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感謝をこめて…
★ 7/10 ★
薔薇色の未来
男はその繊細な指で、薔薇のつぼみのような形をした小さめのグラスを傾ける。
その髪の赤より少し黄味の強い色をした液体が、揺らめき、きらめく。
美しい……。
吐息のようにささやかな笑い声をこぼし、男はしばしグラスの中の世界に酔いしいれていた。
いや、本当は違う。
男の眼を真に奪っているのは、その心のなか。そこに住みついて離れない、彼女だ。
そして男を真に酔わせているのは…彼女がじきにこの部屋へやってくるという未来だ。
一口に、こくり。
グラスを飲み干すと、甘さ、酸っぱさ、そして微かな違和感のように残る苦さ。
美味だ。男の口元が笑み、きらりと光る。
ぬるくもなく冷たくもない温度は、喉を潤し、胸いっぱいに広がっていく。
空になったグラスには男の満足そうな、けれどどこか悩ましげな顔が映しだされた。
切れ長のまつげ。
瞳は涼しげではあるが、その奥には恋の炎が燃えさかっている。
いつもはさらさらと風になびく髪は、わずかに湿り気を帯びていた。
先程軽くシャワーを浴びたためであり、いま男はバスローブを着用して、ソファーに腰かけていた。
その体が、ぞくりと震える。
「ふえっくしょい!」
湯冷めしたらしい。
男は立ち上がり、軽やかな手つきでティッシュをとって「ちーん」と鼻をかむ。
鼻水の色が少し青い。
首をすくめて溜息をつく。
と……
突然、男の膝から力がぬける。とん、と床に膝をつく。
じりじりと滲んでくる、嫌な汗。
険しくなる表情。
痛む箇所をおさえる手の下から漏れるのは…
ぐぎゅるるるるるる。
すさまじい音。
どうやら、飲んだオレンジジュースが腐っていたために腹を壊したらしい。
道理で苦味があったわけだ。
腹を抱えてうずくまる男。
ああ、なんという運命であろうか。
恋い焦がれる彼女がやってくるのは、もうじきだというのに。
このような醜態をさらすなど――
…冗談ではない。
男は、そして、立ち上がった。
例え悪寒に見舞われようと。
例え激痛に襲われようと。
吐き気が押し寄せようと、脂汗でギタギタになろうと、顔色が青黒くなろうと。
耐えてみせる。
彼女と共に、薔薇色の未来を見るまでは……!
強靭な精神力でもって、もと座っていた位置に戻ってきた男は、再びグラスを手にとった。
くつろいだ表情を取り繕い、彼女を待つ。
やがて…彼女の足音が聞こえてきた。
遠慮がちな音と共に扉が開く。
ついに、薔薇色の頬をした彼女が現れた。はにかんだ笑みを浮かべて。
しかし彼女は――
男を目にした途端、その笑みを消失させた。
「どうしたの!?」
何でもない。
そう男は言いたかったが、もはや喋ることなどできないほどに、男には限界が迫っていた。
せめて彼女を安心させようと微笑んでみせる。
だが、その試みは全くの無意味だった。
彼女は言った。
「どうして、バスローブの下に緑のタイツをはいてるの!??」
男はその問いに答えることなく、まっしぐらにトイレに駆けこんだ。
薔薇色の未来は、幻のまま、トイレの水音と共に流れ去ったのである。
ちなみに男はそれから数日間、寝込むことになる。
看病を担当するのは彼女ではなく、仲間の一人の男。
彼に飲まされる薬は、枯れた紫の薔薇の色をしている……。
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某Sさんがスケッチブックに描いてくださったステキなトラップの絵をもとに書いたもの。
オレンジジュースを飲ませたのも、緑のタイツをはかせたのもわたしじゃありません。Sさんです。
でもオレンジジュースを腐らせたのはわたしです。……さすがに、トラップへ罪悪感が…( ̄v ̄;
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