ステップ・ファミリー  6







土方は走る。
普段、廊下は走るなと学級委員の如く言う土方はこの日はいない。目を丸
くしている隊士に構うことなく、只管銀時を目指した。

最初は同情だった。
一人ぼっちの子供。喋れず、深い闇を抱えた子供。
可哀相だと思った。

「銀時っ!」

あれほど怒っていたのだ、土方の声が聞こえても返事などするはずがない。
子供の足でそれほど遠くへ行っているとも思えない。屯所内にいるのか、
それとも外へ出て行ってしまったのか。

同情が愛情に変わるのに、それほど多くの時間は要しなかった。
頼られるのが心地よかった。触れる体温が愛しかった。
それをどうして手放せると、断ち切れると思ったのか。

「―――っ、はあ。くそっ、どこ行きやがった」

傷つけた。
大きな目から流れる涙を思い出し、胸がちくりと痛む。まだ泣いているのだ
ろうか。小さな体を更に小さくして、一人泣いているのか。
思うだけで胸が締めつけられる。

―――施設へ行ったら慰めることも、抱き締めることも出来ない。

近藤の言う通りだ。
離れてしまえば銀時は一人で耐えて、そして泣くのだろう。
「馬鹿野郎」
忌々しげな声は誰でもない、自分に向けたものだ。
幸せになって欲しいと思っていたのに、あんな顔をさせてしまった。誰より
も幸せになる権利が銀時にはある。そのためだったら、土方はきっと何で
もするだろう。

屯所内も、その周りも必死になって探したが銀時は見つからない。まさか
また、と肝が冷えるような可能性が頭から離れない。
気がつけば、山崎たち他の隊士が土方に加わっていた。

「山崎。お前等は仕事に戻れ。これは俺個人の問題だ」
「そんなわけにはいきません。銀時くんは俺等にとっても大事な存在なん
です。仕事のことでしたら大丈夫です。探しているのは、休憩時間の者だ
けですから」
「・・・悪い」
「水臭いこと言わないで下さい。銀時くんが可愛いのは何も副長だけじゃ
ないんですから」

山崎の言葉に周りの隊士も頷く。
一人で何もかもやろうとしていた土方の肩の力が抜けた気がした。銀時
はもう真選組の立派な一員なのだ。その居場所を土方は奪おうとした。
弱さだ。
土方の弱さが、銀時を手放そうとした。
もっと強くなりたい。人を一人背負っても揺るぐことのない強さを手に入れ
たい。

「本当に、どこ行ったんでしょうね」
「そう遠くには行ってないだろうが。……そうだ、もしかしたら―――」
土方の頭にある光景が浮かんだ。それは昔、よく二人で行った場所。
「あそこか」
「あっ、副長!」

土方が目指すのは屯所近くにある小高い丘。非番の日に、今より幼い銀
時を連れて行った。舗装されていない道が危ないからと背負って歩んだ。
一緒に行かなくなってどれだけ経つだろう。仕事が忙しくなったから、もう
一人で行けるから、理由なんてあってないようなものだ。

「―――銀時」

果たして、銀時はそこにいた。
どれだけの時間ここにいたのか、泣き疲れて眠る銀時の顔が夕陽に照ら
されている。
その隣にそっと膝をつき、涙の残る目尻を撫でた。

「うっ―――うぅん。………ひ、じか……た?」
「ああ」
「何で―――」
まだはっきり覚醒していないのだろう、ぼんやりと土方を見上げる銀時を
見て笑みが零れる。しかしすぐ土方はその顔を曇らせた。

「ごめんな」

土方のいきなりの謝罪に、銀時は大きく瞬きをして体を起こす。少し寝癖
のついた柔らかい髪へ伸ばそうとした手が、乾いた音を立てて拒絶され
た。
「―――っ、な、何がごめんなんだよ!俺を捨てることか?それとも、追
い出すことか?謝ったって、どうせ俺は施設に行くんだろ!」
「銀時」
「触るなっ!!何で俺を連れて来たんだよ!病院で会った時、どうして放
って置いてくれなかったんだ!そしたら知らなかったのに……知らずにす
んだのに………」

止まっていた涙が溢れ出る。ぼろぼろと落ちる雫を拭おうともせず土方を
睨む。
どうせ捨てるのなら何で温もりを与えた、銀時はそう言っているのだ。一
度知ってしまった優しさを忘れられず、何度も求めてしまう。もう、そんな
もの貰える筈ないのに。

