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すごい女に会った。
桑田このみという女医だ。 初対面の俺に言った言葉が 「あなたって冷酷でクールでメスの鬼で吸血鬼でフランケンシュタインでロボットで氷人間! そうなのオ」 だ。 「おっしゃるとおりだ」 と答えると大笑いをした挙句 「じゃあ同類ね、握手しましょう。あなたとあたしとは同類」 と手を差し出す。 かなり酔っているのは明白なので手術のミスでもあったのかと思ったが 「なにいってんのよ! 生まれて一度だってミスなんてしたことないんだから」 と啖呵を切り 「あたしはね、ミスじゃなくてメスよ」 とか何とか言いながら騒々しく帰っていった。 不愉快な女だ、と思った。 人が静かに飲んでいるのに、と。 だが飲むうちに彼女のことが気になっていった。 桑田このみ、か。 俺の名前をあだ名につけられたと言っていた。 多分彼女も冷酷でクールでメスの鬼で吸血鬼でフランケンシュタインでロボットで氷人間と言われているのだ。 きっと理解者もなく、一人ぼっちなのだろう。 俺のように。 桑田このみはそれなりに有名人だったようで、勤務先はすぐにわかった。 患者の手足をためらいなく切ることができるのでブラッククイーンというあだ名がついたのだと言う。 明日はクリスマスイブか。 念入りに靴を磨き、タイを整え、街に繰り出した。 途中の店のショーウィンドウにふと目を留め、入る。 宝石や高価すぎるものを贈っても戸惑われるだろうが、髪飾りくらいならいいだろうか。 彼女なら金製のこんな奴が似合いそうだ。 昨晩手紙を書いた。 俺のあだ名をつけられた彼女へ。 医者は冷静でいなければならないし、それが時には冷酷に映る。 だが私ならあなたをわかってあげられるかもしれない。 同じ医者同士、付き合ってみませんか。 そんなことを簡潔に書いた。 口から出たら陳腐な言葉も、手紙に託せば大丈夫な気がした。 プレゼントと手紙を手渡して、今日は去る。 彼女に気があるなら連絡をくれるだろう。 奇しくももうすぐクリスマス。 一年で一番独り身が寂しい季節だ。 つまり、俺も少し寂しかったのかもしれない。 病院に着き、彼女を探し。 プレゼントと手紙を渡そうとして始めて、俺は彼女の尋常でない雰囲気に気づいた。 思い詰めた顔。 恋人がいたというのもショックだった。 だがそれよりショックだったのは、恋人の足は切れないという彼女の嘆き。 医者の診断に恋人もイカの頭もない。 重症ならなおさらすばやく切るのが相手のためではないのか。 その踏ん切りがつかない彼女はメスでなくミス(女)だ。 彼女を眠らせ代わりにオペをしながら、俺はピノコのこと、本間先生のこと、俺がオペした沢山の人々のことを思っていた。 悔しい思いをしたこともある。 階段にへたり込んで嘆いたことも。 この思いを誰かと共有することはできないのだろうか。 脳裏のどこかで長い銀髪がさらりと揺れたような気がしたが、患部に集中するうち消えていった。 『ブラッククイーン』 |
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