歩いていて、なぜか知っている道だと思った。
この焼肉屋の次には八百屋。
古いアパート2軒の間に路地があり、奥にはいじめっ子が住んでいた。
ああそうだ。
ここは事故まで住んでいた街だ。

確かに、ここにクリーニング屋があった。
こんなきれいじゃなかったけど、きっと改装したんだな。
そして蕎麦屋。
生そばが右から書かれているのがどうにも理解できず、いつも「ばそなま」ってなんだ?と思っていたのだった。
ここのショーウィンドーには埃をかぶった招き猫がいて、見るたび目がぎょろりと光る気がして怖くて仕方なかった。
が、さすがに往時の猫はいない。
ここも改装したようだ。
確か銭湯があったはずだが、どこにあったかは覚えていない。

そうだ。この道の商店はここで終わり、しばらくアパートが続いたはずだ。
その先にしもた屋があり、そこを左に曲がると小さい癖、車がよく通る道があった。
歩道も信号も横断歩道もない道を20メートルほどびくびく進むと路地があり、そこに入ると平屋の県営住宅の並ぶ一角。
小さな庭庭に花が咲き乱れるのを眺めながら歩くと、おれの家があったはず。


だが、アパートはみな4,5階建てのビルに代わっていた。
まあ、時代だな。
と思いつつ歩いていくが、しもた屋がない。
何度か行きつ戻りつして、それらしき場所が駐車場になっているのに気が付いた。
そして、そのすぐ先に片道2車線の大きな道路ができていた。

景観が変わったのは、こいつのせいか。
道路というのは不思議なもので、幹線道路のわきにはびっしりとビルが建つから、1本入ったところにこんな景色があるとはだれも思うまい。
あんな昭和丸出しの商店街が残っているなんて。

苦笑しながら道を渡る。
昔は子供たちが歩くすぐわきを、大きな顔をした車が猛スピードで通り過ぎたものだ。
雨の日など、悲惨だった。
大きな水たまりが道のあちこちにあるのだから、車が来ると傘を道に向けて差したものだ。
でないと泥水だらけになってしまうとわかっていたから。

ここだろう、と思って入った道に、だが密集した県営住宅の連なりはなかった。
代わりにあったのは古ぼけた団地。
唖然としながら団地を回ると、ある場所に県営第5住宅と書いてあった。
ということは、あの美しい庭をすべて均してこの無味乾燥した団地を作り上げたのか。

では、おれの家は。


団地の奥から細く伸びた数本の道のどこかをたどれば往年の家が建っているのかもしれない、と思った。
だが俺は元来た道を帰ることにした。
あの家が残っているにせよ、無いにせよ、どの道あの時は失われたのだ。
あの家にはもう誰も残っていないのだから。



そんなことより、依頼だ、依頼。
そう心に言い聞かせつつ歩きながらも、子供の頃の情景が芋づる式に思い出された。
県営住宅の小さな庭で、いつも草むしりをしていたおばあさん。
家の外に置いた床机に座ってお茶をすすりながら道行く人を眺めていたおじいさん。
ちいさな鞘を付ける白い花は、根元を吸うと蜜が甘かった。
鞘の中の豆は芥子粒のように小さかったが、噛むと日向びた味がして、よく噛んでは『おなかを壊すわよ』と母にたしなめられた。
俺の顔より大きかった牡丹の花。
菊の鉢植えが自慢だった家。
吼える犬が怖くて遠回りした日々。



遠くにスーツ姿の男が見えた。
すぐ道を曲がったので一瞬見えただけだったが、あの歩き方には見覚えがある。
まさか。

次の瞬間、俺は現実のみを追いかける、いつもの俺に戻っていた。



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