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以下はほんのおまけの小話です。よろしかったらお読みください。





まんざらでもない



「なんで……まんざらでもなさそうな顔してるのよ!」
「どうしてといわれても」

 目の前の美女がこちらを睨みつけるも、それすら心踊る一因になっていた。
 俺だって男だ。美人に壁へ押し付けられて密着されたら嫌じゃない。
 しかもそれが知らない女ならともかく、俺たちはある意味知らない間柄でもないし、ましてやずっと気になっていた相手だ。まんざらでもないに決まっている。

 だが、この人にとってはそうじゃないみたいだ。

「貴方、婚約者がいるじゃない! その子が悲しむわ!」
「いるけど、別に、親が決めた相手であってそもそも親戚、向こうへ恋愛感情があるわけでもない」
「その上私は敵よ!」
「でも下手な味方よりずっと知ってる相手で、貴女と直接因縁があるわけでもないので」
「……なんなのこれは」
「さぁ、俺にも分かりません」

 どうやら彼女の予想とは違う反応をしてしまったらしい。政敵の娘とはいえ、彼女にまさかこのようなことをされるとは思いもよらなかったが、その上なにを望んでいるのかまで考えろとは。
 うん、婚約者を愛しているであろう男が敵対する勢力の女に壁へ押し付けられた時にしそうな反応といえば?

「はーなるほど。嫌がればよかったのか」
「……! そうよ! 嫌がってほしかったの!」

 パァッと彼女の表情が明るくなる。やっぱり他の人間よりよっぽどかわいい。
 けれど、本人はその魅力に気づいてないみたいだ。その魅力的な笑顔のままで頓珍漢な話を始める。

「私は、貴方に嫌がってほしいの!」
「なぜ? 他の人ではなく俺?」
「そうよ! だって貴方は私の好み……」
「ん?」

 口に手をやり「しまった」とでも言いたげな彼女を見て、なんだかモヤモヤした気分になる。
 へー、好みなんだ、俺って。なのにまんざらでもない反応は嫌で、嫌がってほしいってどういうことだよ。

「し、失礼しますわ!」
「待って」

 逃げようとした彼女の肩に手をかけ、ぐるっと回って今度は俺が彼女を壁に押し付ける。
 こちらから彼女に触れたのはこれが初めてだろう。布越しの肩の感触だけでも見た目以上に華奢なのが察せられた。

「逆にどうですか、この状況?」
「なっ、んで」
「俺は貴女から見て敵側で婚約者もいる男です。そんな男にこうされて、どうです?」
「……」

 嫌そうな顔をされる、ことはなかった。真っ赤になった顔を俯かせて恥ずかしそうではあったが、嫌ではなさそうだ。
 本当に嫌ならもっと暴れたり付きと飛ばしたり、睨んでもいいはずだ。なのに彼女は何もしていない。……まんざらでもなさそうである。

 ――――少しだけ、好みの異性にわざわざ嫌がられたいという気持ちを理解できた気がする。彼女が嫌がった顔を見たいと今思ってしまったから。
 ただ、だからと言って俺にそれをするのは身の程知らずと言えるだろう。

「困ったな。もっと嫌がってほしいのに」

 ひゅっと息をのむ音が聞こえた。今彼女の耳元で囁いたせいだろう。首から何からゆでだこのようになっている。
 
「こんなまんざらでもない顔されちゃあ、ね?」

 親の代から元々仲が良くなかった政敵と、ここまで拗れた原因は俺のしがらみを無視した求婚から始まったのを、彼女に教えるのはいつになることやら。少なくとも彼女に俺からの求婚は全く伝わってないようだ。
 家、婚約者も断ち切れる自由な立場のために、日々楽しくもない政争を続けているのに、この努力はなかなか報われないみたいだ。

「へ、へんたい!」
「変態なのは俺を壁へ押し付けて嫌がる姿を見ようとした貴女では?」
「うっ……」

 図星なのだろうか。言葉に詰まっている。実際こんなことをしてくる女は変態だろう。では、それを好きなこの俺は?

「ですが、されてみて、まんざらでもなかったので」
「ひえっ……」
「俺も変態でいいです」

 一瞬震えて、次第に泣きそうな顔になる。うーん、嫌いじゃないけど、笑顔の方が好きだな。
 別に強く押したつもりもない手を離すとヘナヘナと座り込んでしまった。あれ、自分としては微笑んでいたつもりだったが……俺そんなに怖かった?
 とっさに手を差しのべようとしたが、その手は払われる。

「……わ」
「え? なんです?」
「……やはり、貴方、私の好みですわね」
「さっき聞きましたが?」
「ふふふ……そうでなくては!」

 急に立ち上がるや否や、こちらを不躾に指差し、高らかに笑いだした。

「こちらも全力で挑まなければ、嫌がられるに値する女とならなければ!」
「嫌がらないですよ、大抵のことじゃ」
「たかが小娘と私を下に見てますわね……見てなさい!」
「言われなくとも、真正面からじっくり見てます」
「……まずは並び立つ為に、私も特に好きでもない婚約者を作るところから始めましょうか!」
「えっ?」
「体力もつけて、体感でも痛くて嫌な思いをさせられる女にならなくては!」
「はぁ?」
「次会う時には貴方に勝って恥辱にまみれさせてやりますわ! それでは!」

 何を言っているのだ、この女は。と口に出して呆れる間もなく彼女は去っていった。変態だ。

「ぷっ……くくく」

 好きでもない婚約者? そんなの作ろうものならこれまで通り全力で潰す。今までいないのがおかしいと気づいてなかったのか。そのせいで彼女の親にひどく恨まれてしまったのだが。
 体力もあの華奢な体格じゃどうにもならないだろうが、それでもよりこちらも鍛えなければ。

「はー……がんばろ」

 何故そこまで俺を屈服させたいのかは謎だが、なんだか楽しくなってきた。しかも無意識とはいえ、彼女もまんざらでもなさそうなことを知ってしまった。
 仮に屈服させられても相手が彼女では、またまんざらでもなさそうな顔になるだろうなと思い笑顔になる。今日の思い出はこれからのつまらない日々の糧になりそうだ。

(2023/9/25)



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