鳥籠の少女と仮面の女幹部の邂逅の翌日。
差し出された大きな旅行鞄に、仮面の青年――ヘッドは怪訝そうな声で尋ねた。
きっと仮面の下の顔もそうなっているのだろう、と彼と向き合うイヴローニュは思った。わざと事も無げに、「昨日のお礼よ。何なら、賄賂と取ってもらっても良いけど」などと不敵に言ってやる。
ちなみに鞄の中には、帽子にロングスカート、そして靴など衣類も含めた旅行道具一式が収められている。
「・・・俺には、女装の趣味は無いんだが?」
蓋を開け、中身を確認した彼は、遠回しに意図を尋ねてきた。
「なら、構わないから誰かにあげてちょうだい。同じ年頃ならおそらく着られるはずよ」
「へえ・・・」
珍しく歯切れの悪い暫定リーダーに、イヴローニュは付け加える。
「安心して、古着じゃないわ。貰い物なんだけれど、少女趣味すぎてね。私は一度も着ていないの」
仮面の青年が「なるほど、使いまわし・・・ではないな、それは」と呟くのだけ聞いて、彼女は彼に背を向けた。
「使う機会が無いなら無いで、別に良いわ」
それだけ言い置いて歩き去る。
彼が籠の中の彼女にそれを渡そうと渡すまいと、イヴローニュにはどちらでも良かった。着てみれば、きっと似合うだろうとは思ったが。
シンプルだが清楚な印象のスカートは、大きなつばの白い帽子とセット。部屋着でないことは明らかだ。デートに来て行くにも遜色ない、文字通り余所行きの衣装だった。
その後、イヴローニュがその服について彼に尋ねることは一切無かった。受け取った彼女が礼を言っていたとか、そういった話をヘッドがすることもない。
だから結局、そのプレゼントがその後どういう扱いをされたのか、イヴローニュは知らずにいた。
――その日、までは。
* * * * *
その日。
下校途中、クラス委員のニチ・ケイトが幼なじみと二人でバスに乗ると、正面の最後列に白い服の少女が座っていた。
彼女の想像通り、その服は少女に似合っていた。いいえ、思っていた以上ね、と内心でひとりごちる。
自虐ではなく、自分で着なくて良かった、と思った。自分には、仮面がお似合いだ。
うれしくない現実を突きつけられることにはなったが、それでも彼女は、ここで行き合った偶然を恨む気にはなれなかった。
「――ありがとう、みなさんも、お元気で」
あのままでは、きっと二人とも幸せになれないだろうことはわかっていた。
しかし今、船着き場に向かう少女は、確かに笑顔を浮かべている。
最善かどうかは知らないが、最悪でもないのだろう。そのことにどこか、救われた思いがした。
* * * *
自称『旅行者』の少女は、降車していった。
静かにドアが閉まり、またバスは走り出す。
閉ざされたその空間に残った少女は、ケイトも含めて、あと三人。
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サカナちゃんの外着の由来を、イヴローニュがヘーゲントを借りていたことに絡めて。
キャメルスターは、イヴローニュが勝手に使った・・・みたいなことを言ってましたが、いやあれはヘッド公認だろうなーと思ったもので。電気柩のあんな特殊な使い方、ケイトさん一人では無理でしょうし。
でも2隊のヘッドが3隊のイヴローニュを手伝うっていうのは変なので(リーダー争奪戦もしてることだし)、「あれは彼女が勝手に・・・」みたいな説明を部下にはしたんじゃないかなぁ・・・と。
一番書きたい部分から外れるので削ったとはいえ、ヘッドの「俺、女装趣味無いから(意訳)」の箇所がお気に入りだったもので、こんなところで使ってみましたー。