化け物と双子


 その森には、ずっと昔から、化け物が棲みついていた。
 深い深い森の奥。木々が密集し、縦横無尽に枝が伸び、鬱蒼と葉が生い茂り、数歩先の前方もしかとは見渡せず、朝だろうが昼だろうがほとんど陽も射さない、暗くて不気味な森のさらに奥、人間などが踏み込むことすら難しいその場所で。
 醜い異形の化け物は、ひっそりと生息していた。
 森の近くの里の住人でさえ、その姿を目にした者はいない。当然だ、目にした時はすなわち自分の命が消える時──化け物に出会ったその瞬間に、その者はあっという間に呑まれて喰われてしまうのだから。
 だから、化け物がどんな姿をしているのか、実際に知っている人間などは存在しない。けれど間違いなく、化け物は森の中にいる。それだけ判っていれば十分だ。
 化け物を恐れる里の住人たちは、幼い子供ですら、絶対に森には近づかない。そしてそれはまた、里のしきたりであり、掟であり、禁忌ともなっている。何があろうと、森には近寄らないこと。ましてや、入っていくなど、とんでもないことだと。
 ──五年に一度やって来る、「お鎮めの日」 以外は。


          ***


 そろそろ、またあの日がやって来るのか、と、化け物は暗い気持ちで考えた。
 五年に一度、年のはじめの、「お鎮めの日」。
 一体、いつからそんな厄介な決まりが出来てしまったものか。化け物はとうに、自分の齢を確認すること、そして、ただ無為に過ぎてゆく日々を数えることに対する努力を放棄してしまったので、はっきりしたことは判らない。
 しかしとにかく、この百年……あるいは、二百年くらいの間、森の近くの里人たちは、きっちりとその日を忘れず、娘をこの森の中に送り込んでくる。
 化け物への供物とするために。
 供物である。生贄である。捧げられるのは、若く美しい処女、という決めごとがあるらしい。以前、化け物を前にして泣き喚く娘から、なんとか聞きだしてみたところでは、贄とされるのは、年頃の娘たちの中から籤引きで決まる、ということだった。
 なんと愚かなことだろう。死ぬことを前提に、ということなら、せめて供物の対象にするのは、もっと齢を取ってこの世になんの未練もなくなったという老人にでもすればいいではないか。
 身を捧げるのなら若くて綺麗でおまけに純潔の乙女がいいに決まっている、などとは、まるっきり底のほうに人間の基準が透けて見えて気持ち悪い。つまりそれを決めた人間……きっとスケベなヒヒジジイみたいなのが、「自分に捧げられるのならそりゃ若くて可愛くて男も知らないような女の子がいい」 などとニヤニヤしながら思ったに違いないのである。ちょっとばかり化け物側に偏見があるのかもしれないが、でもそんなには事実と遠くないであろう。
 これから、恋を知り、夫や子供を持って、幸せな人生を歩む予定だった──夢と希望をたくさん身の裡に抱えた若い娘を犠牲にし、その涙と悲嘆を見ないフリ聞こえないフリでやり過ごして、ただ自分の平穏な生活のほうを優先させる、なんて。
 ……人間とは、なんと愚かな。
 化け物は暗澹とした気持ちになりながら、しかしどうするすべもなく、気の重い 「お鎮めの日」 の客を、ただ待つしかない。


          ***


 そしてその 「お鎮めの日」。
 森の奥深く、化け物の住処へと送り込まれた供物の人間を見て、化け物はこれまでで最も絶望的な気分になった。
 今回の供物は、二人もいたのである。しかも、子供。
 どう見ても、十歳を少し超えたくらい。どちらも似たような顔をして、似たような背格好をしているから、姉妹か。白い着物を着せられ、しっかりと互いを抱くようにして身を寄せ合う二人の子供は、自分たちの前にそびえたつ化け物を見上げ、蒼褪めた顔でぶるぶると震え続けている。
 こんな幼い子供を生贄にするとは。そこまで、里の人間たちの心が荒み、腐りきっているとは。あの場所にはもう、踏み越えてはいけない境目を見定める存在すら、ひとつもなくなってしまったのか。

