西魔女で、ユーアデさんです。両片思い時。

 黄昏の光に照らされた薔薇の園で、華奢な後ろ姿を見かけた。
 秋の薔薇はもうじき終わりだ。おそらくアデイルも最後の香気を楽しんでいるのだろう。声をかけようとしたユーシスは、ふとその横顔に胸が詰まった。声をかければ、振り向いてくれるだろう。だが、声をかければ兄の顔をして接しなければいけない。兄妹の繋がりを壊してしまう勇気は未だ持てない。自分が傷つく事は、まだいい。傷ついたとしても、一生位置の騎士であり続ける覚悟は固めている。だが。
『アデイルは、本当の子じゃないから……』
 幼い泣き顔を、忘れることなんてできない。
 血がつながらなくても妹であることをアデイルが拠り所にしているのであれば、男として好きだと告げれば彼女を傷つけてしまう。それが、何よりも怖かった。声をかけることはできず、さりとて立ち去ることもできないまま、ユーシスは金糸が揺れる後姿を見つめる。振り返ってほしい、とは思わないけれど、何時までこうして眺めていられるのだろう、とも思う。
 不意に、何の前触れもなく小麦色の髪が翻った。煌めく金茶の瞳と、薔薇色の頬。明るい微笑に、ユーシスの鼓動が跳ねる。
「やっぱり、お兄様でしたわね」
「……どうして、わかったんだい?」
 アデイルは背中を向けていた。ユーシスが見ていたなんて、気付く道理がないというのに。アデイルは自分でも不思議に思ったのか顎に指をそえて考えていたが、くすぐったそうに微笑んだ。
「お兄様がいたような気がしたんですの、それだけです。乙女の勘ですわ」
 むせかえるような薔薇の香気の中、黄昏の光に照らされたアデイルは夢みたいに綺麗に見える。心臓をぎゅっと掴まれたような気持ちになり、ユーシスは胸元を握りしめた。
「お兄様、どうなさいましたの?」
 あどけないと称しても差し支えのない仕草で、アデイルがユーシスを見上げる。顔が熱い、頬に血が上ってユーシスは片手で口許を覆った。
「いや、その……嬉しくて」
「え?」
「きみが、振り向いてくれたのが嬉しかったんだ」
 すべては言えないけれど、それもまた真実だった。顔が赤いのはきっと夕焼けで誤魔化せるだろうと、アデイルを真っ直ぐに見つめて笑いかける。
「一緒に帰ろうか、アデイル」
 まだもう少し、この微温湯のような幸福に浸っていたい。差し伸べた手に、アデイルは一瞬だけ躊躇したけれどそっと指を乗せてくれた。






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