十三.筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる






泉には広い庭を駆け回る幼子の姿が映っていた。

周りにはたくさんの大人たちの姿も見える。

コロコロと楽しげに笑う幼子の姿に、皆が一様に目を細めている中、

一際愛しそうに、一際温かい眼差しを向ける女を見つけた。

無意識に伸ばした手が泉の水面に触れてゆらゆらと二人の姿を揺らす。

岸辺に膝をつき泉を覗き込んでいた星宿は、ハッとして手を引っ込めた。

そして、その手をぐっと握りしめる。どこか寂しげな表情だった。



「星宿さま」

後方から聞こえてきた声に、ゆっくりと振り向くと、張宿の姿があった。

少し前から様子を見ていたらしい張宿の表情は困惑したようで、

今にも泣き出してしまいそうにも見えて、星宿はふっと微笑んで見せる。

「時間か?」

「はい…。…柳宿さんは、無事に転生の準備に入ったそうです」

「そうか」

朱雀を呼び出して以降も、天罡の妨害を受けてなかなか果たせなかった転生を、

星宿も、他の仲間達も、まもなく果たそうとしていた。

ここ太極山から一番に旅立ったのは柳宿。

泉に映る女は柳宿の親友だった。



星宿が、紅南国に残り柳宿たち仲間の帰りを待っていた頃、

妃候補として後宮で暮らしていた彼女もまた、柳宿の無事を祈っていた。

それを知ったのは、遠く北甲国の地で柳宿が命を落とした直後。

最初の出会いはただただ悲しみに暮れた出会い。

双子と紛うほどうり二つの二人はとても仲が良かったらしい。

彼女と柳宿の思い出話などしていると、悲しみを少し和らげることができた。

皇帝陛下とその妃候補。しかし彼女は何も求めない。

彼女といると心が安らいだ。最初はただ、それだけだった。



「柳宿は、もうすぐ転生を果たすそうだよ。鳳綺」

もう一度泉の方へ向き直り、星宿はそこに映る女…妻である鳳綺に優しく語りかける。

いつの間にか、想いは深く深くなり確かな愛になった。

そして身が滅びてなお、この世の何よりも愛しいと思える宝を、彼女は与えてくれた。

触れることはできないから、ただじっと二人の姿を目に焼き付ける。

隣にやってきた張宿も、優しい目で泉を見つめてくれていた。



これから星宿は、新しい道へ進もうとしている。

柳宿と同じように、転生の準備に入ろうとしている。

愛する二人のことは、きっと忘れてしまうだろう。

しかし、たとえ何度転生を繰り返しても、大切な二人を愛するこの魂は消えない、消しはしない。

「行こうか」

そう言って張宿に笑いかけ立ち上がる。

わが子を呼ぶ妻の声を聞きながら、泉を後にした。


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星宿と鳳綺さん夫婦、私、好きです。

なんかこう…穏やかで落ち着いた素敵な関係でいいですよね。

拍手ありがとうございました。

よろしければあと2話、見ていってくださいませ。









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