※「ジャズドロー」設定、初めてちゃんと喋った小十佐
定休日である水曜の午後、一応本業としている商売道具である画材を買い込んで佐助が店に戻ると、
下ろされたシャッターの前に立っている小十郎がいた。
「あれ?片倉さん」
佐助が声を掛けると、小十郎は振り向いて安堵したように笑ってみせた。
「どうも。今日は定休日だったか」
「そうそう、片倉さんとこも?」
「ああ」
今日は初めて会ったときよりくだけた話し方をするな、と佐助は思った。そっちの方がいいな、とも。
何より意外と優しい笑い方をする。そこで佐助も負けじとフランクに、かつ親しみを持って話を続けた。
「もしかして、ウチにご用で?」
「ああ、ここは自家菜園用具も扱っていないかと」
一瞬佐助は耳を疑った。自家菜園?この強面の兄ちゃんが?
驚いて固まっていると、小十郎が不思議そうな顔をしてちょっと首を傾げた。
その動作もどこか可愛くて、似合っていなくって、何となく吹き出しそうになった。
「あ、ごめんごめん。もっちろん、花も野菜も武田花店におまかせあれ、ってね。
今日は休みだけど、こないだ美味しいお菓子いただいちゃったし、片倉さんには特別。今鍵開けるから」
そう言うと小十郎は、すまねぇ、と微笑んだ。
その笑顔があまりに完璧だったものだから、佐助は心底驚いた。
気付かなかったけど、この人、実はすっげー顔整ってね?と今日何個目かの新しい発見をする羽目になった。
薄暗い店内に入り、小十郎が入り用の商品を佐助が見繕っている間、何故か客人は内装ばかりに見入っていた。
画家の端くれである佐助が趣味がてらに施した花や幾何学模様が、花屋の白い壁に極彩色を放っている。
主人や幸村も気に入ってくれていて、若い女性のお客にも評判がいい。しかし、小十郎の趣味ではなさそうだ。
佐助は声をかけるでもなく、小十郎が壁という壁に視線を泳がせているのを何とはなしに見ていた。
「これは、あんたが?」
「うん、まぁ一応、ぼちぼち絵のお仕事もやらせてもらってるんだよね」
「…粋だな。うちにも欲しい」
またも佐助は小十郎の発言に面食らった。
綺麗な笑顔といい、自家菜園といい、絵の趣味といい、今日は本当にこの男に関するサプライズが多い。
「まさか気に入ってくれるとは思わなかったよ。こんなんでよければいつでも描くよ」
「丁度内装を変えたいと思っていたんでな、本当に頼むかもしれねぇ。あまりいい礼はできんが」
「気にしないで、お隣のよしみじゃん」
それよりこのへん一式どう?と、佐助は当初の目的であった商品を並べた。
小十郎はそれらを気に入ったようで、その後小一時間ほど主に野菜の栽培や肥料、添え木の話で異常に盛り上がった。
花屋で働く佐助と張るほど、小十郎の知識はかなり豊富だった。それに、話が上手い。
聞き上手だし、それに知ったかぶりをせず、知らないことはどんどん吸収する。
話題の膨らませ方や、相づちのタイミングまで完璧だ。
そして、かなりの美声である。ジャズをやるというのだから当然かもしれないが、聞いているとうっとりとするような低く甘い声だ。
流石は元大企業の秘書、と佐助は感心しきりだった。この出で立ちと話上手って、落ちない女はいないんじゃないかと純粋に男として尊敬した。
折角だからと昼食がてらに何か作ると佐助が提案すると、小十郎が手伝うと言った。
料理までできるのかと佐助はもう何度目か知れない驚きを今度は素直に表現した。
「ほんと、意外性に富んだお人だよ」
「それはこっちの台詞だ」
狭い台所で男2人肩を並べパスタを茹でながら、小十郎は佐助への感想を率直に吐露した。
「ただの派手な髪したバイトかと思ったら絵描きで、料理もできるときてる。おもしれぇ」
佐助は何だか照れくさくなった。たぶん、自分も面白い男だと思った相手に同じ感想を抱いてもらえたから、認められたような気分になったのだ。
「そういえば、まだちゃんと名前を聞いていなかった」
「ああ、そっか。佐助です。猿飛佐助」
「佐助、か」
「片倉さん、下の名前何なの?」
「小十郎」
「いやに古風だねぇ。もしかして十男坊?」
「いや、長男だ。姉が一人」
「お姉さんの名前にも十がつくの?」
「姉は喜多だ」
「へえ、ふふ」
小十郎との会話はとても凪いでいて、佐助はひどく落ち着いた。
いつも必要以上に熱く、煩い男たちに囲まれているから余計にそう思うのかもしれない。
流れる空気の隙間から、淡く消えそうな色彩が滲んでいるように見えた。
佐助は生来、形のないものに色を見つけるのに長けていた。
もしも音楽家である小十郎も、この空間に音の一片を見出していたとしたら、きっとこの先長く付き合っていけるだろうと
佐助は麺を湯切りしながら思った。
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