語り部の歌-カタリベノウタ-







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掲載中の作品は以下の通りです。

『それは、恋でしたか(3)』(陰陽大戦記・マサヤク小説)
※第2シリーズの系列です








[それは、恋でしたか?]


3.


 君の手を取った瞬間から、多分、この恋は宿命づけられていた――――――


 *


 ぱちぱち、と目の前でヤクモが瞬きを繰り返す。
 言葉を反芻して、止まった思考で考えて、その意味に混乱して、何度もそれを繰り返す。

(今、何した?)

 自らに問いかけて、さあっと蒼褪める。

「待て、逃げるな」

 考えるより先、咄嗟に逃げ出そうとした身体を、本人より素早く反応したヤクモがジャケットとシャツの首元を一緒くたに掴んで引きとめる。
「ヤクモさん、」
「何だ」
「出来れば、逃げさせて欲しい、です」
「駄目だ」
 ですよね。
 内心、マサオミはほんの数十秒前の自分を呪いながら呟いた。

「おまえは最初から逃げるつもりで人に好きだなんだと抜かすつもりか」

 いや、告白したことではなく、勢い余って行動に出てしまったことが問題なのだと聞いてもらえる空気でもなく、滂沱の涙を流し、虚しい抵抗を打ち切る。
 誓ってノリだけで感情を吐露したつもりはないし、むしろ、声を掛けて伝えたかったことはそれに違いないのだが、意図したわけではないものの、このタイミングなので言い逃げと罵られても仕方ない。
 実際、この瞬間を選んだのは、少なからずそういう打算があったのかもしれない。
 今、自覚した。
 明日にはここを発つ。見送りにはリクも来ると言っていたし、鏡を使うのはナズナだし、ヤクモと2人きりになる機会はもうないだろう。
 これが最後のチャンスで、こっぴどく振られたところで気まずい思いをすることもない。

「はぁ…」

 答えないマサオミに対して、ヤクモが盛大に溜息を吐いた。
 その仕草が、彼の妹分であるナズナとそっくりだと思ったのは、おそらく逆で、ヤクモのこれが彼の少女にも伝播したというのが正解だろう。
「とりあえず、座れ」
「はい?」
「立ったまま話すのも疲れるだろう」
 言うが早いが、ヤクモがマサオミの服を掴んだまましゃがむので、つられて腰を落とすしかなくなる。
 冷えた板張りの床は、立っていた場所だけがじんわりと温い。
 首根っこを捕まえるように握られていた掌は、そのまま襟元を辿り、しばしどうしようかと迷う気配があったが、結局袖の裾を掴んで、緩い拘束を残したままになった。
 振り解くことなど容易いが、そんなことが出来るはずもなく、余計始末が悪い。
 膝と膝が触れ合うほどの距離で、弱さを錯覚する指先に囚われて、身動ぎすら許されない。

 自然、正面から向き合う形に、どんな顔をすればいいのか。
 やや所在なげではあるが、視線を迷わせることもなくマサオミを見つめる琥珀の瞳は鮮烈な色を褪せさせることもない。
 口付けされた直後の硬直を考えると余裕があるばかりでもないはずだというのに、どんと構えてきちんと向き合ってやろうという態度。
 漢前過ぎる。
 今に知ったことではないが、この無駄にきっぱりとした性格にはそんな言葉しか浮かんでこない。

 先ほど、ほとんど無意識に触れてしまった薄い口唇をちらちらと窺っては、居たたまれず、往生際悪く退路を確認するばかりのマサオミは、到底そんな風にはなれそうもない。
 仮にも愛の告白を受けたのだから、赤面するなり、戸惑うなり、混乱するなりしてくれればまだいいのにと願望を抱くが、そんな反応を期待していないのも本音だ。
 そんなことをされたら、マサオミは先ほどの勝手な振る舞いに床を破るばかりに頭を打ち付けて土下座しなければならないだろう。

「とりあえず、これだけは先に言っておくが、相手の返事を聞く前に行動に出るのは感心しない」
「う……」

 すかさず痛いところを突かれて、呻き声を上げるマサオミに頓着もせず、怒っている様子もなく、ヤクモはからりと笑う。
「その気がなかったら、確実に殴っていたぞ」
「………………へ?」
 軽い調子で漏らされた言葉を、脳が上手く処理できず、マサオミは小さく単音を発してヤクモを凝視した。
「何だ、その反応は?」
「あ、いや……ちょっと幻聴が……」
 幻聴?と首を傾げたヤクモは、しばしマサオミの様子を窺い、徐々にその視線が気まずげに逸らされるのにちょっと眉を顰めた。

「俺は、これでもおまえのことは好きなんじゃないかと思ってる」

 自分のことを話しているとは思えない調子。
 相変わらずヤクモから視線が逸らされることはないが、マサオミが見返すと、今度は少しだけ色が揺らめいて見えた。
「……微妙な言い回しだな」
「そうだな」
 ヤクモは曖昧な表情を浮かべた。
 言葉を探しているようだが、口を開こうとする度にそれを止めては、また何か言葉にしようとして呑み込む。
 その度に、ゆらゆらと琥珀の瞳が色を変える。
 決然としたヤクモらしさが突然なりを潜めて、傾きはじめた陽光に置かれた人の影が、いつも以上に細く見えた。

