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感謝をこめて…
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ちいさなはじまりの物語
「だれにもナイショだぞ?」
「うん。ふたりだけのナイショね」
「そうだ。いいか――」
出会いはただの、ちいさなぐうぜんでした。
そのとき、ちいさな女の子のうえに広がる青はなんだか薄暗く、雲はふしぎな色にそまっていました。
オレンジというにはさえなくて、ピンクというにはにごっていて、赤というには弱い色。
背高な木々のしげみにかこまれたせまい空は、それだけしか見せてはくれず。
ちいさな女の子はひとりぼっちで、森の中を迷いあるいていました。
とぼとぼ、とぼとぼ。止まりそうになる重たい足。
ひっく、ひっく。止まらない涙。
自分がどこへ、どの方角へ向かっているかわからずに。
道ならぬ道をすすみ、木の根につまずきながら、太い幹のまわりをぐるりと回って。
そこで、ぴたり。
女の子は目を丸くしました。
木の向こう…少しだけひらけた場所に、ぽつん。
ちいさな赤毛頭が、ちいさくふるえていたのです。
森の中に自分以外の人がいるなんて考えてもいなかった女の子は、しゃがみこんで丸まったその背中をまじまじと見つめました。
その背も、自分と同じくらい、ちいさく見えました。
(もりのようせい……じゃないよねえ? おとこのこ…?)
声をかけるまえに、その子のほうが女の子の気配に気づきました。
「だれだ!?」
ぱっとふり返って、そして……女の子と同じように丸くなる目。その目もとには。
(なみだ……?)
男の子はぐいっとちいさな手でそれをぬぐって、フンとそっぽを向きました。
それを見た女の子のなかには、男の子にたいする親しみがわいてきました。
年も同じくらい。ひとりぼっちで泣いていた。
「あなたも、まいご?」
「ばぁーか。こんなところで、まいごになるわけないじゃんか。よっぽどのばかじゃないかぎり」
「……………」
女の子は、親しい気持ちが急速にうすれていくのを感じました。
年は同じくらいでも口は男の子のほうがずいぶんたっしゃのようです。
それでも、安心しました。
自分以外の声を聞くのは、ずいぶんひさしぶりのような気がしましたから。
「おとなりに、すわっていーい?」
男の子がちいさくうなずくのをまってから、女の子はにこりと笑い、とことこと歩みよりました。
女の子は、自分のおばあさんの家へ行こうとしていました。
「きっと、おばあさまが、おかあさんをいじめたのよ…!」
両のまゆ毛をぎゅっとよせて、男の子にそう語りました。
きのう、お母さんはこっそりと泣いていたのです。
(いつもげんきなおかあさんが、ないちゃうなんて。おばあさまのせいにきまってる)
なぜだかそう思いこんだ女の子は今朝早く家をとび出して、おばあさんに一言もんくをいうためにここまでやってきたのです。
だけどふつうは馬車で駆ける道を、ちいさな女の子の足でたどるのは無茶というものでした。
「そんで、まよったって?」
「うん」
「ばぁぁーか」
「ううううう……」
たおれている木に、並んでこしかけた二人。
男の子のきついコメントに返すことばもない女の子。
それでもなんとか。
「そういうあなたは? こんなところで、なにしてたのよ?」
「…………しゅぎょう」
しつ問に答えた男の子は、さもイヤなことを思い出したというように体をブルッとふるわせました。
「しゅぎょう? って、なあに?」
「あんたみたいなおじょーちゃんには、えんのないものだよ」
「なによう」
よくわからないけれど、なんとなく女の子はムッとしました。
「おしえて!」
「やーだね」
「なんでぇ!」
「やだからだよ〜だ! っと、こんなことやってるばあいじゃないな」
空の色をちろりと見上げ、すばやく立ちあがる男の子。
「ひがくれちまう。おい!」
「え? なに?」
「ガイナのいりぐちまではオイラがあんないしてやる。ついてこい!」
「え!? なんでわたしのむら、しってるの?」
「ここからいちばんちかいむらっていったら、そこなんだよ。いーから、たて!」
「ひゃっ」
手をぐいと引かれて、女の子は前のめりにたおれそうになりました。
たたらをふんでこらえて、だけど男の子はそんな様子にかまうことなく、女の子の手を引いたままずんずんすすんでいきました。
ふたりぼっちの森のなか。さしこむ光も、弱く心もとなくなっていきます。
だけど涙はこぼれません。
にぎやかなふたりぼっち。
あたたかい手のひら。
長い長い、けれどふたりにとってはあっという間の時間がながれて。
「ついたぞ」
「…すご〜い。ほんとに、みちわかってたんだぁ」
自分と同じくらいちいさいのに、えらいなぁ。