「──逃げなさい」

 残っていたわずかな希望の光さえ真っ黒に塗り潰されていくような心持ちで、化け物は重々しい声を喉の奥から絞りだした。
 化け物の声は、それがどのような意図のもとに発されたものであろうと、口から出た途端、濁って掠れただみ声になる。まるで、腹を減らした獣の呻きにも似たその声に、二人の子供たちが揃ってびくりと大きく身じろぎした。
 姉妹の目が最初から据えつけられているのは、化け物の頭部。そこには、ぐにゃりと歪んだ角が生えている。どんな動物の角とも形状の異なるその角は、少し突いただけで、簡単に子供の小さな身体など吹き飛ばせそうなほど太く重く、そして子供の柔い肌など容易く切り裂けるほど先端が鋭く尖っている。
 鋭く尖っているのはそこだけではなく、化け物の指からにょっきりと長く伸びた爪もだ。丸太のような腕は刃物も通さないほどに硬い鱗状のもので覆われ、顔と身体にはびっしりと灰色の毛が生えている。大きく裂けた口からは牙が覗き、瞳は闇をものともせずに爛々と黄金色の輝きを放つ。
 どこを見ても、どの部分をとっても、人間と重なることはない、異形の者。
 怯えるのは当たり前だ。化け物自身も、この身の醜さおぞましさはよく心得ている。ただの人が、自分のこの姿を見て、悲鳴を上げ、顔を引き攣らせ、一目散に逃げ出していくのは、無理もないことなのだ。
 これまで、「お鎮めの日」 に供物としてやって来る娘たちの中には、化け物を目にした途端、正気を失ってしまう者もあった。それほどまでの恐怖だったのだろう。こんな化け物に嬲り者にされた挙句喰われるのは耐えられないと、その場で自害してしまう娘もいた。贄となる娘たちは、そのための小刀を白い着物の懐内に持たされている。
 せめて化け物の話を聞いて欲しかったのに、彼女たちは、それさえも拒絶した。

「逃げなさい」

 しかしこんな幼い子供たちまで、狂ってしまうところも死んでしまうところも、化け物は見たくなかった。今までだって、決して見たくはなかった。化け物は、誰の死も、不幸も、望んではいなかった。
 望んではいなかったのに。
 余計なことを口にすれば子供たちをもっと怯えさせてしまう。かといって、近づくことも出来ず、化け物はその場でじっとしたまま、同じ言葉を繰り返すしかなかった。ああ、もっと、優しい声が出せたなら。もう少し安心させてやれるような表情が出来たなら。どうして、自分は、どうして。

 ──どうして。

「ヌ……ヌシ、さま」
 二人の子供のうちの一人が、震える声を出した。
 今にも消えてしまいそうなか細い声。すっかり血の気の抜けきった白っぽい顔色で、同じ場所に立ち尽くしていた子供が、ようやく思い出したというように、膝をつく。それに倣うように、もう一人もぎくしゃくと同じ動きをした。
「……ヌ、ヌシさま、た……たいせつな 『お鎮めの日』、わ、若い娘ではなく、このような、こ、子供を差し出され、ご不快、ごもっともなれど……」
 頭を地面につけて、おそらく里の者たちに、このように言えと指図されたのだろう口上を、たどたどしく述べる。ふたつの小さな頭が、並んでぺったりと下げられる光景は、ひどく哀れだった。
「こ、今回、供物となるべき娘が、急に、お、重い病に罹り、病魔に冒され穢れた身に成り果てましたゆえ、い、いたしかたなき仕儀にて、代わりの娘を……ま、まだ、少々、年齢が足らず、ヌ、ヌシさまにおかれましては……」
 代わりの贄となった経緯を、本人に説明させるとは、惨い仕打ちとしか思えない。化け物は居たたまれず、わずかに視線を落として、もう一度、「逃げなさい」 と繰り返そうと口を開きかけた。
 が、その時、口上を述べていた子供ではないほう、もう片割れの子供が、ぱっと顔を上げた。

