まぼろしの夢~⑮

何も出来なかった……誰もがそう思い言葉を発する事が出来ない。
やがて、この苦すぎる沈黙を破ったのは、以外にもなのはだった。

「ユーノ君がね…………助けて、くれたの」

なのはのこの言葉に、クロノもフェイトも耳を疑った。

「なのは…………?」
「なのは? 何、言って……」

クロノとフェイトには、なのはの言った言葉の意味が分からない。
そして、パネルの向こう側にいるユーノもその言葉が指す意味がなんなのか、分からなかった。
問い詰めようとするフェイトの動きを、ユーノが首を振って抑える。
時間だけが流れ、そして……
悔しそうに唇を噛み締める、なのはの表情が浮かんできた。
次から次へと、大粒の涙がなのはの頬を濡らしていく。
パネルの向こう側にいるユーノは、なのはを静かに見つめていた。

静かに注がれるユーノの視線を感じながら、なのはは言葉を紡ぎ出す。
「もう1人のユーノ君がね、助けてくれたの。
私のせいで、あのユーノ君は生まれたのに『何一つ悪くない』って言ってくれたの……。
ユーノ君と同じ声で同じ瞳で私を見て『絶望を希望に変える、変えることの出来る存在になる』って……」

地面に膝をつき、なのはは泣き崩れる。
クロノはなにも出来ずに立ち尽くし、フェイトはそばへと駆け寄りその肩を抱きしめた。
肩を抱きしめるフェイトの腕にしがみ付き泣き続けながら、ユーノに向かって言葉をこぼしていく。

「ねぇ、私……本当にそんな風になれるのかな?」

ユーノからの言葉は、期待していなかった。
それでも、なのはは言わずにはいられなかった。
あの言葉は、あの世界にいたユーノの言葉。
今いるこの世界のユーノが、あの世界のユーノと同じ想いを持っているとは限らない。
そう、思っていた。

ユーノからの答えが怖くて、なのはの手は無意識にフェイトの手を握る。
そんな中で、なのはの耳にユーノの声が滑り込んできた。
あたたかく陽だまりのような優しさに満ちた声が、
なのはの心を縛っていた恐怖をゆっくりと溶かしていく。

《……なれるよ。そう思ってる……ううん、そうなれるって僕は信じてるよ》
パネル越しから聞こえたユーノの言葉は、あの世界にいたユーノよりも強い言葉だった。
この言葉に、なのはは思わずユーノを見上げる。
そして、唇を震わせながらこう言った。

「あ、りがと……ユーノ君」
《…………気をつけて。僕もはやて達も元気な姿で戻ってくるのを待ってるから》

小さな電子音を最後にパネルは閉じられ、なのははフェイトに支えながら立ち上がる。

「なのは……帰ろう」
「うん」
ゴシゴシと涙を拭いて、気持ちを切り替える。
そして、そばでずっと見守っていてくれたクロノに向かいこう言った。
「クロノ君、ゴメンね。もう大丈夫」
「そうか……不本意な結果だが、これで任務完了とする」
クロノの声が響く中で、2人は声を揃え応えた。

「了解っ!!」

3人は、ミッドへ帰る為にその場から歩き出した。
ふと、なのはの頬を柔らかい風が吹きぬけ思わず後ろを振り向いた。

「? なのは? どうしたの?」

不思議そうに尋ねるフェイトに向かい、なのはは笑顔で首を横に振った。

「ううん、なんでもない。なんでもないよ」

そう言いながらも、なのはには見えていた。
あの小さな男の子と……
ロストロギアによって産み出された世界で生きていたユーノが笑顔で見送る、その姿が。
フェイトとクロノの背中を追いかけながら、なのはは2人に気づかれないよう小さく笑みを浮かべる。

それは、二度と逢うことのない彼たちへ。
なのはが唯一出来る事。

……旅立ちを見守り、彼たちへ祝福を授ける。
そんなあたたかさに満ちた微笑みを返す事だった。



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