「キルア、近い内に会えない?」
世界樹の前で別れてから数ヶ月、久しぶりの電話でそう告げると、すんなりとした返事がキルアから返った。
「会いたくない」
会えないと言われたのかと一瞬思って、ゴンは耳から脳へ入った声を反芻してから間抜けな声をあげた。
「え!? なんで!」
「なんでも」
会えないという返答がもたらされるかもしれないとは心のどこかで考えていたとしても、会いたくないと言われるとは正直全く考えていなかったことに気付いて、ゴンは情けない顔になる。
「……何か怒ってる?」
「何でだよ。何も怒ってないけど」
「じゃあ何?いつの間にかオレ嫌われてたの?」
「それ本気で訊いてんのかお前は」
「だって会いたくないってひどくない?」
「会いたくないもんは会いたくないんだよ」
繰り返されるとシクシクと冷たいものが心臓の周辺を蝕んだ。正直な話ゴンはとても会いたいと思っていた。それまでずっと、ハンターになってからほとんど全ての時間を行動を共にしていたから、数カ月離れていただけでもゴンにはおそろしく長い時間がキルアとの間に流れたように感じられた。会って話したいことは山ほどあったし、その顔を見たかったし、何よりも一緒にどこかへ行って一緒に何かを見て一緒に笑いたかった。
多少強引にでも約束を取り付ける気でいたので、会う気満々だったところにさらなる『待て』をし続けるのは自信がなかった。
「会えない理由でもあるの?」
「理由がいるならいくらでも挙げてやるけど、どうせお前はその理由をどかそうとすんだろうが。とにかくこっちは会いたくないの」
「だからなんで会いたくないのか言ってよ」
「だからなんでもだよ」
えーーと非難の声を漏らして、ゴンは諦めがつかずに居場所だけでも聞き出してやろうかと考えた。多分キルアはあちこち移動しているだろうから現在地だけ知ったところで探し当てるのは困難だと分かっていたし、こんな会話の後では教えてくれるわけもないのだろうと想像がついたけれど。
「オレは会いたいよ」
電話の向こうからは沈黙が返って、ゴンはシクシクとした冷たさが広がっていくのを感じる。そうしてなんだか、自分がひどい人間になったような錯覚を抱いた。今心の底から会いたいと思っているのは本当だったけれど、なんだか無為にキルアを困らせているような気がしてきた。今更キルアを困らせることに気が咎めるのもおかしなことかもしれなかったが、多分それこそがこの数ヶ月がもたらしたものなかもしれなかった。
キルアと離れてから毎日毎日会いたいなんてことを思っていたわけではない。多分キルアのことを思い出さない日だって珍しくはなかった。今これだけ会いたいと思っていることが本当でも、そいういう日々の蓄積が気を咎めさせている。
ごめんと思わず口をついて出そうになって、それは違うと感じたのでゴンは声には出さずに口をつぐんだ。
続いていた沈黙の上に、やがてキルアの声が聞こえた。
「お前と会うと辛くなるだろうから会いたくない」
ゴンは心臓の周りに広がる冷たさは多分寂しさと呼ぶものだと思い当たった。だったら多分自分はこれだけ会いたいと思いながらも寂しさは感じてはいなかった。会おうとすれば会えるものだと思っていたから。そんな自分のありようは、薄情と呼ばれるものに近いのだろうかと心の片隅に疑問が浮かぶ。
「色々、いっぱいいっぱいだから、お前に会ったらよけい余裕なくなりそうな気がするっていうか……」
先細るように言葉は途切れて、微かな息遣いに紛れるようにキルアは声を落とした。
「お前に会ったら一緒にいたくなりそうだから会いたくない」
それは今現在一緒にいたいと思っていると言ってるのと同じだとゴンは思ったが、そう指摘しようという気は起こらなかった。
じゃあ一緒にいたらいいという感情が起こっても、それをキルアの置かれた状況が許さないのだろうと理解していた。アルカには戦闘能力がないと聞いているし、ゴンの行動に彼らを巻き込むわけにはいかず、ゴンは自らの行動を何も起こさずにいることなどできるわけがないと分かっている。
「オレは会いたいよ、キルア」
「うん」
こつりと撥ね返すような相槌の後で、ふっとキルアが笑う気配がした。
「何回言っても変わんねえよ。言っただろ、お前は二の次なの。オレはアルカが大事なんだから、お前に会ってる暇ねえんだよ」
「そんなぁー」
ゆるがせにできない優先順位を、別れ際あの場所で聞いていた。ゴンはなんとなく上を仰いで、小さく吐息を漏らす。
「彼女じゃなくて妹さんにキルアとられるとは思わなかったな。っていうかむしろ彼女に友達とられた気分だけど。彼女ができた途端友達より恋人優先する友人って絶対こんなんだよね」
軽くキルアの笑う声がして、もしかしたらとゴンは考える。もしかしたらこれだけ会いたいと思っている自分よりも会いたくないと口にするキルアの方が、会いたいという気持ちが強いということがあるものだろうかと。自分の内の思いを省みればそんなわけはないという気がしたけれど、でももしかしたら、会わずにいる間お互いを思い出すことは、ゴンよりもキルアの方が多かったのではないかとなんとなく思った。
「またメールも電話もするからさ」
「うん」
「じゃあそろそろ切るな」
「うん」
いつ頃になったら会えるのかなとか再会できるのはどんな場所でなんだろうとか、すぐには会えないと承知しても会いたいという気持ちは収まらずに喉元に鬩いでいたけれど、ゴンはさすがに無益な言葉を口にすることはせずに短く頷いた。
「元気でね」
すべての願いを込めた言葉に、キルアはお前もなと軽やかに声を返した。









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