「おそれながら、ヌシさま!」
 高い声は、そちらも震えていたけれど、凛とした響きがあった。

「本当の供物は私でございます! 長から、ヌシさまの許へ向かうよう、言いつかったのはこの私! もう一人のこの者は、余分なオマケでございます! 邪魔なこいつはさっさと帰らせて、存分に私を喰ろうてくださいませ!」
「え……」
 化け物がその言葉を咀嚼する前に、今まで口上を暗唱していたもう片割れの子供が、びっくりしたように目を真ん丸にして、またもぱっと顔を上げた。
 上げた途端に、怒鳴りつけた。
「あんた、なに言ってんの?! オマケはそっちでしょ?! あれほどあたしがダメって言ったのに、ついていけなきゃ死ぬの殺すの火を点けるのと物騒なことばかり言うから、しょうがなくここまで来るのを認めてあげたんでしょ! ヌシさまに会ったらあんたはすぐ里に戻るって約束、忘れたの?!」
「そんな約束、した覚えない! お前こそ、口上の務めを果たしたならさっさと帰れ! 供物は一人で充分だ、このニセモノが!」
「いや、おまえたち、ちょっと……」
「何がニセモノよ! あんたのほうこそニセモノじゃないのさ! 同じ顔した双子だからって、同じ格好すれば入れ替われると思ってたんでしょ! あんたって昔からそう! 考え方が浅くてバカみたいに単純で!」
「なに言ってんだ、実際同じ格好したら、長のやつだってどっちがどっちだかわかんなかったじゃねえか! 双子なんだからどっちも同じ味に決まってる! そういくつも同じもの食べたらヌシさまだって飽きるだろうから、お前は帰れって言ってんだ!」
「ちょっと待ちなさい、話を……」
「あんたとあたしじゃ、あたしのほうが美味しいに決まってる!」
「性格のきついお前なんて、絶対苦くて辛いに決まってる!」
「話が逸れて……」
「男のくせに!」
「ペチャパイのくせに!」
「待て待て待て!」
 二人がとうとう取っ組み合いの喧嘩を始めたところで、化け物は慌てて中に割って入った。爪で傷つけないように、細心の注意を払って揉み合う子供たちを引き剥がす。
 鱗に覆われた腕が間近に迫ってきたことで、子供たちはぎょっとしたらしく、ようやく諍いをやめた。渋々のように手を引っ込め、再び姿勢を正して地面に座る。しかし腹立ちは収まらないようで、お互いぷいっと反対方向に顔を向けた。
 同じ姿をしているので、左右対称の画を見ているようだ。さすが双子。姉妹……ではなく、一方は男の子であるのだったか。どちらが上なのだろう。
「その……」
 険悪な雰囲気を醸し出している二人を前に、なんとなく化け物のほうが居心地が悪い。遠慮するように声を出したら、子供たちが同時にこちらを向いた。
「……その、まずは、ちゃんと話を聞きたいのだが、いいだろうか?」
 化け物の言葉に、双子は目をぱちくりさせた。


          ***


 双子は、リンとレン、と名乗った。
 口上を述べたほうの女の子がリン、こちらが姉。そしてもう一人のほうが弟のレン。どちらも同じ顔をして、同じ背格好、同じ着物を着て、どちらも同じように肩の下くらいまでの髪を後ろにひっつめているから、黙っていればまったく見分けがつかない。口を開けば、年上風を吹かせた喋り方をするほうがリンで、きかん気の強い喋り方をするほうがレン、と判るのだが。
 そして口を開けばこの双子は、すぐに喧嘩になる。とはいえそれは、「仲が悪い」 というわけではない、ということは、人と交わらない化け物でも気づいた。
 聞けば、もともと供物として選ばれたのは、リンのほうであったらしい。選ばれた成り行きは、表向きには口上どおりだ。すでに籤引きで供物となる役目を負うことが決まっていた娘が、急な病を患い、その代役となった、と。

「病なんて、そんなもんがウソだってこと、みんなわかってたけどさ」

 レンが、白い着物から伸ばした足を地面に放り出すようにして座り、呆れたように言って、木の実にかぶりついた。リンもレンも、化け物が差し出した赤い実を、怪しむでもなく訝しむでもなく、むしゃむしゃとよく食べた。気を廻す知恵がないというより、それだけ空腹だったようだ。よくよく気づいてみれば、二人とも、ぺったんこのお腹をして、腕も足も棒のように細い。里は今、そんなにも食料が足りていないのだろうか。
「籤引きの時、長のやつ、真っ青になってたもんな。まさか自分の娘が当たり籤を引くとは、思いもしなかったんだろ」
 長は近隣でも美しいと評判のその長女を、昔から溺愛していたのだという。娘の代わりになる誰かを探そうとしても、もちろんそんなものを受けてくれる家はない。強硬に出ては、里の昔ながらの掟を長みずからが破るのか、と反発をくらうことは必至だ。今後の供物選定にも支障が出る。
「それで、目をつけたのが、あたしってわけ。怒るような親はいないし、そもそもあたしたちは里の厄介者だもん、都合がよかったんでしょ。この際、年齢のことは目を瞑ろうってことになってさ」
 供物の娘は重い病に罹ったため、仕方なく代役にリンを。横紙破りなそのやり方を、長は権力に物を言わせて押し通した。
「……それを止めようという大人は、誰もいなかったのか」
 化け物の疑問に、双子が揃ってあっけらかんと首を横に振る。
「いるわけない。みんな、自分のとこの娘が無事ならいいんだから」
「今日は朝からみんな、やけにあたしたちに優しくて、そんなことはじめてだったから、かえってキモチ悪かったよ、ね?」
「…………」
 リンとレンはけたけた笑っているが、化け物の気持ちはどんどん沈んでいく一方だ。この様子を見れば、幼い頃に二親を亡くしたという双子が、これまで里の中でどのような立場に置かれていたのかくらいは推し量れる。してみると、二人の貧弱な体格は、不作などが理由というわけではあるまい。

