|
「なぁ、今夜のは積もるんじゃねぇか!?」
「いやー、そんなに降るかぁ?」
「積もるに決まってんだろ!明日は合戦だな!」
「はぁ!?お前、1人でやってろよ」
はしゃいだ声が聞こえる。
「おい宗次郎!お前も見てみろよ」
頭の上で大声を出されて、肩を揺すられて、僕は目を開いた。
視界に飛び込んだのは、酔っぱらった原田さんと深々と降る雪だった。
「わぁ…雪?」
多摩にいた頃よりも見る機会の減った雪に、僕は思わず身を起こした。
「そうだ、雪だ!こいつはきっと、積もるぜ!」
機嫌よく笑う原田さんは、縁側で胡坐をかく永倉さんと藤堂さんの方へと歩いて行く。
「積もると、お洗濯大変なんだけどなぁ…」
「寝てろ」
呟きながら、大部屋の一番奥に敷いた布団から出ようとすれば、
すぐ傍の襖にもたれかかった土方さんがぴしゃりと一言で制した。
「少しだ―」
「駄目だ」
「………」
お願いする言葉さえ耳を傾けてもらえず、僕は頬を膨らませて土方さんを睨む。
少しくらい、見せてくれてもいいだろうに…そう視線で訴えると、それが伝わったらしく、
土方さんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せて睨み返してきた。
(そんな顔ばっかりしてると、そのうち元に戻らなくなるんだから)
そう思いながら、耐え切れずに顔を逸らして布団に潜り込む。
すると、土方さんは大仰な溜め息をついて、捲れていた布団をしっかりと掛けなおしてくれた。
「お前が、離れの部屋は1人で寒いからって言って、この部屋に来たんだろ?」
…その通りだ。小さいながらも一応、僕の部屋は与えられている。
だが、離れにあるその部屋は冬はとてつもなく寒いのだ。
寒さと孤独感の相乗効果で耐えきれず、数日前から僕はこの食客部屋で就寝していた。
人のいる暖かさと、1人ではない安心感から、この部屋では安心して眠ることができる。
「………」
「だったら、ちゃんと寝てろ。子供が風邪を引くと面倒だ」
布団の上から僕の頭をぽんぽんと叩きながら、冷たい言葉をさらっと言う。
確かに僕が風邪を引くと長引くことが多いから、迷惑を掛けてしまうのかもしれないが…
もう少し、優しい言い方はできないのだろうか。
僕は息苦しさを我慢して、布団を被ったまま、瞳を閉じた。
「おい宗次郎!お前も見てみろよ」
どこかで聞いたような台詞で、目が覚めた。
…そうだ、昨日の夜、原田さんが同じこと言ってた。
眠い目を擦りながら外を見れば、そこは銀世界。
未だ降り止まぬ雪が、どんどん大地の色を消してゆく。
縁側へ行こうとした僕は思わず、隣の布団で寝ているはずの土方さんを見やる。
こちらに背を向けた布団の中の肩は規則的に上下しているから、きっとまだ寝ているのだろう。
安心した僕は布団から這い出て、並んでいる食客一同と若先生の隙間から外を見た。
そこにある井戸も小さな池も何もかもが、純白で覆われている。
こんなに積もった雪を見るのは、姉上と一緒に過ごした最後の冬以来のことで…
ふいに昔を思い出してしまった僕は、少し複雑な気持ちで雪を見つめた。
「いつまで降るのかな…」
「…昼頃には止んでくれないと、稽古に来ないもんがいそうだな」
藤堂さんの呟きに苦笑交じりに答えた若先生は、
そうは言うものの雪が好きな様で、どこか楽しそうだ。
「なら、昼まで降ってたら、今日は合戦に変更だな!」
「はぁ!?1人でやってろよ、下らない」
「なにおぅ!?戦場で石つぶてを投げると思えば、いい訓練だろうが!」
「…あ、ちょっと!サノ、お前、朝から酒飲んだな!?最後の酒を…!!」
「何だとっ!?」
酒に話題を移した3人が騒ぐのを苦笑交じりに見ていると、
急に寒さを感じて、僕はぶるりと震えた。
布団の上に置いたままの夜着を羽織ろうかと踵を返せば、
布団の中からこちらを見ている土方さんと目が合った。
何時の間に起きていたのだろう…
怒られるのを覚悟して歩いていくと、不意に土方さんが布団の端を上げた。
入れ、という事だろうか。
途惑った僕が足を止めてしまうと、「早くしろ」と土方さんが呟いて、
僕は慌てて布団の隙間に滑り込んだ。
まだ目が覚めてからいくらも経っていないのだろうか、
土方さんもその布団も、外気に触れた僕にはとても暖かく感じる。
うっかり二度寝してしまいそうな心地よさを、僕は頭を振って堪えた。
それを見ていたのだろう、土方さんが笑った吐息が聞こえて、隣を見る。
特に怒りも優しさも表していない、とにかく端整な顔が僕を見ていた。
「…土方さんは、雪が嫌いなの?」
「別に、嫌いじゃねぇさ」
何か含むものがある風でもなく、淡々と言う。
「ふうん…じゃあ、どうしてみんなと一緒に見ないんですか?」
「…ここから見ている方が、よほど面白い」
「ここから?」
そうだと頷く土方さんに首を傾げると、僕はうつ伏せになって両手で頬杖をついて外を見た。
…降っている雪と隣家の木は見えても、他に何も見えない。
「…縁側で見た方が楽しいよ」
土方さんはそう漏らした僕の頭をくしゃくしゃに撫ぜると、もう一度寝ろと言った。
確かに、こんな日は洗濯をしても乾かないだろうから、明日にした方が賢明かもしれない…
自分自身にそんな言い訳をしながら、僕はうとうとと夢に誘われていった。
土方さんが、夜着を羽織ったまま呆と雪を眺めている面々の後姿を面白がっていたのだと知り、
本当は雪が好きなのだと知るのは、それから何年か経ってからのことだった。
|