拍手をありがとうございます。
久々に拍手更新。リハビリ代わりに;
本編に入れるには余りにも、な下らない小ネタをちまちまと。基本一話完結です。

『犬も食わない』。


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+++ 1:『犬も食わないガブリエル』


 スコール・レオンハートが愛読しているのは『ティンバー・マニアックス』という軽めの雑誌と、『月刊武器』という世界の最新武器や懐古武器を紹介している雑誌だ。
 バラムガーデンは土曜日の午後から日曜日までは休日な為、週末になるとスコールは帰宅後はのんびり寛ぎながら雑誌を捲るのが楽しみで、この日もやっぱり発売されたばかりの『ティンマニ』をパラパラと読んでいる。
 他には誰も居ないリビングのソファに咳をしても一人、お供はすっかり冷めきったコーヒー、傍らには鳴らないモバイル。
 が、活字も写真も脳を上滑りし内容がサッパリ頭に入って来ない。時刻は既に11時半。
 BGMを掛けることもなく機械的にページを開いているだけだったスコールが大仰に溜息を吐いた時だった。
 ピピッ、とモバイルから呼び出し音が鳴る。反射的に画面の発信者を見遣れば嫌な予感しかしないシュウ・ウェンリーからのもの。
(休日前のこんな時間にシュウ先輩からの着信とは、緊急事態しかないぞ……)
 しかもこんな気分のまま職場で起こった厄介事に呼び出され、収拾出来る自信がスコールにはない。でも取らなければならないのはSeeD統括指揮官としては当然の義務でもあるので、仕方無しに応答してみれば。
『スコール?こんな時間に申し訳無いんだが……』
「いや、構いません。何かトラブルでも?」
 此処までは想定内の会話なのだけれど、スコールが若干戸惑ったのはシュウの背後が何故かザワザワと騒がしくて軽快な音楽も微かに聞こえ、時折野太い悲鳴が混じっていることだ。
 ガーデンからの電話にしてはやけに騒音だらけだな、とスコールが思うより先にシュウが云った。
『今夜は私とキスティスとセルフィで女子会ついでの食事をしてて、二次会にとパブに来たワケなんだけど……偶然にもガブリエルが居たよ?』
 刹那、スコールの口はパカッと開く。
 シュウの口から『女子会』なる単語が出たのもさることながら、更には『ガブリエル』だのと。スコールが思わず耳を疑い二の句を継げないでいると、横から割り込んだのかセルフィが回線の向こうで喚いている。
『はんちょ!私らがドラパラ来たらガブリエルが居たんだけど!何しでかしたの?!しかも今夜はゲラゲラモード発動中〜!』
 ……ああ、頭痛がして来た。とばかりにスコールがモバイルを持ったまま額に手を当てガックリしていると、シュウが。
『早く回収した方が良いんじゃないの?今キスティスが止めに入ろうと……ああ、断念した』
 成る程、納得だ。シュウの背後のざわめきの正体は酒場の賑わいで、セルフィの喚いたことからもその店も判明した。野太い悲鳴はアレだ。誰かが『ガブリエル』の餌食になっているのだろうが……。
(知ったことか!そもそも何だって俺が回収しに行かないとならないんだ、毎度毎度!)