「それで、これからどうする? 里に戻るか?」

 化け物が訊ねると、双子はきょとんと目を瞬いた。
「……さっきから思ってたんだけど、ヌシさまには、おれたちを喰おうって気はないのか?」
 レンの問いに、ゆっくりと頷く。
「私は、人など食べない。そもそもこの身はあまり食物を必要としないのだが、生存するには、この森の中にある木の実や茸だけで充分だ。湧き水もあるし」
「じゃあ、どうして、供物を捧げるよう里の者に命令す……なさるのですか」
 くだけた話し方のレンとは違い、リンのほうは精一杯丁寧な言葉遣いをしようと努力しているのが感じられて、微笑ましい。双子とはいえ、やはり姉は姉ということか。
「私は、供物など求めたことはない。これまでに、一度もなかった」
「じゃあ、どうして」
「さあ……どうしてだろう」
 目を伏せて、悲しげに呟く。
 化け物にも、さっぱり判らないのだ。


          ***


 昔……遙か昔には、化け物は、別の土地で、自分の仲間と一緒に暮らしていた。もう記憶も曖昧になりつつあるが、同じ姿をした他の 「化け物たち」 と、穏やかで、優しい日々を送っていた。
 それが、一人減り、二人減り、少しずつ仲間がいなくなり、気づいたら残っているのは化け物だけになっていた。変化していく環境に適応できなかった、ということなのだろう。化け物の一族は、生物として世界から淘汰されたのだ。
 自分が死ねば、きっとその時が、種の滅亡だ。そう思って待ったのに、なぜか、どういうわけか、化け物だけは死ななかった。一人残って、そのまま生き延びてしまった。
 この外見で、人間たちと共存できるとは思っていない。身を隠すようにして森の奥まで逃げ込んで、それ以後、ひたすらじっと死を待っている。
 静かに静かに、ただその日が来るのを、焦がれるようにして待っていただけだというのに。
 いつの間にか、化け物の存在が人間に知られた。彼らは怖れ、怯え、決して近づいては来ないが、化け物を 「森のヌシさま」 と呼んで崇めた。きっと、正体の判らぬ異形の生命体、と思うよりも、そうやって敬う対象にしてしまったほうが、精神的に楽だったのだろう。
 そして人間たちは、ヌシさまが暴れないように、里を襲わないように、勝手に供物を捧げ始めた。
 どうかお鎮まりください、と。
 化け物には、これっぽっちもそんなつもりはなかったというのに、これまで一度たりともそんなことはしなかったのに、人間はやっぱり化け物の存在を黙って許容することは出来なかった、ということだ。災厄をもたらすと一方的に決めつけて、自分たちの恐怖心から逃れるために、同胞を差し出すことを選んだ。
 それでも、森にやって来た娘たちに、化け物はちゃんと言ったのだ。逃げなさい、と。自分は供物など必要とはしていない、ただここに、朽ちていくまでここにひっそりといられればそれでいいのだから、と。
 ──なのに、誰も聞いてくれない。
 娘たちは、化け物の姿を見て、泣き叫び、発狂し、自ら命を絶ち、やみくもに逃げ出して、森の中を彷徨い、やがて死ぬ。
 どうして、と聞きたいのは化け物のほうだ。

 どうして自分は、何もせずに一人存在することすら、許されない?


          ***


「だから、私にはお前たちを食べる気などない。早く森を出なさい」
 化け物の言葉に、リンとレンは顔を見合わせた。
「里に戻るか?」
 その問いには、ぐっと唇を結んで、同時に首を横に振る。
「戻っても、もうあの里にはおれたちの居場所はない。長にも、どうして逃げ帰ってきたんだって怒鳴られるだけだろうし」
「もともと、あんなところ、いたくなかった。レンがいるから、いろんなことにガマンしたけど。もうちょっと大きくなったら、あたしなんて売られていたかもしれないし」
「よく殴られたしな」
「レンは殴り返してたけどね。そのおかげで、余計にひどい目に遭ったりしてさ」
「リンだって、男たちにちょっかいかけられて股間を蹴飛ばしてたじゃないか」
「あれはキモチよかった」
 そう言って、二人であはははと明るく笑う。過酷な環境の中で、幼い子供たちは、それなりに逞しく生きてきたのだと、化け物は眩しいものを見るように目を眇めた。