女の子はそんな感動をこめて言ったつもりだったのに、なぜかグーでなぐられました。
「…いたい」
「オイラのことしんじてなかったのかよ?」
「そんなわけじゃないよー!」
ガイナの入口で手をつないだままケンカするふたり。
その間を、さやさや…
冷たい風がとおりました。
気づけばあたりは夜のなか。
女の子は、自分がいうべきことを思い出して、あらためて男の子に向きなおりました。
「あのね」
「なんだよ?」
「あのね。どうも、ありがとう!」
男の子は、ふいに笑顔とあたたかい言葉をおくられて、今日一番大きく目を丸くしました。
「あなたがいなかったら、わたし、おうちにかえれなかったものね。ほんとにありがとう」
「………べつに。あそこからここまで、まえにきたことあったし」
それを聞いて女の子ははっとしました。
「そういえば、あなたどこのこ? ガイナじゃないもんね?」
「オイラはずーっととおくのうまれだよ」
「ええ? きょうはどこにとまるの? おとうさんやおかあさんは??」
「かあちゃんは、いえ。とうちゃんは、ぼうけん」
じーちゃんが、あそこにオイラをおきざりにしていったんだ…と男の子は重い口調でいいました。
だけど女の子の耳にとどいていたのは、それよりも。
「ぼーけん…?」
「ああ。オイラんち、みんなぼうけんしゃやってんだ」
なんだかわくわく、なんだかドキドキする言葉。
「じゃあ、あなたも?」
「もっちろん! いまに、すっげえぼうけんしゃになって、おたからみつけるんだぜ!」
「たからぁー!?」
瞳がキラキラしてきた女の子。
「わたしも、たから、みたい! ぼーけんしゃ、なりたぁーい!」
「……むり」
「え」
ばっさりと女の子の夢をたち切る男の子。
「ぼうけんしゃになるにはなぁ、きつーい、つらーい、しゅぎょうをしなきゃいけないんだぜ?」
「がんばる!」
「あのなぁ! がんばるのって、たいへんなんだぞ!?」
「でも、でも。なりたい! あなたといっしょに、ぼーけん、したい!」
そこまでいってから、女の子は小鳥のように首をかしげました。
「そういえば、あなたのおなまえ、なぁに?」
森のなかをずっといっしょに歩いてきたというのに、ふたりはおたがいの名前すらたずねていませんでした。
そんなひつようがないくらい、楽しかったから。
「…………オイラのなまえは、ひみつなんだ」
「ええー? なんで??」
「なんでもだ。…でも、そうだな。あんたにはおしえてもいいや」
「ほんと!?」
女の子が喜びに顔を輝かせると、男の子は満足そうにうなずきました。
「だれにもナイショだぞ?」
「うん。ふたりだけのナイショね」
「そうだ。いいか――」
耳もとに口を近づけて………ひそり。
「やっぱり、おしえねえ!」
ちゅ。
冷たい風にふかれていた女の子のほっぺたが、一カ所だけ、あったかくなりました。
「とうちゃんがさ。きにいったおんなには、こーやってツバつけとけって」
「ツバ?」
そう聞くときたない気がしましたが、でも女の子は、それが大切な気持ちのあかしだということを知っていました。
お父さんがときどき、お母さんへ、それをプレゼントしますから。
「…オイラのなまえは、あんたがぼうけんしゃになれたら、おしえてやるよ」
それだけいって。くるりと背をむけて走りだす男の子。
「まって! どこいくの!?」
「うちにかえる」
「かえれるの??」
「…これもしゅぎょうのうちなんだ!」
そしてまた地面をけりだす男の子の背中を見て、女の子は思いました。
(わたしとおなじくらいちいちゃいのに……。しゅぎょうって、ほんとにたいへんなんだ)
同時に、夜の奥へと赤毛頭が遠ざかっていくのが、とてもさびしく感じられました。
「ねぇー! あのねぇー!」
いっしょうけんめい、声をはりあげて呼びかけました。
「わたしのおなまえはねぇー…!」
「しってるよ!」
もう暗やみにまぎれてぼんやりとしか見えない顔。
それを女の子にまっすぐ向けて、片手をあげて、男の子はいいました。
「またな、パステル!」
それからちいさな男の子が見えなくなるのは、あっという間でした。
ちいさな女の子は、心配したおとうさんやおかあさんが探しにくるまで、男の子が去ったほうをずっと見ていました。
ほっぺたに感じたちいさな熱を思い出しながら。いつまでも、見つめていました。
それが、ちいさな物語の、ちいさなちいさなはじまりでした。
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某Sさんがスケッチブックに描いてくださった絵をもとに書いたもの。
トラップがパステルに「ちゅ」ってやってる、すごくラブリーなイラストだったんです……!
妄想がふくらみすぎて大変なことになりました。
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