 スコールは低い声でシュウに告げる。
「そのまま捨て置いて下さい。どうせ直ぐに終わる」
 幾許かの冷たさを含むスコールの口調に今度はシュウが押し黙る番だったものの、何事かキャンキャン喚いているらしいセルフィの声を余所に、次は非常に冷静なキスティスの言葉がスコールに届いた。
『何があったか知らないけどね、スコール。別に私達に迷惑は掛からないし、パブの常連さん達が全治一週間になろうとどうしようとそれも構わないけれど……何人かは明らかにとっっっても嬉しそうだわよ?寧ろウェルカムで攻撃待ち構えてるから。人気者ね〜。お持ち帰りジャンケン始まってるぐらいよ』
 ブチン、とスコールのこめかみの線が何本か切れる音(……としては響いていないが)。
 そして乱暴に雑誌を閉じると、静かで穏やかな週末の夜を放棄することに決めガバッと立ち上がる。
「──10分くれ」
 溜息と共に吐き出したスコールの懇願に、キスティスはクスッと笑った。
『了解。なら、私達三人に一杯ずつ奢りね』
『やったー!下戸のはんちょからお酒奢って貰える〜!』
『気を付けて来なよ、スコール』
 てんで勝手に酒を集って来た三人の声を通話ボタンを押し遮断したスコールは、忌々しげに財布をポケットに捻じ込んで明かりを消し、家を飛び出す他は無い。
 秋も深まり空気が澄んで来たのか、年中美しいバラムの夜空は更に星々の輝きが壮麗さを増していた。
 車を使えないので(無論、理由はある)長いリーチを早足で動かしながらそんな天の川を見上げたスコールは、消えることなどない溜息をまたまた漏らしながらバラム駅前へ急ぐ。
 家から歩いて15分ばかり離れた目的の場所は、皆からドラパラと愛称で呼ばれている『ドランカーズ・パラダイス』というパブだ。美味い肴と豊富な酒類を安価で提供する店としてバラムでも人気で、お洒落過ぎるでもなく汚らしくもなくという庶民的な雰囲気が良い、らしい。
 下戸のレッテルを貼られているスコールには全く用の無い店ではあるが、幼馴染みらやガーデン関係者は休日を利用し街に来ると利用することも間々あるという。無論、キスティス達が飲み直しに足を向けるのも知ってはいる。
 ──通常15分掛かるところ、急ぎ足で10分弱で到着したスコールが週末で賑わうそんなパブの簡素なドアを開けば、『いらっしゃーい』という店員の言葉が掻き消える程、中は乱痴気騒ぎの真っ最中であった。
 入るなり立ちくらみを起こしそうになったスコールに、
「はんちょ!」
 どうやら入口近くで待っていてくれたのか、セルフィが直ぐに気付き小走りで寄って来る。
「ガブリエル、絶賛発動中であります!」
 報告後、SeeD流の敬礼をおどけてしてのけたセルフィの視線の先を見遣れば。
 店内は程々の広さで半円形の大きなカウンター席と立ち飲みスペース、壁際にはボックス席が幾つかという構成になっているのだが、カウンター席には女性客らが背後の様子を可笑しげに見遣りながら酒を嗜み、立ち飲みスペースのテーブルも然り。
 問題なのはボックス席で、老若の男性客らが大騒ぎでジョッキ片手に囃したり誘ったりとまるで節操が無い光景が。
「可愛いねぇ〜!顔真っ赤だよ!」
「ほらほら、俺の片手未だ空いてっからこっちおいで!」
「おねーちゃん、俺の奢りでクラちゃんにビールもう一杯な!」
 という酔客の大声に混じり、男の悲鳴が混じる。
「いってぇぇ!千切れるって!」
 悲鳴の袂をハッと見遣れば、漁師らしい風貌の厳つい男に長いタンブラーを傾けながらその肩口に噛み付いているチョコボが一匹。
 そのチョコボ、あぐあぐと男を噛んで離れて、何が可笑しいんだか真っ赤な顔をして自分が付けた歯形を指差しゲラゲラ笑っている。
 対して噛まれた男は立派な暴力行為であり血が滲むぐらい噛み付かれたというのに、痛い痛いと喚きながら何処となくニヤニヤしていたりするのだ。
 それもその筈、上機嫌に酔い其所かしらの人間を何がしたいのか噛んで回っているチョコボは非常に美形で可愛い。普段は無表情に近い淡々とした風貌だというのに、今夜はゲラゲラよく笑っているのも理由なのかもしれなかったが……。
「クラちゃ〜ん、こっちビールあっぞ〜」
