拍手ぱちぱちありがとうございます♪ TITLE: 春 宵
梅が咲いている。 開け放った窓から吹き込む春風がここまで届いてきた。 春宵のこと。かすかに梅の香りのまじる風は、夜が更けてもあたたかかった。数日前にはほんの少しの間とはいえ雪が降っていただなんて思えないほどあたたかい風だった。 それが、ひどく浮世離れしているような気がするのは春のことだからか。 跡部が振り返ると、そこにはもちろん窓の縁に手をついて外を見下ろす慈郎の後ろ姿があった。 「そんなのわかんないよ、取りあえず‥ここは跡部ン家なんでしょ」 12時-AM。 こんな時間に級友が突然、約束もなしに訪ねてくるということは、取りあえずは跡部にとっては常識の範疇外の出来事である。 それに、跡部の知らぬ間に自室に通されるだなんてことは今まであった試しがなかった。100歩譲って、家の者の取次ぎで今ここに居るのだとしても、コイツがこんな調子では‥。 「待てよ‥、わからねえ訳がねえだろうが。何にせよ、お前ひとりで入ってこれるほど簡単なセキュリティじゃ‥」 「だって、」 跡部の言葉をやんわりと遮って、続けた。 「その前に、俺、跡部の家の場所 知らないし」 だから、もちろん一人で来れるはずがないだろうと慈郎は言いたいようだった。ついでに、来た覚えもないと言う。 さらに言えばわざわざこんな夜中に跡部の家を訪ねて来る理由も、彼の様子から推しはかるに、持ち合わせていないようだ。 跡部は頭が痛くなってきた。 「つまり、来たことも含め、すべてに覚えがないと言いたいんだな?」 そんな訳があるか。 そんな話があるものか、と思いつつも些か投げやりにこう訊いてみると慈郎はくるっと振り向いて肩を竦めるようなジェスチュアを示した。 そのカオと仕草じゃ、どう見ても肯定の意じゃねえか。 「……」 跡部は、何かを言おうと口を開いたがそのまま空気を飲み込んだ。 困惑していた。柄にもなく。 本格的に頭が痛くなってきたような気がして、サイドボードに置かれた水差しからグラスへと水を注ぐと、それを一気に煽った。冷たいミネラルウォーターは、頭をスッキリさせてくれたけれど、今直面している問題はそう簡単には解決しそうにない。 NEXT PAGE...2 [more]をクリック★ |
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