がチリチリと焦げるような感覚に襲われる。分かってる、これは嫉妬だ。女性に囲まれ笑顔で対応するバニーに対する嫉妬。そんで嫉妬に駆られてどうしていいのかわかんなくてこんな困ったちゃんみたいなガキくさいことしかできない自分が情けない。

「どうしても僕をあの会場に戻したいんですね?」
「そ、こんなおじさん放って置いて、バニーちゃんはパーティーの続き楽しんで来いよ」

素直に、傍にいて欲しい、なんて言わない。絶対に言ってやるもんか。

「分かりました。そうですよね、僕がいては邪魔ですよね」

バニーが俺がソファー代わりに腰掛けているベッドへ歩み寄り、俺の肩をトンと強く押すと、そのままベッドに押しつけられた。

「今からあのスポンサーと落ち合って、火照った体慰めてもらうんでしょ?」

すでに薬のせいで熱くなっている股間を、バニーが手のひらでぐりっと押さえてつけてきたせいで、思わず息を詰める。

「あれだけ接触するなって言われてたのに自分からホイホイ近付いて、あげく変な薬の混じったシャンパン一気飲みして・・・そんなにあの人に抱かれたかったんですか?」

薬のせいで只でさえ敏感になっている体をバニーが容赦なく攻めるせいで、腰元に一気に熱が集まる。

「貴方の異変に気付いて慌てて引き剥がしたけど・・・本当はあのまま向こうに付いていきたかったんじゃないですか?僕が良かれと思ってやったことが、貴方にとっては邪魔なことだったんじゃないですか?」

いつもよりワントーン低い声で攻められ、手の動きもだんだん激しくなってくる。服の上から的確に俺の弱いところを攻めて、でもイきそうなところではぐらかされてしまうからさっきから腰がびくびくと跳ねてしまう。

「あぁ、このままイってしまったらスポンサーに申し訳ないですね。じゃあ僕は会場に戻りますから」

バニーがそれまでの執拗な愛撫とは一変し、さっと体を起こし、離れていってしまった。そうして何事もなかったように涼しい顔で軽く身なりを整えると、機微返す。
これでいい。一瞬でもバニーは俺の異変に気付いて、傍にきてくれた。それだけでもう十分だ。後は、バニーは会場に戻り、俺は一人になったこの部屋で、薬でぐずぐずになった体を一人で慰めればいいだけだ。

なのに・・・

なのに、離れてしまった手の熱さが恋しい。あの手を誰にも渡したくない。

「・・・ばにぃ・・・」

体を起こしたくても、もう腰が細かく痙攣し力が入らない。なんとか呼びかけて、出来る限り手を伸ばす。

「・・・行く、な・・・バニー・・・」

振り返ったバニーに手を伸ばし、呼び止める。

「出てって欲しかったんじゃないですか?」

その言葉と冷たい視線に、一瞬ビクッと手を引っ込める。だが、その引っ込めた手をバニーが強く引っ張った。
「最初からこんな状態の虎徹さんを放って置いて、戻る気なんてないですよ!いい加減素直に言ったらどうですか、傍にいてくれって!」

引いた手は握りしめられ、倒れ込むようにバニーが覆い被さってくる。ずしりと感じたバニーの体は俺と同じくらい火照っていた。

「言えねーよ、そんなこと・・・」
「貴方がこんなことしなくても僕は虎徹さんのものですし、僕の隣に立つべき人は虎徹さん以外誰もいないんですよ」

欲しかった言葉をストレートに言い放たれたせいで心臓が止まるような気がした。

「こんな試すようなことばっかりして、そんなに僕のことが信じられませんか」
「試してなんかねーよ」
「試してたくせに。知ってますよ、あのスポンサーが薬入れるところを目撃したことも、それを知ってて一気のみしたことも。もちろん、その前に僕のことを見つめてたことも」

気付いてないと思ってたのに、モロバレ状態だ。

「気付いてねぇと思ってたのに・・・バニーちゃん・・・視力いくつだよ・・・」
「目が悪いとはいえ、眼鏡を掛けてればそこそこに見えますよ。といっても貴方は常に視界に入れるように心掛けてますから」

貴方が視界に入ってないと不安になる自分が嫌です、そんな風に事情気味に言い放つから、思わず笑ってしまった。
自分だけだと思ってたから。
こんなに不安になって試すようなことをしでかすのは自分だけだと思ってたから。
同じように自分のことを気にしていてくれた恋人の行動がどうしようもなく嬉しくて、バニーの背に腕をまわすとぎゅっと抱きしめる。一通り満足するまで抱きしめていると、バニーがそっと体を離し、まっすぐこちらを見つめてきた。

「もう一度質問します。僕はこのまま貴方を置いて会場に戻った方がいいですか?それともこの部屋で薬の効果が切れたとしてもお互いが満足するまで愛情を確かめ合う方がいいのか。僕はどうすればいいですか?」

分かりきった答えなのに、バニーはあえて俺に選択させ、言葉で伝えるように迫ってくる。

「言わなくったって分かるだろ?」
「貴方のようにずるい人にははっきりと言葉にしてもらわないと僕は不安になるんです」

拗ねたような口振りはどこか幼く、庇護欲が擽られてしまうからもうだめだ、降参するしかない。バニーの頬にそっと手を添え、その体温に心を決める。





傍にいて、朝までと言わず、これから先もずっと





プロポーズ紛いだな、なんて言ってから気付いて、そのままバニーに唇を強引に奪われたせいで言い訳が出来ないまま朝を迎えることになってしまった。





そうして、目覚めた朝、昨日の女性に囲まれていたときよりも、グラスの中のシャンパンよりも、多分俺が知ってい
るものの中で一番にキラキラと輝く笑顔でこちらを見つめていたから、悔しくて思いっきり蹴飛ばしてやった。















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