 まるで野菜でチョコボを釣るかの如く大ジョッキのビールで誘った男に、その別嬪チョコボ──否、クラウド・ストライフはそのボックス席をフラリと立ち上がり、
「びーる……」
 幼子みたいな拙さで呟きつつ、持っているタンブラーの中身を飲み乾しながら歩み寄って行く。
 周囲はやんややんやとその姿を見て酒の肴にし、或いは自分も誘い入れようと声をあちこちから掛けていた。
 どうやら完全に出来上がっているクラウドが何時になく機嫌が良く笑う為、基本的にクラウドファンな人々は絡みたくて仕方が無いのだろう。
 スコールはその場でガックリと中腰にへたり込むより他は無い。
(ああああ……。なんだこれは……)
 溜息すら出て来ない様子のスコールに、セルフィが訊く。
「というかはんちょ、この週末になんでクラたんが一人でドラパラ来てんの?しかも、本日ガブリエルモード」
 スコールとクラウドがラブラブ(一方通行気味なものの)な恋人同士だと解っているセルフィ達は、週末は二人共誘っても何をしても外出せず家で共に過ごす様子から、クラウドが一人で呑んでいるというのに驚いたらしい。
 しかも。
「いい加減、その『ガブリエル』という呼称は何とかならないのか……」
 絞り出すスコールに、
「ツッコむトコはそうじゃない気もするけど、云い得て妙やん。ナイスネーミングやん私」
 事も無げにセルフィが答えた。
 つまり、『ガブリエル』とはクラウドの酔っ払いの一形態にセルフィが付けたニックネームで、普段滅多に酔わないザルなクラウドが泥酔すると顕れるキャラのひとつ。
 原因はサッパリながら酔ったついでに近隣の(男性限定)酔客にガブガブ噛み付くことから、天使に論えて『ガブリエル』。クラウドは美人だからこれでいい、のだそうな。
 因みにクラウド酔っ払い形態には他にも幾つかバージョンがあるが、敢えて割愛。スコールは過去のそれらのキャラを思い出したくもない。散々な目に遭っている。
 ただ、噛み付きモード『ガブリエル』は割と頻度が多いらしい。泣きながら噛み付いていることもあるが、本日は笑い上戸なのだろう。
「で、喧嘩?」
 ワクワクと重ねて訊いて来るセルフィに首を振り、スコールは意を決して立ち上がる。
「別に。取り敢えず止めさせないと」
 遠くのボックス席に向かおうとしたら、スコールが来ているのを確認していたのかキスティスが立ち飲みテーブルからボックス席へ先に分け入った。
 ジョッキのビールをグビグビ飲み乾したクラウドに、キスティスが声を掛ける。
「ほら、クラウド。そこまでになさい。スコールが迎えに来たわよ」
 声を掛けつつ手を伸ばし、クラウドの首根っ子を掴みまたもや噛み付いていた彼を、ビールの奢り主から引っ剥がした。
 何せ女性がやるのが一番良いのだ。泥酔噛み付きモード(セルフィ曰く『ガブ』リエルモード)であったって、クラウドは決して女性には噛み付かないし云うことを良く聞く。その辺りは徹底しているクラウドであったが。
「……スコール嫌だ」
 駄々っ子のように首を振り、ボックス席のソファの背凭れに齧り付いたクラウドは、胡乱げな眼差しでぐるっと店内を見回し入口付近のスコールを見取ったのか、思いっきり『イーッ!』と歯を出すではないか。
「スコールのばーか!お子様口!」
 やられたスコールは額に手を当て頭痛を堪える。
(駄目だ。やっぱり怒ってたんじゃないか……)
 風呂に入っている間にクラウドはフラッと出て行ってしまい、その原因を思い起こしつつ足をボックス席に向けるスコール。
 そんな獅子を余所に『保護者来たぞ』だのとザワザワ云い立てている酔客達の間から、キスティスとシュウがクラウドに問うた。シュウなんかスコールとクラウドを見比べ半笑いだ。
「ねぇクラウド、どうして怒ってるんだっけ?」
 スコールが歩み寄っているのは確認しているらしいけれど、酔っているクラウドは焦点の定まらない瞳をパシパシ瞬かせ、ぼんやりと。
「じいさんの魚を食いたくないって残した……」
 シュウもキスティスも口元を押さえ笑いを噛み殺していることから、大凡を既に聞き出していたのか。それをスコールに知らせてやろうという親切(?)のようだが。
(ちょっと待て!そんなこと人前で云ってくれるなよ、あんた!)
