拍手ありがとうございます!そのひと押しが励みになります(^^) 次元は濡れた窓ガラスを透かして、暗い空を見上げた。 久しぶりに踏んだ日本の地では遅い台風が上陸し、テレビのニュースは台風情報一色だ。嵐の中に立つリポーターを3、4人見て、テレビを消した。 人声が絶えたのが物足りなく感じ、埃だらけのレコードを引っ張り出してきて、かけた。いつのものだろうか、気怠く流暢な英語が呟くように流れ出した。 時たま、唸り泣き叫ぶ風が軋みながら動く古いレコードの音を引っ掻くようにして消してしまう。 陰鬱な日だ。 カタカタと揺れるレコードからは甘い旋律が次々と流れ、煙草の煙と混じって消えていく。掠れた男の声が、ありふれた恋物語を歌い続ける。 ――見送った恋人の背。共に過ごした日々は帰らない。 見送った背。薄物の和服に包まれた背はすらりと伸びて、陽光の向こうに消えて行った。 一際高く風が唸り、窓ガラスが激しく揺れた。 次元はソファから立ち上がり、窓に向かった。 窓を打つ雨が滝のごとく流れ落ち、風景は奇妙に歪んで見える。 ふと笑い声が漏れた。 どの道、外の景色など、雨に霞んで見えはしない。 指に挟んでいた煙草を唇に戻し、カーテンを引いた。布を一枚隔てただけで、外の出来事が遠ざかる。 再びソファに体を投げ出し、目を閉じる。 ――思い出すのは指に絡まる長い髪。あの人は今、何処で何をしているのだろう。 しなやかな長い黒髪。 あの男は、今、何処で。 脳裏を掠めた思いに、自嘲の笑みが浮かぶ。 馬鹿げた感傷だ。 啜り泣く風に感情を喰われたか。切ない調べに思考をさらわれたか。 体を起こし、レコードを止める。 こんな日は、ラブソングは聴かないものだ。 テレビを点ける。明るい表情のアナウンサーが、台風の通り過ぎた地域についてはきはきと報じている。 暗い日は、過ぎようとしていた。 →Next:Side G |
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