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(No.14)

□ 幸せ運ぶ桜色 □







「あ、止んだ?」

傘の下から空を見上げた。

大好きな蒼い空ではない灰色の空に、それでも僅かに蒼さを見つける。
先ほどまでぱらぱらと降っていた雨の音が聞こえなくなったこともあり、傘の位置をずらしてみてから、改めて空を振り仰ぐ。
そうやって、傘を差すほどではない雨に変わったのだという事を確認すると、水を払って傘を畳んだ。

傘を下ろし、大きく息を吸い込む。
水の香りと、緑が芽吹く香りがして自然と頬が緩んでしまう。
そんな深呼吸の後、そろそろ完全に散ってしまうのだろうなと見やるのは、緑の葉の方が多くなった桜の木。
今年も満開に咲き誇った桜はその花びらの多くを既に地面へと落とし、桜色の絨毯を辺り一面に広げていた。
晴れていればもっと素敵だろうなと思ってしまう光景に、思わず小さな苦笑を零したが
まあ、それでも今年の桜は十分に堪能したのだけれどと、苦笑いを直ぐに笑みへとなのはは変える。

「お疲れさま、また来年もよろしくね?」

ゆっくりと歩み寄り、桜の木の根本まで来れば幹に触れ労いの言葉を掛ける。
濡れた幹にぺたぺたと触れていると、ぽつっと頭に感じた冷たさと僅かな感覚。

それは、雨滴と共に落ちてきた桜の花びらで。

手を伸ばし、ひょいと手に取ってみた。
そして、しばし手のひらの上で言葉通りの水々しい淡い色を堪能すると、そっとその花びらも足下に広がる絨毯の一部へと。

なのはは、トレードマークである栗色のサイドポニーをふわりと舞わせて踵を返し、桜の木の側からまたゆっくりとした歩みで離れて行き。
そして、蒼い瞳を別の緑を芽吹かせた桜の木へと向けたかと思うと、ツィと直ぐに手元へとその視線を下ろす。

「そろそろかなー」

下りた先で蒼がその視野に捉えたのは、腕にした時計。
針は、待ち人が言っていた時間の近く。
待たせる事なんてそうそうしない人だから、あと少し。
静かに高鳴って行く胸の鼓動。それをにゃはははと笑ってから、傘の先で地面を一度こつんと叩いて誤魔化した。

風が吹き、雨滴と共にひらり舞うあと僅かな桜の花びら達。
無意識に、手のひらを上にして、なのははそっと手を差し出していた。
けれど、まるでその差し出した手を避けるように、花びらは舞い落ちて行く。
それで、ふと思い出すのは、幼き日の思い出とおまじない。
くすりと口元に浮かぶ笑み。今度はどうかなと、ちゃんと自らの意志でもって再度手を伸ばそうとしたその時。
視界の端を舞う桜の花びらへと、耳を掠めるようにして後ろから手がそっと伸ばされた。

――誰?

なんて驚くこともなく。
白くて長い指先に花びらが触れたのを見つめ、それから器用にその花びらを手の内へと収める少し大きな手を眺める。
なのはは、少し後ろへと身体を傾けた。体重は支えずにその傾きに任せたまま。

ぽす。

なんて、その身体がそのまま後ろへと倒れずに収まったのは、背後にいつの間にか現れた優しいその人の胸元辺り。

「おつかれさま、フェイトちゃん」
「うん、お待たせ。なのは」

少し振り返ってそう伝えるとくすくすと、心地よい音色で笑うフェイトが居て。
するり、腰へと回される腕。その腕がなのはの身体をしっかりと支えれば、次いで眉尻にキスをされた。

「んっ。――ちょっと、フェイトちゃん?」
「大丈夫、誰も居ないから。それよりも、なのは、手」

こんな場所でそんなことしてと、なのはが言葉だけの非難を向けるがフェイトは気にした風もなく、それでいてちゃんと考慮してますよとばかりの、でもおざなりな言葉を返してくる。
そして、そんな事よりという勢いで、ちょいちょいとなのはの利き手を指先でつっついた。
そんなフェイトになのはは、もうと肩を竦めたが、結局は言われるままにそのあと自分の前にそっと利き手を翳す。
そうすれば、その手にフェイトが手を重ねる。
なのはよりも少し低い体温。だがそれは、なのはにとってはとても心地良い温もりで、安心できる暖かさ。
そうして、はい。そういって渡されたのはもちろん桜の花びらだった。

「ん~?」
「いつかのお返し」

ね? なんとも様になるウィンクと共に。
フェイトは花びらを渡せたことで満足したのか、なのはからひょいと離れ、肩を並べる位置へと移動する。
それで其処から、じぃと手のひらの花びらを見つめるなのはを見やる。

「いいの?」

二人の間に時折主語は必要ない。

「前の私の願いは叶ってるから。だから、今回はなのはの願いが叶いますように」

覚えてる? フェイトが淀みなく答え、言外にそんな事を問いかけた。
だからなのはは、ふわりと笑みを浮かる事でその問いに答えてみせる。

「じゃぁ、遠慮なく。なの」

きゅっと潰さぬように、手のひらに花びらを握り締めながら。

「――さ、帰ろうか」
「うんっ」

笑みを交わし合い、同じ歩幅で一緒に二人は歩き出した。
今日は手を繋がない。代わりに、花びら越しに心を繋げられたのがその理由。

雨は完全に止み、灰色の空には先ほどなのはが見上げた時よりも蒼さが広がっていた。







『ずっと一緒にいれますように』


まるで継続されるように二人の間で願い事は繋がってゆく――













――――――――――――――――――――


拍手ありがとう御座いましたっ(敬礼)

ちょっと何度も書きなおしたので流れ大丈夫かなとか思いつつ(汗)
敢えての満開ではなく、咲き終わる桜でほんわかできたらななんて思いまして。


何とか少しでも御礼の気持ちとして
お届けできてたらと思う次第です――





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