 スコールは自分の頬に仄かに熱が集まるのを感じた。
 ここでクラウドが云う『じいさん』は、きっと彼が普段懇意にしているバラムの老漁師だろう。食卓に上る魚は大概この老漁師が獲って来るものだというのはスコールも知っている。
 ただ、今夜その漁師から仕入れたという魚は、本当にスコールにとってはアレなワケで。
「へ?はんちょ、魚はそんな好きでもないケド食べられるやん?」
 何時の間にか横に来ていたセルフィが素っ頓狂にスコールを見上げるので、ボソッと獅子は補足説明。
「外は火が通っているように見えて中が生焼けだったんだ。何かの嫌がらせだと思ったぐらいでな。──何の魚かは知らんが」
 土曜の晩の夕食は毎週豪華で、クラウドは色んなものを出してくれる。
 今夜もそれが嬉しくて(ぶっきらぼうなクラウドなりの、労りと愛情表現だし)スコールは楽しみに待っていたのに、その中の一品の魚料理がどうしたことか表面は焦げ目が付いているというのに、中身は生だった。
 生の魚を食べられない(というか、食べたことがない)スコールは驚き結局最後までフォークを入れられず残してしまった。いや、本当に何を怒らせたのかと心当たりを探ってしまう程に、嫌がらせレベルだと勘繰って。
 すると。
 スコールのこの言葉に、聞くともなしに聞いていたであろうその周辺に座っていたボックス席の酔客らが一斉に爆笑したのだ。
「それって指揮官、タタキじゃないのか?魚のタタキは生焼けじゃなく立派な料理だぞ〜!」
(タタキ?は?料理?!)
 心の中で酔客らのコメントに反応しているスコールはバラムでは顔も名も知られた有名人だ。が、最近ガーデンでなくバラム市街で暮らしていることで、徐々に街の人達は雲の上の存在かと思っていたスコール・レオンハートがありきたりな一介の青年だと認識しつつある。
 それは獅子と共に暮らす『街の便利屋』クラウドと(スコールの家を友人のよしみで間借りし、便利屋稼業をやっているという表向き)、仕事を離れれば街を歩き普通の生活を営んでいる姿を見ていて、尚且つこうしてクラウドが酔い潰れた時には渋々と酒場に迎えに来るのを知っているからだった。
 市井の人々からしてみると口数は少ないものの意外にも取っ付き易いと認識されているスコールは、そっぽを向いてしまったクラウドの腕を引きつつ傍に居たキスティスに、
「……なんなんだ、それ」
 シュウと二人して笑いを噛み殺していた彼女は、眦に涙さえ浮かべつつ世間知らずな弟分に説明してくれた。
「タタキというのは、生魚の表面を炙って中はレアで食べる料理よ。お酒に良く合うし、生魚が苦手な人でも比較的食べ易いわ。ガーデンじゃ鮮魚を生で食べることなんてなかったから、どうせ食べたことないでしょ。レストランなんかでも出るぐらい美味しいのよ」
 キスティスに被せるようにシュウも補足を。笑いながらだ。
「その知り合いの漁師さんにそういう料理があるのを聞いて、鮮魚は美味しいのに食わず嫌いなスコールに食べさせてやろうと思ったんだそうだ。なのに、触ろうともせず顰めっ面になって結局手を付けなかったからガッカリしたんだと。此処まで聞き出してやったんだから、私達に一杯ずつ奢ってもバチは当たらないでしょ?」
 それを聞き、スコールはやっぱり愕然だったりする。
 嫌がらせでもなんでもなく、クラウドは自分が『美味しい』と思う物を食卓に並べていたのだ。なのに。
「知らなくて」
 紙幣を抜き出しシュウに渡しつつ(相場は知らぬが、充分三人に奢れるぐらいの額の筈)小さく呟いたスコールに、強引に引き起こしソファから剥がしたクラウドをセルフィが押し付けて来た。
「だから二人は言葉足らずやねんって、相変わらず。はんちょもはんちょなら、黙ってムッとするクラたんもクラたんや。ツッコミという要素、対人関係には大事やで〜?──ほらほら、クラたん。はんちょに連れて帰ってもらい。ジョッキ七杯、ボトルのお酒三本は流石に呑み過ぎや」
(そんなに呑んだのか?!)
