からん‥ころん‥
と、下駄が鳴る。
ゆらぁり。
と、目の前を影が横切る。
ひらり。
と、袖が舞う。
ぽぅっ
と明かりが灯る。
誰もいないその場所で。
‥会いたい‥‥。
会いたい‥。
‥‥‥‥我が恋しき君‥。
‥‥会いたい。
‥‥‥逢 い た い。
「牡丹灯籠」
王と言う名の医師の元で、出会ったその人は、
小柄な身体に不釣り合いな程大人びた表情を、
違和感なく浮かべて、 丁度新次郎の目の前にあたる位置に立っていた。
その目元からは、その人の聡明さが伺われ、
またその立ち姿には、どこにも隙などなかった。
武道をたしなむ人間ならどんなに初心者でもすぐに気づくであろう程の
強さをその身にたたえた人。
例えるなら月のような。
例えるなら水のような。
美しく、強く、理知的な。
だが、そんな賛辞も、結局後付けの理論ではないだろうか。
と新次郎は思う。
あの人に初めて出会った時、自分は何を考えていただろうか。
何も考えられなかった。
ただ、ふと手が伸びた。
美しき華を見た時にそうするように。
自然と手が伸びた。
新次郎の手がその肌に触れるかというその刹那、
その人はぱっと身を翻し、新次郎の手は空を掴む。
同時にその人の纏う空気が、新次郎を牽制したが、
誰も知りはしないだろう。
鉄扇の裏に隠されたその頬がうっすら朱に染まっていた事を。
会いたい。
昴さんに会いたい。
会いたいです、昴さん。
昴さんに会いたい。
話がしたいです。
笑ってください。
少しだけ、触れても良いですか?
隣を歩きながら、ぼくはこっそり手を繋ぎますから、
駄目なら叱ってくださいね。
自分は剣術を少しばかり学んだだけの若造に過ぎず、
あの人は公家の出身だ。
恋仲になろうなど、身分違いも甚だしいと知りつつも、
止めれぬ思いを持て余す。
こんなに恋しい思いをどう捨てろというのだろう。
あんなに胸がときめいたのは初めてだった。
こんなに、何かを望んだことも初めてだった。
昴さん。
好きです、昴さん。
もう会うことすら敵わぬ相手と知りながら、
新次郎は未だその人のことを忘れることが出来ずにいた。
そんなある日のことだった。
「からん‥ころん」
と、小さな小さな下駄の音が聞こえたのは。
その静かな音は、まさか‥と思う。
昴さん。
期待をしすぎてはいけない。
期待をしては、後が悲しくなるのだからと、わかっていても、
胸のときめきは止められず、
「昴さん!」
ついに家を出て、その人の姿も確認せずに声をかけると、
つい今し方自分の家を通り過ぎたばかりであろう、紫の着物の人は、
ゆっくりと振り返る。
新次郎の姿を確認すると、紫の着物を着た愛しい人は、微笑みながら彼の名を、
「新次郎」と優しく呼んだ。
その笑顔は今までのどの表情とも似つかない余りに無垢な笑顔で。
「昴さん、どうしたんですか?こんな夜中に。」
羽織っていた上着を昴の肩に掛けながら尋ねると、昴は淡々と、
だが、僅か甘えるように、 僅か誘惑するように、 一歩新次郎に寄って
「君に逢いたくなって‥ね。
提案‥いや、君に頼みがあるんだ。
昴は、盆の間だけ、ここに来ても構わないだろうか。
今日と同じ時間、僕はここにやってくる。
君の部屋で君と共に過ごし、空が白む前にこの家を出る。
理由は聞かないで欲しい。
勝手な願いだが、
どうか、聞き届けて貰えないだろうか。」
昴さんが‥うちに泊まる??
朝が明ける前には帰るってことは‥‥。
いくら鈍感な新次郎でも、ここまで率直な誘いに気づかない筈もなく。
「昴さん‥良いんですか?自分が何を言っているのかわかってますか?」
今なら、まだ間に合いますと、確認をするが、昴自信は、「僕はそれを望んで居るんだよ」と
また先のように笑うのだった。
それから幾晩か経っただろうか。
日に日にやつれていく新次郎を心配した周囲の住民が彼の家を覗き、
彼のおかしな行動を見つけてしまった事で物語は一気に転がっていく。
毎晩毎晩、骸骨を相手に情事をくり返す新次郎。
彼にそういった趣味がないことは明かで、ならば、彼の奇行は、
何かに誘導されていると考えるのが普通だ。
そして、運悪く同時期、昴の死が少しずつ街中に漏れ始める。
周囲の友人、彼の上司は、彼の衰弱の原因が昴のせいであることを突き止めると、
新次郎に「昴は幽霊だ。もう二度と会わない方がいい」と諫めるが、彼は、
それに耳を貸そうとなどしない。
律儀で、丁寧で、正直で、頑固な彼の思いは変わることがなく、
だが、それでも、皆、彼を失うわけにはいかなかったのだ。
だから、それが彼の望んだ物でなかったとしても‥と、
友人や彼の上司は、彼に内緒で、彼の家に札を貼り、結界を作って彼を守ろうと決意した。
そうするしかなかったのだ。
それが、今、彼の望むところでなかったとしても。
「からん‥ころん‥」
と下駄がなる。
「新次郎‥僕のことがいらなくなったのかい‥‥君の幸せを祈ってるよ」
昴は、結界の貼られた家を見ると背を向けて、静かに元来た道を戻る。
「からん‥ころん‥」
と下駄がなる。
まるで、お百度参りのように、毎晩、毎晩、彼の家の前に来ては、
新次郎の幸せだけを祈って帰る昴。
‥会いたい‥‥。
会いたい‥。
新次郎‥‥。
けれど‥昴は‥‥君の幸せを願ってるよ。
「からん‥ころん‥」
昴のそんな痛ましい姿に、同情を禁じえなかったが、それでも、新次郎を連れて行かれるわけにはいかないのだと、皆が思った時‥‥
何の運命のいたずらか、強風が吹いて、その札を剥がし、同時に寝間着のままの新次郎が、
「昴‥さん?」と愛しい人の名を呼ぶ。
『‥会いたい‥‥。
会いたいです、昴さん‥。
貴方に会いたい。
好きです。好きです。昴さん。』
『会いたかったよ。僕も君に。
新次郎‥‥。
君に逢いかった。』
そのままその日を境に新次郎は消え、
その後、昴の墓を暴くと、昴の骨を抱きしめるように、重なり合うように、新次郎がそこには入っていたという。
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拍手有り難う御座います。
今回のテーマは夏らしく「怪談」ということで、
新昴版牡丹灯籠、パラレルSSです。
新次郎の身分や、札の下りを初め、
公式設定はかなり無視されてますが、
新次郎と昴さんなら、こんな感じになるんじゃないかなぁというのを
詰め込んでみました。
この話を書くに当たって、久しぶりに牡丹灯籠を呼んでいたら、
主人公が新三郎という名前だったりして、非常に萌えました。
よく似たお名前です。そんな与太話。
今回の拍手は、全部で6種類(SS、イラスト共に3作ずつ)です。
夕城は古典怪談をメインに、睦月は現代都市伝説をメインにしています。
宜しければ他の物も見てみてくださいねv
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