「おまえは、この時代に残るのか? それとも、俺を連れて行きたいのか?」

 ようやく紡ぎ出されたヤクモの言葉に、少し驚いたが、すぐにマサオミは緩く首を横に振った。
 ヤクモの意味するところはわかる。
 恋心を告げて、その答えを得たいというのならば、それが受け入れる選択であったなら、ヤクモとの関係をどうするつもりなのか、と。
 暗に是と答えた問い。
 生憎、どちらも望まない。

「俺は、アンタがこの時代でアンタらしく生きていてくれればいい。だからって、俺がこの時代に残るつもりもない」

 自分ひとりの願望だけでヤクモの生き様を変えられるとも思わないし、変えてやりたいとも思わない。
 同時に、ヤクモのためにようやく取りもどしたかつてを手放すつもりもなかった。
 ヤクモは無言でマサオミを見つめていたが、顔には理解し難い、とはっきり書かれていた。
「正直、受け入れてもらえるとは予想外だった。好かれてる自信はあったんだがな」
「何だそれは?」
 好かれている自信があるのに、受け入れられないことを予想しているなんて、我ながら人が聞いたら変な話なのだとはわかっている。
 ただ、こんなやり切れない想定をしなければいけないことは、そんなに特殊なことでもないだろう。
「アンタは、太極のためならアンタ自身の感情なんて殺すだろう?」
「……」
「答えはもらえないと思ってた」
 ありがとう。おまえはおまえの生きるべき場所にもどれ。
 ヤクモの感情なんて無視した、そんなつれない言葉が飛び出すことだって覚悟していた。
 だから、ヤクモが迷いながらも、その心の一部を晒してくれたことに、言い知れない幸福感を覚える。


「本音を言うなら、アンタを連れて行きたい」


 攫ってしまおうかと、物騒な発想もしてみなかったわけではない。
 伝説の闘神士様が相手では叶わない妄想だが、何ら憚ることがなければ、行動には移していたかもしれない。
 そうしないのは、ヤクモの意志を尊重したいと考える程度にはマサオミがヤクモに心酔しているからでもあったし、もっと単純な話をすれば、我を通すよりも大事にしてやりたかったからだ。
「俺は、一緒には行けない」
「そう言うと思った」
 申し訳なさげに漏れた呟きに、マサオミは緩く首を横に振る。
 そんな苦しげな声を出さなくてもいい。
 残念には思うが、マサオミはそれで傷ついたりはしない。
 ヤクモにはこの時代に守るべきものがあって、そこから引き離してしまったら、きっとその方が後悔するだろう。
「マサオミ、」
「ん?」
 くい、と袖を引かれ、いつの間にかいつものように真っ直ぐ寄越されていた視線とかち合う。

「おまえが好きだ」

 ヤクモの口唇が紡ぎ出した断定の言葉は内容のわりには無味乾燥な響きを伴ったが、溢れそうになる感情を、内包していた。


「それでも、俺はおまえを選ぶことは出来ない」


 泣き出す一歩前の心を御して、それでも気丈に振る舞おうとする。
 痛ましいと思うのに、そうして苦しめる程度にはヤクモの中で自分が位置を占めれていたのだと、満足して笑みが漏れそうになるのはエゴだ。
「それでこそアンタだと思うよ」
 傷つけられようが、どんな時でも、信念を曲げない“弱さ”。
 人が人である以上、ぶち当たるはずの選択を、闘神士という名を拠り所に目を伏せて、ヤクモ本人のことなど後回しにしてしまう。

「なあ、ヤクモ。アンタがいなかったら俺はここまで来れなかった」

 目の前に突き付けられた絶望を乗り越えられず、きっと死を選んでいた。
 その時に、手を取って傍に居てくれたことは、感謝してもし足りない。
 今更ながら緩い拘束を解いて、代わりに手を取って、そのまま握りしめる。
「何、だ?」
「アンタは難儀な性格をしてるな」
 そうして誰かに寄り添うことが出来るくせに、そうして誰かが寄り添ってくれることを知らない。
 本当は、もっと素直な子どもの心が悲鳴を上げているのに、なお誇り高い魂が挫けることを許さない。

「俺はアンタを諦めるつもりなんてないのに、アンタはこれで全部終わりにしようとしてるだろう」

 傍に置いてくれと傲慢なことを言うつもりはない。
 だが、人の考えも聞かずに勝手にいなくなるものとして諦められるのは納得がいかない。

「今更アンタが行くなと泣いてくれるなんて思っちゃいないが、アンタがいらないとでも言わない限り、俺はアンタを諦めるつもりはない」
「?」
「また、会いに来てもいいだろう?」
「???」
「あー……」

 どうして、こんな単純なことがわからないのだろう。
「俺はな、アンタほどよく出来た人間じゃないんだ」
 刻を越えて思い続けるなどと殊勝なことを言うつもりはない。
「刻渡りを使うつもりか?」
「そういうことだ」
「……」
 何と言おうか悩んでいます、という表情のヤクモに笑みが漏れる。

「今の俺は中途半端だ。だから、答えはさっきので十分だ」

 特別な好意は寄せても、そのために大切な人を捨てるほどは溺れていない互いには、“選べない”、それが正しい形だ。
 宙ぶらりんのままの自分を愛してくれなど言えない。
 いつか、ヤクモが堪え切れなかった涙を拭えるようなそんな存在になれたなら、その時は、この恋が本物に変わってくれればいいと思う。



 それは、恋だった。

 冷えた身体を抱えた旅人が、万人に降り注ぐ陽光に、焦がれるそれによく似ている。


 憧れと羨望の色の濃い、それでも、間違いなく恋だった。
 だから、


「いつか、俺はアンタを選ぶよ――――――――――――



end







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