 クラウドはセルフィの言葉を聞いているのかいないのかな感じで唸っていたが、『はんちょ』に反応して嫌だ嫌だを呂律の回らぬ舌で繰り返す。
(言葉足らず、か……)
 かもしれない。スコールは内で喋るタイプで、クラウドもあんまり口数が多いとは云えず些細なことで感情が表には出ない。擦れ違う時はそれが原因だと解っていても、この年齢でお互い性格の矯正なぞ利かないのが実情で。
 ……というのを解っているキスティスとセルフィは、スコールに背中を向けさせクラウドを其処に押し上げてくれる。
 女性にやられていると認識はしているのか、意識朦朧と泥酔状態なクラウドは大人しく獅子の背に負ぶさり、肩口をまたもあぐあぐと噛んでいるが。
「面倒を掛けてすまなかった。後でこのひとにも云って聞かせる」
 痛さを堪えつつ三人に告げれば『気にするな』と手を振られた。
 ガブガブ噛みまくられた酒場の常連らにも取り敢えず会釈をするスコールは(嬉しげに噛まれていたのならする必要はなく、寧ろスコール的には蹴り回したいイキオイだったが、大人の対応だ)、クラウドを背負ったままパブのドアを押し開けた。
 外に出てクラウドを背負い直し息を吐けば、見上げる空はやっぱり変わらず満天の星空で。
「クラウド、いい加減にしてくれ。俺の肩の肉でも食い千切るつもりか、あんた」
 夜更けの街を歩き出したスコールは、容赦無く肩をガブガブ噛んでいるクラウドに文句を云う。
 どうせ聞いちゃいないだろうが、車を使わず徒歩で来るという気遣いの己にはこれぐらいの苦情は許される筈だ。車で来ると間違い無くクラウドは酔う。別の意味で。
 すると、ガブガブ噛みながらうたた寝気味になっていたクラウドがポツリと呟いた。
「スコの肉は……固くて不味そう……」
 スコールは途端、石畳の道の段差に躓き危うくクラウドごと転びそうな羽目に。
「駄目だ、あんた絶賛酔ってる!」
 自分を『スコ』だの、まるで某国大統領みたいに呼ぶだのと。しかもクラウドが。天地が逆になっても有り得ない言葉を今正に聞いてしまえば、動揺するしかない。
 焦る余り背中の荷物を取り落としそうになり慌てて体勢を持ち直したスコールが叫べば、再びクラウドがガブッと肩口を食み始めた。
 消える由も無いアルコールの濃い匂いが漂う。
(……本当に酔っ払ったあんたは洒落にならない……)
 己も酔えれば良いのだろうが、そうは見えぬものの自他共に認める下戸なスコールが嘆息したら(クラウドの呼気だけで酔いそうなのだ)、
「酔ってなーい……」
 と、クラウドのお言葉。はて、会話が成立しているこの現状、クラウドが酔っているのかいないのか判断に迷うけど。
「もうどっちでもいいから、せめて大人しくしててくれ。あと、誰彼ともなく噛むのを止めろ。明らかに何人か喜んでただろうが」
 マトモに返事をするべきじゃないか、とクラウドとの短くも濃い付き合いで悟りつつあるスコールは、人気の途絶えた真夜中のバラムの街を西へと向かう。
 うん、だとかああ、だとかそんな返事をしたっきりクラウドの噛む力は弱くなって来て、とうとう寝たかと足場の悪い高台への道へ踏み込んで背負い直した時だ。
「……だって、俺の作るもん……似たのばっか……」
 首筋、息と共に掛かる言葉。
 一体何を云っているのかと一瞬訝ったスコールだったが、きっとクラウドは夢現の狭間で何事か考えていたのだとピンと来た。
 何を云わんとしているのかも。
(きっと明日の朝になれば何ひとつ覚えてはいないさ)
「あんたが云う『切って煮るか切って焼く』ってやつだろう?──その割には美味いが、な」
 確かにクラウドが毎日炊事をしているけれど、食材の違いはあれど大別してレパートリー的には似通っている。そんなことをクラウドが気にしていると考えたことも全く無ければ、寧ろスコールの方はガーデン育ちだからやったこともないのだし出来るだけで尊敬だ。オマケに。
