※このお話は、side:girlの続編です。前回のお話を先に読んでください。


 ――本日あたし、合コンに参加いたします。


perverse boy!! side:friend



「遅いよー」
「ごっめん気合い入れてたら遅れた!」
 夏の夜、居酒屋の前。待っていてくれた友達数人に、遅れた理由を素直に言って謝ると笑って許してくれた。
「もう男の子達中入ってるよ」
「まじか、ごめん!」
「あっちの人達に謝ってあげなさい」
 促され、中に入る。アクアリウムダイニングということで、そこらに灯される青いライトと、水槽と。目を奪われながら歩いていると、不意に目の前に鏡が現れた。出掛ける前も電車の中でも何回も確認したけれど、やっぱり気になって。少し跳ねた気がするような髪の毛を、そっと押さえた。
 大学に入って一年半、友達もたくさんできたし、ゼミやサークルも楽しい。だけど一つだけ足りないものがあるとすれば、それは恋人の存在だ。
 ドラマや漫画の主人公は、入学してすぐに運命の出会いを果たしていた。さすがにあたしだってこの年だから、そんなの本気で信じてはいないけれど。それでもとびきり魅力的な男性と、ロマンチックな出会いや恋に憧れてしまうのは――。
(きっと、あの子がいるから)
 脳裏をよぎるのは、大学の友達。少々おっとりしてるけど、芯が強くて一途な彼女。笑うととびきり可愛くて、思わずぎゅーって抱き締めたくなっちゃう。
 そんな彼女には、写真で見せてもらったんだけど、非常に美形な彼氏がいる。眉間の皺が特徴的な、厳つめだけどスタイルも良い美形だ。出会いは彼女のバイト先の喫茶店で、元々常連だったと言う彼。柄の悪いお客さんに絡まれていたところを助けられて一気に好きになってしまったんだって。
 一生懸命アプローチをして、バレンタインに「付き合うことになったの」と笑う彼女は幸せそうで、今まで見た笑顔の中で一番可愛かった。そして同時に、驚いたの。こんなドラマみたいな恋が、現実にあるなんて、って。
 ――まあ、すぐに顔がいいからって完璧な訳じゃないってのは分かったけどね。
 何しろその彼、メールも電話も全て彼女発信。デートでは自分のペースでずんずん歩き、彼女が意識を余所に飛ばすと睨みつけて来るらしい。決定的なのは、この間の彼女の誕生日。そもそも恋人の誕生日を把握してない時点であり得ないと思うけどね、あたしは。何、それって変な思考なの?違うでしょ。好きな人がこの世に生まれてくれた大事な日をお祝いしたいって、それは当たり前の思考でしょ!おめでとうの一言を言えないのも、ますますありえない。
『それでも、好きなんだよね』
 だけど最後に、彼女はいつもそう言って話を締めくくる。その笑顔は付き合いだしたあの日と同じように心から幸せそうで、だからまた腹が立つんだ。
 ……と、いけない。初めての合コン、しかも今回は他大学の格好いいどころを集めてくれてるらしい。なのに始まる前からこんなに不機嫌な顔してちゃいけない。折角なんだ、楽しもう。
(……でも、やっぱり)
 心の奥でふつふつと煮える苛立ちに、唇を尖らせる。
 絶対ないだろうけれど、いつか、彼女の恋人に会うことがあれば。その時は、たくさん文句を言ってやろう。そう決めて。

「遅れてごめんね」
「いや、こっちもさっきついたばっかりだからへーきへーき」
 目の前で、友達と男の人が話している。この二人が今回の幹事で、バイトが一緒で仲良くなったらしい。目が合うとにっこり笑いかけられ、ドアの中を示された。お礼と共に一歩踏み出せば、そこにいたのは四人の男性。最初に聞いていた通り、みんな割と格好いいし、笑顔に嫌味もない。逆に、本当に合コン参加していいの?彼女いないの?と聞きたくなるような人ばかり。
 だけど、一人。一番端に座っていた男性だけ、こちらを見ようともせず、壁を向いて頬杖をついていた。あからさまに不機嫌な空気を出していて、どうやらこの合コン嫌なんだな、と誰でも分かるその態度。でも、濃紺のシャツに覆われた背中は広く、筋肉がついていて。長い手足、黒髪の隙間から覗くすっと通った鼻筋と、女子に大人気の黒縁眼鏡。はっきりとは顔は見えないけれど、多分この中で一番のイケメンさんなのは確実だ。周りの女の子も、彼を見て小さく悲鳴を上げている。
 ……でも、あたしは正直好みじゃない。いくら格好良くても、性格がよろしくなければお付き合いするのがきついのは分かっているし。どちらかと言えば、イケメンさんの隣で、態度の悪い彼を肘でつついている垂れ目な人の方が好みだなぁ。なんて思いつつも、一番最初に入ったんだから奥の席に着くしかない。仕方なく、イケメンさんの正面に座った。

 そして、それから一時間。
 イケ面さんは、自己紹介でも黙りこくり、その後も俯いて時々携帯を弄っている。最初はイケメンさんを狙っていた子も、しばらくすると脈がないと諦めたのか、別の男性と話し始めた(このあたりの切り替えは合コン慣れてる子のすごさだと思う)。
 あたしはと言うと、正面は全く口を開かないので、斜め前の垂れ目さんとずっと話していた。最初の印象通り、気の付く優しい人だ。グラスが空になっていたらメニューを回し、緊張しているあたしに積極的に声を掛けてくれた。お陰で、合コンいいな、楽しいな、と素直に思えていたんだけど。
「帰る」
 ――今まで口を開かなかったイケメンさんが、唐突に低い声で零した。
 周りのみんなは盛り上がっていたから聞こえなかったと思うけど、正面のあたしと隣の垂れ目さんはすぐに気付いた。
「え?マジで?」
「約束の時間は過ぎただろ」
「でも、お前何も飲み食いしてないじゃん」
「いらねぇ」
 垂れ目さんが何を言っても、素っ気なく返す。……この二人、友達かと思ってたけど、違うのかな?友達にしては随分冷たい言い方。
 この短時間で好意が垂れ目さんの方に傾いていたあたしは、イケメンさんの物言いにちょっとむっとしてしまう。思わず非難の目で見ていると、イケメンさんはその視線に気付いたのか、ちらりとこちらに視線を流し、すぐ顔を背ける。
「……」
 だけどあたしは、目をまん丸くして、一瞬息も出来なくなってしまった。
 初めて真正面から見た顔は、予想通りものすごいイケメン。でも別にそれが、理由じゃなくて。
 その顔に、見覚えがあったから。一度見ただけで忘れない、眉間の皺が特徴的なその顔は。
 ぱくぱくと口の開閉を繰り返すあたしを、またもやイケメンさんが振り返る。今度は眉間の皺つきで。そうすると、記憶の中の写真の人と完全に重なった。
「なんだよさっきから、人の顔じろじろと、」
「あんたっ、かのの彼氏でしょ!」
 ――それは、間違いなく。あたしの大学の友達の、あの問題彼氏の顔なのだ。






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