「ごめん」
「謝るなっ!!俺のことはどうでもいいんだろ!……いいよ、もう。俺のこ
と邪魔だって言うんなら出てってやるから」
「嫌だ」
「………へ?」
「嫌だ。出て行かないでくれ」
「お前……何、言って………」

出て行けと言ったり、出て行くなと言ったり、銀時が混乱するのも無理は
ない。その混乱ごと土方は銀時を抱き締めた。
小さな体は驚きに強張ったが、土方は腕を緩めることをしなかった。

「銀時、ずっと俺と一緒にいてくれ」

「………ひ、じか…た?」
「出て行けなんて言って悪かった。傷つけて、泣かせてごめん。もうあんな
こと二度と言わない。だから、俺の傍にいて欲しい」
「―――嘘だ。俺のこと邪魔になったって言った時の土方の目は本気だっ
た。嘘言うな」
「……それがお前のためだと思った。一緒にいたらお前が危険に晒される。
いや、それはただの言い訳だ。俺が、苦しみたくなかった。自分の弱さを受
け入れられなくて、お前を遠ざけようとした」

「訳、分かんねぇよ」
「そうだな」
ごめん、と背中に回した手で髪の毛を撫でた。今度は拒絶されなかった。
「土方は弱くなんかねぇ」
「弱いよ。お前を守れなかった。そんな自分が嫌だった。……こんな情けな
い奴だけど、一緒にいてくれるか?」

抱き締めていた体を顔が見れる距離まで離す。涙はまだ止まっていない。
それを親指の腹で拭う。
「泣かないでくれ。お前に泣かれると、俺はどうしていいか分からない」
「俺のこと、嫌いになったと思った」
「そんなこと絶対ない。お前が俺のこと嫌いになっても、俺はお前が好き
だ」
「嫌いになんてならないよ!俺、俺だって、土方のこと……その、す、好き
だから。じいさんになるまで一緒にいてやるよ」

「ありがとう」

銀時だけに見せる蕩けるような笑みで、土方はもう一度銀時を抱き締めた。









銀時の涙が止まるのを待って、二人は戻ることにした。陽も沈み、辺りは薄
暗くなっている。
「銀時。ほら」
「え?」
「危ないからな」
土方は銀時に背を向けてしゃがむ。その意味を正確に読み取った銀時は、
満面の笑みで背中に抱きついた。
その温かさに口元が緩むが、それを見れる者がここには誰もいない。

「よっと。お前を背負うのも久しぶりだな」
「重くない?」
「全然。軽いもんさ」

その重さが幸せなんて今まで気づかなかった。
「俺、強くなる。土方が心配しなくていいくらい強くなる。稽古ももっともっと
やって、今度は俺が土方を守ってやるぜ」
「そうか、そりゃ頼もしいな」

でも、と土方は心の中で続けた。
でも、そんなに急いで強くならなくてもいい。守らなくてはいけない、とそれ
を理由に傍にいれるから。
おかしな話だ。少し前まで一緒にはいられないと悲壮な覚悟までしていた
とは思えない。

「俺大きくなったら真選組に入る。それで、皆を助けてやるんだ」
「―――………そうか。ならお前が入隊するまで頑張らないとな」
「そうだぜ。潰されるようなヘマすんなよ」

頭の上から銀時の楽しそうな声がする。
銀時が真選組に、そうなればこれ以上嬉しいことはない。自分が造り上げ
たものを、銀時が継いでくれる。
それはなんて幸せなことか。

しかし、銀時は幼い。これから行く先には無限の可能性が待っている。
真選組はその中の選択肢の一つにすぎない。
いつか、銀時の方から土方の手を放す日が来る。その日は笑って見送るこ
とが出来るだろうか。
雛である銀時の巣立ちの日は、きっとすぐやって来る。

「土方」
「うん?」
「俺、土方のこと大好きだ」

「………ああ、俺もだ」

そのいつかの日を、想像しただけでうるっときてしまったのを誤魔化すように
土方は笑った。こんな風では当分子離れ出来そうにない。

この二人の好きの間には微妙な差異があるのだが、幸か不幸か鈍い土方
が気づく気配はまだない。








一先ず終わり











  




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