「俺も良いものばかり食べて育ったのでもないさ。ガーデンでの食事こそ似たものローテーションだった」
 おかげで食べたことないものの方が多い、と続けようとしたスコールは、息を継ぎ見上げる格好になった夜空にスウッと一筋光が尾を引いた瞬間を見る。
(綺麗だな……)
 と、見慣れた筈の空なのにクラウドと共になら違うのだ、と新たな発見。
「毎日感謝している。だからこそ、こんな風に酔ったあんたを迎えに来るんだ」
 覚えている保証は無いが、それでも万感の想いを込め口下手でも述べてみたつもりが、クラウドは途端に更に強くスコールの肩をひと噛みした。
「だから……生でも魚は食えるとか……、食べられるようにって教えて貰ったのに……このバカは……」
 痛さに涙目になりながら、スコールは街区を外れ別荘地へ続く誰も居ない夜道で呟く。
「悪かった。俺はあんたが思うより物を知らないんだ」
「──セロリ……」
「あれは勘弁してくれ。無理だ。あんた、酢漬けも俺が苦手だと知っててワザと出すだろう」
「好きキライはわるいこだ……」
 また強くスコールを噛んでバサッと斬ったクラウドは、今度は首筋に額をくっつけケラケラ笑った。
(明日は歯形が付いてる、確実に。それでいて全然何も覚えちゃいないんだろうな……)
 酔っ払いの相手をマトモにしてはいけないとスコールは忍耐の二文字を脳裏に浮かべて、ゆっくりゆっくり坂を上がる。
 クラウドの考えていることが何となく解る気がした。何をガッカリして、勝手に何をグルグル悩んで困って、挙げ句の果てに自棄酒に走ったのかも。
 普段は何も云わないひとだから。淡々と暮らしているようで実はスコールのことをちゃんと何時も考えていてくれる。──余計なお節介の食わず嫌い矯正メニューは別として。
「だから……わるいこにも食べられるメシ作らなきゃ……」
 ほら、やっぱり。
「俺も食べる努力はする。が、今度からは予告してからにしてくれ。それと、得体の知れない物を出す時は説明責任も果たして欲しいものだな」
「ぜーたく」
 半分寝ているクラウドは夜気の中クスクス笑い、またスコールの肩をガブッとやられるかと思いきや──今度は噛まず、首筋にキスをひとつ。
 そんな珍しくも素直な仕草に(酔っているから?)、鳩尾がギュッと押し上げられる心地になった。
「ま、酔っ払いでも余計なお世話でも言葉足らずでも……俺はあんたがすきだから堪え忍ぶさ」
 迷惑を掛けられているっていうのにどうしようもなく緩んでしまう口元を御す努力をしながら云えば、クラウドはこれまたとんでもないことを。
「よしわかった!んじゃ今すぐ帰ってヤろう、スコ!」
 足をバタバタさせて宣うもんだから、今度こそスコールは明らかに解るようにトドメのつもりで大きな大きな溜息を。
「泥酔したあんたとヤッたら、俺の明日の朝の命の保証がしかねるから却下だ。暴れるな!」
 いや、ヤりたいのは山々なれど。誘惑に負ければ明朝、スコールは立派なA級戦犯扱いかと。過去のクラウドの所業(お仕置き)が物語っている。そんな危険を冒す趣味は持ち合わせていない。
「なんでだー!」
 深閑とした別荘地に銅鑼声を響かせるクラウド、スコールはそれに応えるよう久々に大声を出し宥め賺しながら歩幅を広げたのであった。
 ──翌朝、クラウドは物の見事にこの間のことを忘れており微妙に不機嫌のままでいたが、振り出しに戻りスコールは根気強く釈明を続ける休日となるのである。だが、当面『ガブリエル』が出没しないようにと必死に任務を遂行。その姿は仕事より真剣だったとか。
 やっぱり獅子が一番の被害者ではあるものの……犬も食わないなんとやらなので、同情は誰もしてくれない、筈。


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