 ──自分とは比べ物にならないほどの、強さ。

「では、他の里を探すといい。入ってきたほうと反対側から出れば、長には見つからないだろう。この森は迷路のように深くて複雑だから、私が外の近くまで案内しよう」
 化け物はのっそりと立ち上がった。
 本当なら、自分も森の外に出て、二人の子供たちが安心して暮らせるような場所を探してやりたいが、そうもいかない。化け物の姿を見たら、人間たちがどんな反応をするか、イヤというほどよく知っている。
 リンとレンはもう一度お互いの顔を見合わせた。
 言葉は出さないのに、同時に頷く。双子というものは、口にはしなくとも、お互いの意思の疎通が出来るらしい。
「ヌシさま」
 リンがくるりと顔を向けてくる。
「あたしたち、このまま、ここにいたいんだけど」
 化け物は目を大きく見開いた。まさかそんな答えが返ってくるとは思いもしなかったので、大いに焦った。
「何を言ってる、そんな──」
「平気だよ、おれたち、自分が食べる分くらいは、自分で調達するからさ。森の中の動物を狩ったらバチが当たる、って言われてたけど、ヌシさまがこの森のヌシさまってわけじゃないなら、別にいいんだろ?」
「そういうことではなく、おまえたちのような子供が、このようなところで」
「里に戻るよりは、ずっといい。ヌシさまは、あたしたちのこと、殴ったり、踏んづけたり、無視したりしないでしょ?」
「うん、そうだ。おれたちの話も、ちゃんと聞いてくれた」
「しかし、私はこんな化け物で」
「ヌシさま」
 リンとレンが、同時に口を開いた。
 ひた、と視線が据えられる。
「人のほうが、化け物になることも、あるんだよ」


          ***


 双子は、本当にそれから森の中で化け物と一緒に暮らしはじめた。
 罠を作ったり、狩りをしたり、リンとレンは抜群の相性を発揮して獲物をとり、よく食べ、よく喋り、よく笑った。それはもう、化け物のほうが困惑してしまうほどに。
 森の中は陽が射さなくて暗いままなので、それでは子供の身体によくないだろうと、化け物は必死に頼み込んで、一日のうちのいくらかを二人を森の外に出したりもした。最初のうちは出口まで送り、戻るまでじっと待つということをしたが、すぐにそんなのも必要なくなった。リンとレンの双子は物覚えが良く、適応力も優れていたので、あっという間に森の中を把握してしまったのだ。
 森の外に出て、双子が何をしていたのか、化け物はよく知らない。いずれそのうち人が恋しくなってそのまま戻って来なくなるだろうと思っていたのに、そんなこともない。どこかの里で遊んだり、働いて小遣い銭をもらったり、口にはしないがどうやらちょっぴり悪いこともしたりして、双子は必ずまた森の奥の化け物の許へと自ら帰ってきた。
 ヌシさま、ただいまー、と元気いっぱいに。
 ハラハラしたり、心配したり、不安になったりの連続だったが、双子のほうは化け物との生活に、なんらの問題も見出さないらしかった。
 こんな毎日が続くはずがない、すぐにまた一人の静かな暮らしに戻るだろうと自分自身に言い聞かせながら、半年経ち、一年経ち、二年が経って。
 ──現在、だいぶ肉がついて、背も伸びてきた双子は、化け物の角を枕にし、化け物の鱗に覆われた腕にぴったりと寄り添って、ぐうぐうと眠っている。
 その温かさと、気持ちの良さそうな寝息に、化け物の心はどうしようもなく震えた。

 目を閉じたまま、レンが言う。
「ヌシさま、大丈夫だよ。おれたちはそう簡単には死なないよ」
 くすくす笑って、リンも言う。
「あたしたち、死ぬまでは、ヌシさまのそばにいるよ」
 双子はそう言って笑い、声を揃える。
「だからそれまで、生きていてね」
 化け物の目から、涙がひとつぶ落ちた。



 次の 「お鎮めの日」、捧げられた供物の娘は、森に入ってから、すぐにまた里に戻された。
 娘は狐につままれたように首を傾げながら、里の者たちにこう言った。
 同じ顔をした二人の 「ヌシさまの遣い」 が現れて、笑いながら追い返された、と。

 ──ヌシさまはもう幸せだから、あんたは要らない、ってさ!




       (2017.9.22 拍手御礼申し上げます。)






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