MACROSSFRONTIERから 
 
 こういう顔をしている時のコイツは絶対良からぬ事を企んでいるということを経験から悟って、携帯がコールしている振りをした。だが、なるだけ平静を装ってSMSから呼び出しだと嘘をつこうとする俺の考えなどお見通しだと悪戯好きの猫のように笑ってコイツは、 
「奴隷くん、あなた確か姫って渾名だったわよね」 
 忌々しいことを言いやがる。 
 ミハエルがそうそうなどと頷きやがって、ルカもにこにこ顔。お前ら友情という言葉を知っているのか。戦闘以外じゃ頼りにならねえとランカを見てみるが、ランカも初めて会ったときのアルトくんったらすんごく綺麗で――やめろ思い出すな。 
「渾名じゃない。周りが勝手にそう呼んでるだけだ」 
「そういうのを渾名って言うんじゃない」 
 ぐっと詰まる。確かに渾名っていうのはそういうものなのかもしれない。 
 ……だがな、それがどうかしたのか。 
「それでね、あたし……奴隷くんのお姫様姿見てみたいなぁって」 
「断る」 
 くそふざけんな。そんなもん断固として断る。 
 きっと睨みつけるが、シェリルは俺の気迫に半歩たりともたじろいたりせず、むしろ二歩三歩と近づいてきて、 
「見たいなぁ。良いじゃない、減るもんじゃないし」 
「卑怯だぞお前っ。イヤリングの事は何度も……」 
 髪を書き上げてイヤリングが輝いていない方の耳を見せ付けるようにしなを作りやがる。 
「失くした罰と命を守った幸運のお守りのお、れ、い。そういうワケだから、はぁーいお姫様、メイクしましょうね」 
 お前の負けだぞと肩を叩いてくるミハエルを睨みつけ、楽しみーなどと声を揃えてワクワク顔をしているルカとランカを睨みつけ、 
「お前一生そのネタで俺を扱き使ったりからかったりする気だろっ」 
 既に俺の顔をぺたぺたといじり、肌がきめ細かいわねムカつくー、なんて抜かしてやがるシェリルの顔が近過ぎて、俺はそっぽを向いた。 
 髪の毛もサラサラでムカつく、とシェリルはそんなもんどうしろってんだという不平を前置きにして、鼻でふふんと笑い、 
「よーく分かってるじゃない。親の形見だって言ったでしょ。一生かけて責任とって貰わなきゃ割に合わないわ」 
「無茶苦茶言いやがって……分かったよ、悪かったよ、好きにすりゃいいだろ」 
「そうそう。最初からそうやって素直にしてれば可愛いのに」 
「可愛くなんかないっ」 
 苦虫をかみ殺す。転校なんかして来やがって、こいつマジで毎日毎日……それこそ俺が戦死するまでこんなこと続けるんじゃないだろうな。 
「ん?」 
 まつげも長くてムカつくーとぶつくさ呟くシェリルと、暗澹たる未来にブルーな俺の姿を見守っていたミシェルがそこでふと思いついたように、何故かいやらしく笑いながら口を開いた。 
「今のってさぁ、一生どうのこうの言ってたけど」 
「何だよミハエル。助ける気があんならさっさとしろよ」 
「残念ながら俺にはちょっと荷が重過ぎてね。それよりだ。お前ら、……今のどう考えてもプロポーズじゃないか」 
 はぁ? とシェリルと二人でアホ顔をする。 
 ルカが何かに納得したように頷き、ミシェルに同意して、 
「そうですよね。一生かけて責任とってもらうなんて、結婚してずっと面倒見なさいってことですよねっ」 
 ――言われてみれば確かにそう取れなくもない台詞だったな。 
「それを好きにすればいいだなんて……アルト先輩って亭主関白タイプだって思ってたんですけど、もう尻にしかれてますね」 
 あっははと能天気に笑う同僚二人。 
 いやお前ら。台詞だけ見ればプロポーズみたいだけどな、そこにそういう気持ちが無けりゃそんなもんただの言葉遊びだろうが。 
 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる俺の唇には何時の間にかルージュが煌いていて忌々しい。 
「あ、アルトくん。シェリルさんと結婚するのっ?」 
「アホ。ミハエルとルカが言葉尻捕まえてふざけてるだけだ。何真に受けてんだよ」 
 そうだよねぇ、と髪の毛と胸を撫で下ろすランカに苦笑しつつ、そういやシェリルが黙ったままだと気がついて、視線を向ける。 
 俺をメイクという名前の玩具道具にするのに真剣になっていたのかと思ってみれば、何故かコイツは真剣は真剣だが手を止めて何か考え事をしているようで。 
「何やってんだよ、おい。しないんなら俺は今すぐ顔を洗いに行くぞ」 
「……ねぇ」 
「何だよ」 
「女の子が生まれたらやっぱり歌手にしたいの。ううん、なってもらいたい。……でも、あなたのお父さん許してくれるかしら」 
 非常に意味の分からないことを呟いている。 
 女の子? 歌手? 俺の親父? 
 頭の可愛そうな人を見る目の俺を上目遣いで見上げ、シェリルは直視しがたい笑顔を浮かべた。 
「早乙女シェリルってちょっと語感が悪いけど、乙女って素敵な苗字よね。そう思わない?」 
「な、バッカ、お前……っ」 
 本当に直視できずに、風が頬の熱を冷ましてくれるのを期待して俺は視線を空に逃がした。 
 大昔の偉い学者が言ったんだ。一度大空を飛んだ者は上を向いて歩かずにはいられないって。 
「それともアルト・ノーム? ダメね。これはちょっと無いわ」 
「どっちも無いっ」 
「おめでとう、お二人さんっ」 
 ミハエルの声を右耳から左耳に聞き流し、家の伝統を無視した俺好みのウェディングドレス姿の誰かの想像を脳裏からぶっ飛ばして、嫌な予感ほどよく当たるっていう定説に異論をマッハで唱えながら、 
「……くそっ」 
 今日くらいは攻めてきてくれんなよと化け物に願い、俺は再開されたらしいメイクに諸手をあげて降参した。 
「お色直しでお互いの衣装を取り替えたら面白いと思わない? お姫様」 
「知るかっ」 
 
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