お礼文 -束縛の契約-




「見えた。お前さん、どこの家のお嬢様だい?大方、内緒で家を抜け出してきたお転婆娘といったところだろう?よくもまあこんな小汚いところを遊び場所に選んだもんだ。でも、全くの世間知らずってわけでもなさそうだね。その見た目と好奇心の強さじゃ、厄介ごとに好まれて仕方がないだろう?ま、困ったら親に縋り付けばどうとでもなるだろうけれど、ここは怖いところだよ。自分の身が可愛ければ、水辺で優雅にアフターヌーンティーを楽しんでおくことだね。」

占い師は何を見たのか好き勝手に言葉を散らかした。
どうやら、かなり舐められているらしい。
私は占いなんかまったく信用しないし、きっとこの話だって見た目なのか雰囲気なのかを見て適当に思いついたことを口に出しているだけだろう。
今日の服は雑居区へ足を運ぶのには少し綺麗すぎたのかもしれない。

ー余計なお世話よ。

そう言い返そうとしたが、占い師の方が早かった。

「おや、愛してやまない男がいるね。そうか、男かい。なるほどね。失礼したよ。」

私は自分の身なりを確認した。
彼からもらったものは屋敷に置いてあるし、確かに服は少しだけいいものを着ていたが、他には特別値が張るものは身につけていなかった。

「疑っているのかい?見た目を見て思いつきを言ってるんじゃない、見えるのさ。彼は独占欲が人一倍強いだろう。お前さんが心配でならないっていうのに、お前さんは嘘をついて何処かへ行ってしまう。でも、今日は誤魔化せないだろうね。」

-だから、余計なお世話だって…!

そう思ったところで、酒場の扉が開いた。
自然と顔がそちらを向きかけたが、

「地下に用があるんだ。」

と聞き覚えのある声が聞こえたので私は慌てて顔を戻した。
偶然にしてはできすぎているように思えた。

「彼の機嫌を取る方法を教えてやろうか。」
「…ちょっと、静かにして。」

私は小声で占い師の話を制した。
しかし、酒場の不自然な間によって際立った声は、すぐに彼の視線を惹きつけた。

「おやおや、可愛らしいお客さんがいるじゃないか。」

蛇のような執拗さを思わせる足音がこちらへ近づいてくる。
それは私のすぐ横でぴたりと止まり、冷えた指先がまとわりつくように頬を撫でた。

「今日は紅茶の茶葉を買いに行くと言ってたはずだけど、こんなところに売っているのかな。」
「紅茶はちゃんと買ってる。」
「僕も出かけるから、わかりっこないって?」

彼の手のひらは私の顎先をしっかりと固定していた。
弾圧的な手元とは全く調和しない、優美で柔かな眼と視線を交わしたくなかった私は、目を伏せ沈黙を決め込んだ。

「それはそうと、君が占いに頼るだなんて少し意外だね。何を聞こうとしてたんだい?」

彼はこの視線の交わらない睨み合いに意義を感じなかったようで、早々に私を解放し手段を変えた。

「偶然そういう話になっただけ。ただの興味本位よ。」
「じゃあ、僕も占ってもらおうかな。この子はこの後どうなると思う?それとも、これがなくなったら結果が見えなくなってしまうかな?」

クジャは私の襟元からつけた覚えのないブローチを外した。
ろくなものではないことはすぐにわかった。
彼の言うことが図星だったのか占い師は困ったように眉を寄せた。

「…なにそれ?」
「僕がいない日に君は何をしているのかと思ってね。」

彼は見せつけるように、ブローチを指先で転がしてみせた。
大方オークションの品物だろう。
この魔法具を作った魔導士のことは、絶対に好きになれないと思う。
占い師がこのブローチを知っていたのか、魔法の知識に富んでいたのかはわからないが、それらしいことを言い当てられたのはこれがあったからなのだろう。
通りで自分から占いをするだなんて名乗り出てくるわけだ。

「最初から全部知ってたってこと?」
「居場所から会話まで、ね。」
「……信じられない、悪趣味だわ。…いつ付けたのよ。」
「僕が出かける前に。」

責め立てれていることなど気にもせず、彼は悠長な口振りで返答した。
今朝の記憶を辿れば、心当たりはあった。

-見飽きた顔から開放されるんだ。よかったじゃないか。
-そんなこと、少しだけしか思ってないわ。
-冷たいものだね。悲しくなってしまうよ。

出かける間際に彼は、いかにもしおらしい風を装って恩着せがましく私の唇を奪った。
きっとその時に違いない。
それから、

-僕が戻る前には屋敷にいるんだ。物分かりのいい君ならわかるだろう?

こう残して彼は扉の外へと消えていった。
日が経っても衰えを知らない執着心にはただ感心するばかりだった。

「こういうの、なんて言うか知ってる?ストーカーっていうのよ。」

試されたことが気に食わない私は、彼に何かを言ってやらないと気が済まなかった。

「やましい事がなければ問題ないはずだよ。それともバレなければ嘘をついてもいいのかな?」

そういう彼だって、今日は会食に呼ばれていると言っていたはずだ。
自分のことは棚に上げて、嫌味ったらしく笑みを浮かべるのだから腹立たしいものだった。

「嘘はついてないわ。ここに来ないとは一言も言ってないもの。それに隠そうとしてるんじゃない。どこかの誰かさんが怒るから言わないだけよ。」
「それを隠してるって言うんだ。君は僕のものだって条件で合意しているはずだよ。だから僕のものなんだ。」
「言いなりになるだなんて言った記憶ないけど。それに条件の内容も知らないし契約書があるわけでもないわ。」

言い争いが白熱しかけたところだったが、

「地下なのですが、そろそろ時間かと…」

という店主の控えめな呼び掛けが一気にその場の空気を冷まさせた。
占い師は居心地が悪くなったのか、いつの間にか姿を消していた。
クジャは大人しく地下の運河へと向かった。
私も彼に手を引かれるまま、地下への階段を下った。

「契約書なら作ってあげてもいいけれど?」

階段の途中で彼が問いかけるので

「絶対に嫌。」

と断った。

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余談
クジャ様は束縛したいお年頃らしい。
きっと、ばったりを装うために用事を準備したのでしょう。
気分次第であまり文句を言わず送り出してくれる日もあるらしい。





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