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この男は突然来る。
いつも突然だ。 車だったり、タクシーだったり、バイクだったり、徒歩だったり。 来る時の足も様々なので、音で聴き分けることもできない。 ただ、ノックが響く前に奴だ、とわかる。 多分、足音に患者特有のせわしなさがないからだろう。 俺のもとを訪れるのは、急患が多いから。 穏やかに響くノックの音に 「開いているよ」 と返す。 「いつもながら不用心な家だな」 と言いながら入ってくる男は、旅先から直接来たようだった。 ほんの少しくたびれたスーツ。 旅行鞄。 「お前さんの家だって似たようなものだろう」 と席を立つと、カバンを置いた男が俺に向けて両手を開いた。 なぜだろう。 俺は男のこのしぐさを見るとその間に招かれているのだと思ってしまう。 まるで俺のために開けられた空間なのだと。 ソファから立ち上がり、男の近くまで寄り、だが1歩前で立ち止まる。 「何の用だ、キリコ。懺悔か」 あと1歩前に進んでいればいがみ合わずに済むのに、どうしてもそのまま飛び込むことができずに憎まれ口をたたくと、そのままの格好で男が苦笑する。 「相変わらずだな」 ともう少し広く開かれた腕を見て、もう1歩進むと、男の体臭に包まれる。 あ、日本にいなかったな。 包まれるとわかる。 1週間も異なる調味料ばかりを使っていると、人の体臭は変わるのだ。 風呂に入っても、歯を磨いても、体の中から上る匂い。 キスする前の違和感を、この男からはよく感じる。 キスしてしまえば、抱き合ってしまえば俺と混ざり合い、どこにあったかさえ分からなくなってしまうのだが。 死の匂いを嗅ぎつけることもある。 死に匂いなんてあるのか、と思う向きもあるだろうが、あるのだ。 たとえば診察の時に患者の呼気を嗅ぐことがあるけれど、あれは体内から病気の匂いがすることがあるからだ。 死を間近にした病人からも、独特の死の匂い、としか言えないものが漂う。 その中で俺は反発し、いつもあがき続けるのだけれども、男はそれを自然に纏う。 それを嗅ぐたび俺はむちゃくちゃに腹を立て、男の体に別のもの、例えば俺の匂いをこすりつけたくなる。 2人しかいない時は、すぐにでも。 |
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