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【恵方を信じるか(捏造節分)・狼陛下の花嫁・黎翔×夕鈴】

 年間行事の予定を見て、夕鈴は少し驚いた。
「恵方って、きちんとやるんですね」
 一番はその内容にだ。下町育ちの夕鈴はその行事は露店が出て、にぎわう印象があったが、そういうのとはまるで違う格式のある行事の詳細が書かれている。進行表も兼ねているため、こういう詳細も載っているのだ。
「予算は少なくても、縁起行事でありますから、きちんとやらないと」
 側近の李順の言葉に、夕鈴は力なく頷いた。
「はぁ、そうなんですね」
「なんですか、やる気のない! ――まあ、もっとも妃であるあなたにあまり役目がありませんけども」
 助かります、と云ったらどんな攻撃をされるかわからなくて、とても云えなかったが、本心はそうだった。
「はい、がんばります」
 反射的に云った言葉は思ったよりも感情がこもらず、それに気付いた李順もちろ、と夕鈴を睨む。
「……やる気はありませんがいいでしょう。それでは当日の流れを説明します」
 そして軽く説明し、あとは当日に備えるだけになった。

「夕鈴のいた町は、恵方ってなにしてたの?」
 説明が終わった李順を下がらせて、二人になると黎翔は問うた。
「えと、下町に露店が出て、結構にぎやかです。その日だけちょっとお祭りみたいで、それから恵方巻を食べます」
「恵方巻? それ、食べられるの?」
 夕鈴の言葉に、黎翔は首を傾げた。夕鈴は微笑む。
「食べられますよ。うーん、家で作るので中はさまざまですが、海苔の上に米を乗せて、具材を置き、丸めるんです」
「へえ。おいしそうだね」
 黎翔の言葉に夕鈴は大きく頷いた。自宅の恵方巻は夕鈴のお手製だ。具材もその時の残金次第である。けれどもたいてい父がいない家で、弟と食べるそれは格別だった。
 ――いつか、いいことが起こりますように。
 そんな風に願ったことが懐かしい。今が幸せなのか、定かではないけれど、前よりは良くなっている、はずだ。
「はい。それを、今年の恵方に向かって食べるんです」
「方角が決まってるんだ」
「はい。それを一言も話さずに食べきると、いいことがあるんですよ」
「おもしろいね。ねえ、夕鈴の家でも作ってたの?」
「はい、買うのもおいしいのですけど、やっぱり願い事には念を込めなくては、と手作りしてました」
 力いっぱい云ったが、云った後にしまった、と思った。しかし黎翔の顔を見るともう時はすでに遅く、忘れてもらうことも出来なさそうだった。
「食べたいなぁ……」
「え、あの、その」
 夕鈴は戸惑った。料理を作るのは構わない。むしろ好きだからうれしい。しかし弊害がある。その最たるは李順である。結局黎翔の願いとあれば仕方なく許可してくれるはずだ。
「僕、恵方って信じてないから、この行事嫌いなんだよね」
 うなだれつつの、厳しい言葉に夕鈴は息を飲む。
「え……?」
「だって方角で幸せになれるとか、信じられない。――うん、前向きになれるならいいけど、そればかり願ってなにもしないのは駄目だよね」
 夕鈴の表情に気付いたのか、黎翔が言葉を継ぐ。
「でも、本当に、力にはなるんですよ……?」
 そっと云い添えるのに、黎翔は笑った。
「うん、夕鈴の『恵方巻』なら食べたい」
 そう云われたら、なにも云えなくなってしまう。
「李順にお願いしてみるよ」
 考えを見透かしたように、黎翔が云う。
「は、はい……」
 夕鈴は曖昧に頷いた。

 そして黎翔の願いは叶えられた。
 しかし恵方はきちんとした行事のため、厨房は使用出来なかった。そこまで無理しなくても、と思ったが、李順はそういったことにこまかく、夕鈴が作るのが恵方巻だと知ると、「その日のうちに食べていただく」ことにこだわり、夕鈴は食材を用意してもらい別室で仕上げた。
 あまり手作りとは云い難いそれを、黎翔はひとつまるまる話さずに食べ、残りを「おいしい」を連発して食べてくれた。
 話しながらの時に、黎翔は思い出したように云った。
「そうだ。でも、いいことあったかな」
「え?」
「夕鈴の来た年は、その方角から候補を探していたから、そっちから夕鈴が来たんだよ」
「えっ?」
 基準がそこにもあったとは思わなくて、夕鈴が目を瞬かせていると、黎翔が無邪気に満面の笑みで云う。
「僕、恵方ってあんまり信じてなかったんだけど、今度から信じることにするよ」                 end



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